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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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猛将

 この頃、東方では泰山の豪傑の多くが張歩ちょうほと連合していた。


 呉漢ごかんは強弩大将軍・陳俊ちんしゅんを推挙して彼に泰山太守の官に就かせ、張歩の兵を撃破させた。


 これにより、泰山が平定されることになった。陳俊は以降、東方における重石となり、東方を治めることになる。


 現在、垂恵では捕虜将軍・馬武ばぶと偏将軍・王覇おうは劉紆りゅうく周建しゅうけんを包囲していた。


 中々、陥落しない中、蘇茂そもは五校の兵を集め、彼らを率いて垂恵を助けに向かった。


「刮目せよ、我らの力を」


 彼は矛をもって馬武の兵の後方に突撃を仕掛けていった。それにより、馬武の軍は大崩になった。


 馬武は武人としては天下第一の強さを誇っているが、その旗下の兵はそこまで強くはない。なぜなら彼はあまり兵の訓練に熱心ではなく、厳選も行っていない。そのため新兵同然の連中が集まることが多かった。


 故に蘇茂の軍の強さを前にあっさりと崩れ、それに対して面倒くさがりの馬武は立て直しも図ろうともしないため奔走し、王霸の営を通った時、救援を求めた。


 そんな面倒くさがりの馬武の性格を理解している王霸は、


「賊兵は盛んですので、出れば必ずや両軍とも敗れることになります。自ら努力することに努めましょう」


 と言い、営門を閉じて塁壁を堅めた。


 王覇の軍吏がそろって馬武を援けるように主張したが、王霸は首を振る。


「蘇茂の兵は精鋭であり、その衆も多く、我が兵たちはそれを心中で恐れている。また、捕虜(捕虜将軍・馬武)と私は互いに頼りにしており、両軍が一つにならなければ失敗の道となる。今、営を閉じて固く守り、援けないことを示せば、賊は必ず勝ちに乗じて軽率に進み、捕虜(馬武)も救援がなければ倍の力を出して戦う。こうすれば蘇茂の衆が疲労し、我々がその疲弊を攻めれば、克つことができる」


 正直、賭けに近いが、馬武のやる気を出させる意味でもこうする他無いと思っている。


「蘇茂という猛将とまともに戦えるのは馬武殿しかいない」


 門を閉じて助けようとしない王覇の態度に馬武は舌打ちをする。


 周りを見るとどうすればわからない兵たちが自分を見ている。


「やれやれ……」


 馬武は矛を肩に乗せて言った。


「お前ら、後ろが防がれているんだ。前だけを見て戦え」


「は、はい」


「あと、俺の一騎打ちを誰にも邪魔させるな」


 馬武はそう言ってから駆け出した。


「なんだ?」


 蘇茂は城から出た周建と共に猛撃を加えていたが、その勢いが静まったことに疑問を持つ。


「しょ、将軍っ」


 そこに兵が駆け込んできた。


「恐ろしいほどの強さの男がこちらに向かって進んできています」


「ほう」


 蘇茂は矛をもって、その恐ろしいほどの強い男とやらを見に行った。


「よう、やっと見つけたぜ」


 馬武が首を鳴らしながらこちらに向かっているのが見えた。彼の駆けた後には多くの兵の首が転がっている。


「ふん、中々の武人であるようだ」


 蘇茂は矛を構えて向ける。


「一つだけ言っておく」


 馬武は指を一本伸ばして見せる。


「お前が思っている以上に俺は強いぞ」


「ならば見せてみろ」


 蘇茂と馬武に向かって駆け出し、矛を振り下ろした。それを馬武はすらりと避け、矛を横から振るうのを蘇茂は難なく受け止める。


「ふん、力はあまり無いな」


「お前が馬鹿力なだけだ」


 蘇茂は力づくで矛をそのまま振るい、馬武の体を浮かす。


「馬鹿力め」


 体を浮かされたものの、すぐに馬武は離れる。


(力は完全にあっちが上か……)


 蘇茂と馬武は互いに矛を突き、払い、振るう。一合、二合、三合、もはや数え切れないほどに矛をうちやっていく。


(こいつ……僅かにこちらの攻撃の衝撃を上手く弾いて、最小限にしている)


 馬武は的確に蘇茂の一撃、一撃を上手く受け止め、弾いている。


(凄まじい技量、だが……)


 蘇茂は力強い一撃を与えていく。


「どうした。それでは私を殺せんぞ」


 馬武は自分の攻撃に対して、防戦一方であった。このまま攻め込めばやがては馬武は疲労し、その首を得ることができる。


「ふん」


 馬武の矛を上に向かって突き上げた。それによって馬武の体も仰け反る。


「今だ」


 蘇茂は渾身の一撃のために矛を振り下ろす。


「それを待っていた」


 馬武はそう言った瞬間、体をひねり、蘇茂の矛を避けて、彼の矛の上から矛を振り下ろす。そのまま彼の矛を地面に叩きつけた。


「なっ」


 馬武の矛によって彼の矛は地面にめり込み、上げることができない。しかしながら彼は矛をすぐさま離して距離を取るべきであった。馬武は蘇茂の矛を叩きつけた瞬間、自分の矛から手を離し、腰に付けている剣を抜き、蘇茂へ一閃した。


「ぐぅ」


 蘇茂はなんとか体を仰け反らしたが、彼の胸は切り裂かれ、血が噴き出す。その血を浴びながら馬武は剣を突き出す。


 その瞬間、馬武に向かって矢が放たれる。馬武はそれを避け、後退する。


「将軍、後方の周建様から連絡、ここは退却するとのこと」


「な、何故か」


 馬武と蘇茂の一騎打ちが行われている間、王霸の軍中で数十人の壮士が断髪して戦いを請うた。そこで王霸は営塁の後門を開いて秘かに精騎を出し、蘇茂と周建の軍の背後を襲わせたのである。


「くっ仕方ない」


 蘇茂は馬武を見据えつつも兵に守られながら退却した。


「勝てたか。しかしながら人使いの悪いやつだ」


 馬武はそう呟いて、矛を肩に乗せて自分も退いた。


 王覇と馬武がそれぞれの営に戻った数日後、蘇茂と周建がまた兵を集めて戦いを挑んだ。


「無理やり戦わせたのに、今回は戦うなか」


 馬武は王覇から来た指示に肩をすくめる。


 王霸は蘇茂の攻撃に対し、堅臥(兵を動かさないこと)して出撃せず、士卒を労って倡楽(歌舞・遊楽)を為した。


 蘇茂が営内に雨のように矢を放ち、王霸の前の酒樽に命中したが、王霸は安定して坐ったまま動かなかった。


 軍吏が皆こう言った。


「蘇茂は前日既に破れましたので、今は容易に撃てましょう」


 王霸は首を振った。


「それは違う。蘇茂は客兵(外地の兵)として遠くから来たため、糧食が不足している。だからしばしば戦いを挑み、一時の勝利を求めているのだ。今、営を閉じて士を休ませるのは、『戦わずに人の兵を屈服させる』というものである」


 蘇茂と周建は戦ができないため垂恵に引き還すことにした。


 その夜、周建の兄の子・周誦が反して垂恵の城門を閉ざし、蘇茂らの入城を拒み、矢を放った。それによって傷を受けた周建は道中で死に、蘇茂は下邳に奔って董憲とうけんと合流した。


 劉紆は佼彊に奔った。


 こうして馬武と王覇が垂恵を攻略することに成功した。


「お前とは組みたくないなあ、もう」


「そうですか。中々いい組み合わせだったと思いますけどねぇ」


 王覇が笑いながら言うのに対して馬武はそっぽを向く。しかしながら天下統一後に匈奴戦線で組んだりすることになる。



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