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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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疾風、勁草を知る

 追っ手に追いかけられながら劉秀りゅうしゅう一行は朝も夜も南に駆けた。途中の城邑に入ろうとせず、食事も宿泊も道端で済ませていく。


 蕪蔞亭に至った時は気候が寒烈(極寒)であり、食料の備蓄は少なくなっていた。それにも関わらず、馮異ふういはどこからか劉秀に豆粥を献上した。


 そうこうしながら進んでいたが、饒陽に至った時には官属が皆、食糧に欠乏しており、限界となっていた。そこで劉秀は邯鄲の使者を自称し、伝舍(客館)に入ることにした。


 格好が埃だらけの彼らに対して訝しげな表情を浮かべながらも伝吏が食事を進めると、従者達は飢えていたため争ってそれを奪いあった。


(拙い……)


 まるで山賊のように見えなくないことに劉秀は青ざめた。


 伝吏も彼らのこの様子に偽者ではないかと疑い、鼓を数十回敲いて、


「邯鄲の将軍が到着した」


 と偽った。


 官属は皆色を失い、劉秀も車に乗って駆けようとしたが、逃げても免れられないことを恐れたため、ゆっくり戻って坐りなおし、


「邯鄲の将軍様を入れてください」


 と言った。


 久しくしてから車で伝舎を去ることにした。


 劉秀を怪しんだ伝舎の人が遠くに離れた門者(城門の守衛)に門を閉じるように指示を出した。


 しかし門長はこう言って下がなかった。


「天下の大局はまだわからないにも関わらず、長者を遮るべきではなかろう」


 これにより、劉秀は南に向かって脱出することに成功した。


 劉秀一行は朝から夜まで兼行し、霜雪を冒して進んだ。寒さのため皆、顔にひび割れができていた。


「寒いねぇ」


 劉秀は明るく振舞うが正直、窮したという思いの方が強い。


(思ったよりも邯鄲に従うところのが多い……)


 判断に甘さがあったと劉秀は反省した。順調に河北を巡り、困難がなかったというのも判断の甘さに通じてしまった。


(困難というものは突然やってくるものだな)


 そう思いながら劉秀一行は下曲陽に至った。


 そこで王郎おうろうの兵が後ろに迫っているという情報が入ったため、従者が皆、恐れた。


 滹沱河まで来ると、先行していた候吏が戻ってきて、


「河水が融けて氷が流れております。船がないので渡れません」


 と報告した。


 劉秀はこの寒さでは凍っているのではないかと考えており、改めて王霸おうはに視に行かせた。


 王霸が見ても川は凍っていなかった。しかしながら衆兵が驚くことを恐れ、また、とりあえず前に進むことを欲したため、偽って、


「氷が堅いため渡れます」


 と言った。


 官属は皆喜び、劉秀も笑って、


「候吏はやはり妄語(妄言)だった」


 と言った。ここまで来ると空元気である。劉秀らが前進して河に至ると、ちょうど河が氷結していた。これには王覇もびっくりである。


「だが、本当に通れるだろうか?」


 劉秀が氷の状況を見ながら首をかしげる。すると馮異が言った。


「このまま渡河しますと氷で滑って馬が倒れてしまいましょう。それぞれ囊(袋)に砂を入れて、氷上に布いてから(土砂を撒いてから)河を渡りましょう」


 劉秀は彼の言葉に同意して王霸に渡河を監護させながら渡ることにした。


 一行の大部分が既に渡り終えたところで数騎が渡り終える前に氷が融けたたため、数量の車が河に落ちた。


「ぎりぎりだった」


 劉秀一行はなおも進み、南宮(県名)に至った。


 そこで大風雨に遭遇し、劉秀は車を牽いて道の傍の空舍(空家)に入れることにした。馮異が薪を抱えて運び、鄧禹とううが火をおこし、劉秀は竈を向いて衣服をあぶり、馮異がまた麦飯を進めた。


(皆、誰もが協力してできることをやっている。彼らの苦労に報いてやりたいが……)


 この状況で自分から離れる者も多い中、付いて来てくれている者たちを思いながら劉秀は王覇に言った。王覇は河北へ従う上で賓客を連れてきていたが、その賓客たちは皆、去ってしまっていた。


「潁川以来、僕に従っているのは君だけになってしまった。疾風、勁草を知るだな」


 強い風が吹いてみて本当に強い草がわかる、転じて困難に遭遇して初めて人の才能や人徳がわかると彼は言ったのである。王覇はこの言葉を聞いて誰よりも感動した。


 劉秀一行は下博(県名)の城西に至ったが、もはや食料も体力も限界で、皆、惶惑(恐慌困惑)してどこに向かえば分からなくなっていた。


「どうしようかな」


 劉秀は一人、悩んだ。すると白衣の老父が道端にいることに気づいた。近づくとその老父は指をさして、


「努力せよ。信都郡は長安のために城を守っている。ここから八十里である」


 と言った。劉秀は驚き、本当ですかと問いかけようとすると老父はそのまま消えた。


「信都郡へ向かう」


 劉秀はそう宣言すると信都郡に向かって駆けた。


「やれやれ……白はあまり好きではないのだ」


 白い服を脱ぎ捨て黄色い服をまとった男はそう呟いた。


 当時、邯鄲周辺の郡国はほとんどが王郎に降っていたが、信都太守・南陽の人・任光じんこうと和戎太守・信都の人・邳肜ひとうだけは従わなかった。しかしながらこの時点では互いのそのことを知らない。


 任光は宛で官吏を勤めていた人で、美々しい衣冠を身に付けていた。そのため劉玄の兵士に身ぐるみ剥がれた上に殺されそうになったことがあった。そこにたまたま通りかかった劉賜が任光の容貌に有徳の者と感じ入って助けた。


 その後、彼の推薦により信都太守になったのである。そのため彼は劉賜に恩を感じており、更始政権への思いが深かった。そのため邯鄲の王郎へ従わなかったのである。


 この後をどうするのかを信都郡の都尉・李忠りちゅう、令・萬脩ばんしゅうと話しているところに劉秀一行がこちらに近づいてきていることを知った。


「お招きするのだ」


 任光大いに喜び、門を開いて劉秀を迎え入れた。吏民も皆、万歳を唱える。更にそこへ邳肜も劉秀が信都に入ったことを聞き、郡を挙げて投降することを伝え劉秀に会いに来た。


 議者の多くが、


「信都の兵に送られて西の長安に還るべきだ」


 と言ったが、邳肜は反対した。


「吏民が歌吟して漢を思うこと久しく、更始が尊号を挙げれば天下が響応して、三輔が宮を清め、道を掃除してこれを迎えた。今、卜者・王郎は名を偽って勢に乗じ、烏合の衆を駆り集め、こうして燕・趙の地を振るわせたが、根本の固(堅固な基礎)がない。明公が二郡(信都、和成)の兵を奮ってこれを討てば、どうして克てないことを患いる必要がありましょうか。今これを捨てて帰えれば、空しく河北を失うだけでなく、必ずや三輔をますます驚動させ、威重を墮損(失墜)させることになりますので、相応しい計ではありません。もし明公に再び征伐する意思がないのならば、信都の兵でも集合させるのは困難であり、明公を長安に送ることもないでしょう。なぜなら明公が西に向かえば、邯鄲の形勢が完成してしまうからです。民は自分の父母を棄てて、成主(既成の主)に背いてまで千里も公を送るはずがなく、彼等が離散亡逃(逃亡)するのは必至です」


「そのとおりだ。これに従う」


 劉秀は長安に戻らないことを決め、邯鄲へ対抗するための手段について話し合うことにした。



劉秀に新たに加わった愉快な仲間たち紹介。


派手太守・任光

忠義一心・李忠

地味・萬脩

もう少し評価されていい・邳肜

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