隗純
十月、中郎将・来歙と諸将は落門を攻めた。隗純はこれに対抗しようと全軍をもって、出撃したが来歙によって大敗してしまった。
「それでこちらに逃れてきたということですなあ、王元殿」
劉林は笑いながらそう言った。
「仕方あるまい、隗純様は降伏するというのだからな」
王元は蜀に奔り、その他の臣下であった周宗、行巡、苟宇、趙恢らが隗純を連れて投降したのである。
「そもそも貴様が裏切られなければ……」
「はて、裏切るとは。私は元々あなた方の臣下でもなければ、蜀から援軍をもたらしたのですよ」
劉林は笑いながらさらにこう続けた。
「それにあなたが蜀に下るのを私が取次を行っているのですよ。そんな態度で良いのですか?」
王元は彼を睨みつけつつも力なく頭を下げた。
「まあ蜀はあなたを歓迎しますよ」
劉林はそう言って笑った。
隗純が降伏したことで隴右(隴山以西)が平定された。
「降伏したか……」
長安で報告を受けた劉秀は目の前にいる男を見た。
「君はどう思う?」
「陛下の御仁徳によって果たされたことだと思うよ」
光を失った目を劉秀に向けながら劉盆子はそう答えた。その答えに苦笑する劉秀は言った。
「そうではなく、彼の降伏が信頼できるものかどうかさ」
「陛下はお優しい方ですので、命を奪う必要は無いのではないでしょうか。僕のようにね」
微笑みながら劉盆子は答えた。
「君の場合とはねぇ」
「許せませんか?」
劉秀はその言葉に僅かに眉をひそめさせる。
(祭遵……馮異……)
隴右での戦いであまりにも大きな犠牲を払ってきている。そのことを思えば、降伏を許しても殺すべきではないかと思わざる負えないのである。
「陛下はお優しい方ですねぇ」
「そうかな?」
「いつまでも去っていった人たちのことを思いやっておられます。僕はそういう感情はあまりありません」
劉盆子は笑う。
「そう言う意味では、僕は人の上に立つべき者ではなかったのでしょう」
「いや……君は多くの人が犠牲になる前に降伏するした。十分、上に立つべき責任を果たした」
「それならば、隗純の降伏を許してもよろしいのでは?」
降伏を許さず、殺してしまえばそれに対して反抗する者も出てくるかもしれない。それを思えば、ここで隗純を殺すことは不必要かもしれない。
「そうだね。許すことにしよう」
「陛下の御仁愛はきっと通じると思いますよ」
そう言ってから劉盆子は人の助けを借りながら劉秀の元を去っていった。
その後、長安で劉秀は隗純に会い、降伏する旨を許した後、諸隗(隗氏家族)を京師以東に遷すことを伝えた。
隗氏は西州の強宗(豪族。有力者)であるため、後にまた変事を為すことを恐れて東に遷すことに決めたのである。
それを聞いた隗純の表情を見た後、劉秀は彼を下がらせた。そして隣に控えていた朱祐に言った。
「中々劉盆子のような人はいないようだ」
そう溜息をついた後、隗純に監視を付けるように指示した。
隗純は後に賓客と共に逃走して胡(匈奴)に入ろうとしたが、武威に至った時に捕えられて誅殺されることになった。
劉盆子のような人は中々いないのであろう。
隗純が降伏したことである意味、西方での動揺が起きていた。そのため先零羌と諸種(羌の諸族)が金城、隴西を侵し始めた。
来歙は蓋延ら諸将を率いて進撃し、五谿で羌族を大破して数千人を斬首したり捕虜にした。来歙はこの混乱は西方での飢饉も原因にあると思い、倉廩を開いて飢乏を救済した。
この後、隴右は安定して京師と涼州の道が流通することになる。
しかしながら羌族との戦いは今後も続くことになる。前漢王朝は匈奴に悩まされたが、後漢王朝は羌族に悩まされることになる。やがてその戦いで活躍することになるのが、班彪の子・班超である。
隗純が降伏した後、劉秀はこの年。軍を動かさず、内政に努めた。
最後の蜀との戦いに備えるためである。
劉秀にとって大きな犠牲を払う戦いが始まろうとしていた。




