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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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深淵を覗く時、深淵もまた……

趙匡ちょうきょうが死んだか……」


 自由に動かせる手駒の一つであっただけに失ったことは痛い。そう思いながら劉林りゅうりんは蜀の宮中を歩く。


「だが、やつは馮異ふういを死へと追い払った」


 これで劉秀りゅうしゅうの大翼を折ったとも言えなくはない。その点、趙匡はよくやったと言える。


「ふふ、良いことだ」


 あの劉秀を苦しめることができている。次もさらに苦しめるためにも……


 その時、後ろを振り返った瞬間、黄色い服の男がにやにやと笑い、傍らには仮面の男がいる。


「なんだ、きさまら」


「ふふ、気にすることはない。私たちはお前に何もしないさ」


 黄色い服の男はそう言いながら指で劉林を刺した。


「一つ言っておきたいことがある。深淵を覗く時、深淵もまたお前を覗いているぞ」


「どういう意味だ?」


 劉林がそう言った瞬間、二人はどこかへと消えていった。


「一体、なんだというのだ」


 唖然としながら劉林は呟いた。


 屋根の上、風に二人は揺られている。


「なぜ、あの男に構ったの?」


 厳光げんこうが黄色い服の男に訪ねた。


「勘違いをしているからさ」


「勘違い?」


「そうだ。私は優しいからな少しでも選択肢はあったほうがよかろう?」


 男は続けてこう呟いた。


「どのような結果を出そうともそれは人の選択によって出されるべきだ」


 男はそう言ってから横を向く。するとそこには首を傾げながらこちらを見ている董訢とうけんがいた。


「お前と言えどもな」


 黄色い服の男は指を鳴らすと厳光と共にどこかへと消えていった。


 董訢はただただ首を傾げていた。













 前年、隗純かいじゅんの将・高峻こうしゅんが兵を擁して高平第一(高平県の第一城)を占拠した。


 劉秀が隗囂を親征した時、馬援ばえんを派遣して高峻を招降した。しかし後に呉漢ごかんらの軍が敗退したため、高峻は逃亡して元の営に帰り、再び隗囂を助けて隴坻で劉秀に対抗したのである。


 これに建威大将軍・耿弇こうえん等が高峻を包囲したが、一年経っても攻略できないでいた。


 そこで劉秀が馮異を失ったこともあり、自ら討伐に行こうとした。


 それを寇恂こうじゅんが諫めた。


「長安は洛陽から高平への道の中央にあり、応接するのに近くて便利です。陛下が長安にいれば安定や隴西が必ず心中で震懼することになりましょう。こうすれば一カ所で従容(落ち着いて堂々としている様子)として四方を制すことができます。今は士馬が疲倦(疲弊)しており、険阻な地を進むのは、陛下にとって安全ではありません。前年の潁川を至戒(深い戒め)とするべきです」


 劉秀は諫言に従わず、進軍して汧に至った。


祭遵さいじゅん……)


 彼は目を閉じ、高峻を攻めた。しかしながら劉秀との戦を行いながらも高峻は降らなかった。


(私は城攻めは苦手かもしれないなあ)


 城攻めは相手への許しの感情を持つことも大切である。その辺の意識が今の劉秀には無い。


 そこで彼は寇恂を送って高峻に投降を誘わせた。


 寇恂が璽書を持って第一城に至ると、高峻は軍師・皇甫文こうほぶんを城から出して拝謁させた。しかし皇甫文は腰を低くせず、傲慢で無礼であった。


 寇恂は怒って皇甫文を誅殺しようとした。


 諸将が寇恂を諫めた。


「高峻は精兵が一万人もおり、多数の強弩を率いて西で隴道を遮断し、連年下すことができていません。今、これを降そうと欲しているのに、逆にその使者を斬ってしまうのは、相応しくないのではありませんか?」


 寇恂はこれに応えず皇甫文を斬り、副使を帰らせて高峻にこう告げた。


「汝の軍師が無礼であったため、既にこれを誅殺した。投降を欲するならば、急いで降れ。欲しないなら固く守るといい」


 高峻は惶恐して即日城門を開き、寇恂に降った。


 諸将がそろって祝賀して寇恂に問うた。


「教えてください。使者を殺したにも関わらず、なぜ城を降せたのでしょうか?」


 寇恂はこう言った。


「皇甫文が腹心として高峻に計を与えていた。今回、皇甫文が来たが、辞意を屈しなかったため間違いなく投降するつもりはなかった。これで安全なまま帰らせたら、皇甫文の計が成功したことになるが、殺したらその膽を亡くすことになる(高峻が膽を潰すことになる)。だから投降したのだ」


 諸将がそろって、


「私達が及ぶことではありません」


 と言った。


 




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