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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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功臣封侯

 26年


 劉恭りゅうきょうは赤眉の衆が乱れているのを見て必ず失敗すると判断していた。


(弟が皇帝とはいえ、尊重する気がない。このままでは弟の身が危ない)


 兄弟ともに禍を受けることを恐れ、彼は秘かに弟の劉盆子りゅうぼんしに璽綬を返上するように教え、辞譲の言葉を習わせた。


 正月、樊崇はんすうらが正旦(正月元旦)の大会(大集会、または大宴会)を開いた。


 そこで劉恭が先に言った。


「諸君は共に私の弟を帝にしました。誠に徳(恩徳)が深厚なことでございます。しかしながら立ってもう一年になるにも関わらず、殽乱(混乱)は日に日に甚しくなっており、このままでは誠に互いに成就することができず、恐らく死んでも益はございません。よって、退いて庶人になり、改めて賢知を求めることを願います。ただ諸君の省察(再考)を請います」


 樊崇らが謝罪して、


「これは全て我々の罪です」


 と述べたが、劉恭は劉盆子の退位を強く請うた。するとある者が言った。


「これは式侯(劉恭)の事か」


 発言の意味がこれではわからない。そのため説明しなければならない。これは赤眉の者たちが天子を立てたのであるのだから劉恭が関与することではないという意味である。兄と言えども決めた場にいなかったものが話すことではないということである。


 劉恭は惶恐して(恐れて)立ちあがり、退席した。


 兄が退席したのを見た劉盆子が牀(座席。玉座)を下りて璽綬を解き、叩頭して言った。


「今すでに県官を設置したのに(天子を置いたのに)、以前のように賊を為しております。吏人(官吏や民)が貢献しても、いつも剽劫(略奪)に遭い、それが四方に流聞しているため怨恨しない者はなく、再び信向(信頼)することもないと考えます。これは皆、相応しくない人を立てたことが原因です。よって、引退して賢聖に路を譲ることを願います。失政の責任を私がとる必要があるのなら、死を避けることはありません。誠に諸君が納得して私を哀憐することを望むのみです」


 劉盆子は涙を流してむせび泣いた。


 言葉こそ兄に教わったものであろうが、ほぼ彼の本音であっただろう。特に失敗の責任を己の命を持って取る気であるところから本気度がわかる。


 彼の姿を見て、樊崇ら、会に参加した数百人の中で哀憐しない者はなく、皆、席から離れて頓首し、こう言った。


「我々が無状(善行がないこと)なため、陛下を裏切ってしまいました。今後、敢えて再び放縦しないことを請います」


 樊崇らは共に劉盆子を抱きかかえて璽綬を帯びさせた。


「ここにいる人たちはみんな嘘つきだ」


 劉盆子は号呼(泣き叫ぶこと)したがどうしようもなかった


 諸将は退出してからそれぞれ自分の営門を閉じて守りを固めた。


 この後、三輔がそろって天子の聡明を称え、百姓が争って長安に還ったため、市里がまた人で満たされようとした。しかし二十余日後には諸将が財物を貪るために再び営を出て、以前のように大掠(略奪)を始めた。


 赤眉の諸将の質の悪さは尋常なものではなかった。


 








 かつて刀子都(または「刁子都」)は更始政権によって徐州牧に任命されたが、部曲の者に殺された。その余党が諸賊と檀郷で合流して檀郷賊(檀郷兵)と号した。檀郷兵は魏郡、清河を犯し、暴れまわっていた。


 魏郡の大吏・李熊りゆうの弟・李陸りりょうが反乱を謀って檀郷兵を城に迎え入れようとした。


 ある人がそれを東漢の魏郡太守・銚期ちょうきに告げたため、銚期が李熊を招いて問うた。李熊は叩頭して首服(首伏。正直に罪を認めること)し、老母と共に死ぬことを願った。


 銚期は哀れみながら言った。


「吏になることがもしも賊になる楽(楽しみ)に及ばないのならば、帰って老母と共に陸(李陸)に就きに行けば良い」


 銚期は官吏に命じて李熊の母子を城から送り出させた。


 李熊は城を出てから李陸を探し出し、鄴城(魏郡の治所)の西門に連れて行った。李陸は慚愧に耐えられず、自殺して銚期に謝罪した。


 銚期は嘆息して礼葬を行い、李熊を元の職に戻した。


 郡中の人々は銚期の威信に服すようになった。


 この話を聞いた劉秀は、


「蹕と述べるだけでなくとも人を威服できるんだね」


 と苦笑しながら言った。かつて薊を脱出する際に銚期は天子の露払いを行う際の言葉である蹕(控えおろう)を使った時のことを思い出したのである。


 魏郡での動きに対し、劉秀は大司馬・呉漢ごかんを派遣し、王梁おうりょうら九将軍を率いて鄴東漳水の辺で檀郷を撃たせた。


 檀郷を大破し、十余万の衆が全て投降した。


 また、呉漢は王梁と大将軍・杜茂ともに兵を率いさせ魏郡、清河、東郡を安輯(按撫)させた。諸営堡が全て平定されていった。


 特に杜茂が上手くやった。


「これほど按撫するのが上手いとはな」


 王梁がそう言うと杜茂はけらけらと笑いながら指で銭を上に向かって弾き、掴む。


「金の力は偉大だね」


 こうして三郡が清静となり、道路が通るようになった。これにより洛陽から漁陽、上谷に至る路は三郡を通ることになり南北の間での流通が上手くいくようになった。









 劉秀は諸功臣を全て列侯に封じた。その際、こう詔を下して言った。


「人の情(欲)が満足できれば、放縦を苦とし(欲に勝てず放縦し)、一時の欲を楽しみ、刑罰に対して慎重にするという義(道理)を忘れるものである。諸将の功業が遠大なことを思い、誠に無窮に伝えることを欲するため、深淵に臨み薄冰を踏んだ時のように戦戦慄慄として、日に日に慎重になるべきである。顕效(明らかな功績)がまだ報いられておらず、名籍がまだ立っていない者(諸侯に名を連ねていない者は。諸侯に封じられていない者)は、大鴻臚が速やかに報告せよ。私はそれぞれ等級を分けて(名籍に)記録しよう」


 劉秀は大国を四県とし、その他の国もそれぞれ差をつけて大小を定めた。


 梁侯・鄧禹とううと広平侯・呉漢が食邑を四県とされた。


 博士・丁恭ていきょうが議して言った。


「古の帝王は諸侯を封じても百里を過ぎず、侯を建てることを利とし、雷に法を取り(「震驚百里」という言葉があり、この「震」は「雷」を指す。「雷が百里を驚かす」ことから、諸侯の地を百里にしたという意味になる)、幹を強くして枝を弱くしたため、そうすることで治を為しました(国を治めることができました)。今、四県を封じるのは法制に合いません」


 しかし劉秀はこう返した。


「古の亡国は皆、無道が原因であり、功臣の地が多いために滅亡した者は聞いたことがない」


 その後、劉秀は謁者を派遣して鄧禹等に印綬を授けた。


 封侯の策書にはこう書かれていた。


「上にいても驕ることなく、高くても危うくなく、節を制して度を謹み、満たしても溢れない。敬い戒めよ。汝の子孫に伝えて長く漢藩(漢の藩屏)となれ」


 陰麗華いんれいかの兄に当たる陰郷侯・陰識いんしきが軍功によって増封されることになったが、叩頭して謙譲し、こう言った。


「天下は定まったばかりであり、将帥で功がある者は多数おられます。私が掖廷(後宮)に属いていることに頼って、なお爵邑を加えられますのは、天下に示すべきことではありません。これは親戚が賞を受けて国人は功を計るというものです」


 これは戦国時代、公孫龍が平原君に語った言葉が元になっている。


 劉秀は陰識の言に従った。


 諸将に好きな場所を発言させた。


 その結果、皆、美県(豊かな県)を領有したが、河南太守・潁川の人・丁綝ていりんだけは本郷(故郷)に封じられることを求めた。


 ある人がその理由を問うと、丁綝はこう言った。


「私は能力が少なく功績も小さいため、郷亭を得られれば充分です」


 劉秀はその意志に従って彼を新安郷侯に封じた。


 功臣たちを封じる上で劉秀は郎中・馮勤ふうきんに諸事を担当させた。


 馮勤は功労の軽重や国土の遠近、地勢の豊薄(豊さの度合い)を度量して功臣の封地を決めていった。


 その結果、下になるべき者が上になるべき者を越えることがなかったため、誰もが心服した。


 劉秀は馮勤の能力を認めて尚書の衆事を全て総禄(総監督)させることにした。



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