第7話 面接、逃げ出した後で
私と彼女の間に会話はなく、二人はひたすら歩き続けた。
「いったい、どこから湧いてくるんだ……きりがない!」
道中、私の持つ聖苻を狙って幾度も亡者に襲われた。中には私が何者かもわからずに、調べもせずに襲いかかってくる者も多く、次第に閻魔帳を参照することすら億劫になっていった。
「慶応大学から来ました」「早稲田でテニス部長を」「慶応でテニス」「早稲田でテニス」「慶応でボランティア」「早稲田でサークル長」「早稲田でボランティア」「早稲田」「慶応」
……雲霞のごとく現れる早慶亡者に祈りの弾丸をお見舞いする。
慈悲はない。彼らのような増殖型の亡者ほど厄介なモノはなかった。少しでも油断すると、こちらの持つ内定がかっ攫われそうになるのだ。その大学名には、内定を引き寄せる言霊が宿っている。実際、彼らのいずれかを眷属として召し上げれば、我が社も満足すると思う。おそらく、この時期まで彷徨っているとは言え、仮にも有名私大に堕ちた連中だ。そんじょそこらの亡者に比べればよほど優秀に違いない。
だが、私は彼らから聖苻を守り通した。
彼らにくれてやるつもりはない。
私の背後には彼女がついてきていた。ここで私が聖苻を使用してしまえば、彼女を引き留める理由がなくなってしまう。それに、何十発も弾丸を受けた彼らは既にゾンビテストをクリアできないまでに痛めつけられていた。たまにパスする者もいたが、とても実用に耐えうるとは思えない。
しかし、だからといって安易にこの聖苻を彼女に使うわけにもいかないのだ。
私は迷っていた。
迷い、彼女に話を切り出せずにいた。
だが、
「あなたは、いったい何者なの……?」
しばらくして、彼女が耐えきれずに問うてくる。周囲の亡者を一掃した直後だった。周囲に新しい気配はない。私たちは近くの人気のない公園で休息をとっていた。
「その銃は……」
私は覚悟を決める。
「これは亡者を払う儀式祈祷銃。私は、人事だ」
「……人事、さん……やっぱり」
「ああ」
彼女はじっと私の手の中で黒光る拳銃を見つめる。
「私を、撃つの?」
意想外の問いに、私は戸惑った。救済を与えるつもりもないくせに、そんなことは考えてもいなかったのだ。
「それとも、私を救ってくれるの?」
そう、彼女だって亡者なのだ。人事が地獄の亡者に対して施すことは、二つしかない。祈るか、救うか。だから、彼女の問いは当然のものだった。
それなのに、私はそのどちらも選ぶつもりがない。
「わからない」
「わからない、って」
「わからないんだ。ただ、君はあの場所にいちゃだめだった」
自分でも自分が理解できていなかった。
私はどうしたいのだ。
彼女を救いたいのか。しかし、私が彼女を救うということは、彼女を再用することに他ならない。それは本当に救いなのか。
二人並んで、ベンチに座った。
「どうして、あんな内定を受けたんだ?君ならわかっていたはずだ。あそこは、危険だった」
「ええ。でも、頑張れると思ったの」
「頑張れる?」
「そう。なんでも頑張れば、一生懸命やれば何とかなるって。今までもずっとそうだったから。私は、それしかないから」
彼女の言葉は自嘲的だったが、その考え方に私は懐かしさを覚えていた。
あの彼女もそうだったのだ。真面目で、頑張り屋で、何事にも物怖じせずに取り組んでいく——そんな存在。その姿が重なる。
「諦めたら、そこで終わり。でも、諦めなければ、道は拓けるかもしれない。だから、あそこでも、頑張ればきっと、楽しくなれるかなって思ったの」
「でも、あれは別物だ」
「うん。途中で、わかった。でも、もう聖苻を貰っていたから。それに、逃げるみたいで嫌だった——え、どうして、笑っているの?」
「え?」
無意識に、私は笑っていた。懐かしさと、己の愚かしさと、運命の悪戯が私に笑みを催させたのだ。そして、涙が溢れてくる。
「あの、大丈夫なの?」
私は嬉しいのか、それとも悲しいのか。
「思い出していたんだ」
「なにを?」
「昔、君とそっくりな子がいたんだよ」
「わたしに?」
「ああ」
「その人を、あなたは再用したの?」
「……ああ」
「その人は、今どこにいるの?」
「……どこにもいないんだ」
初めて会った彼女は、私にとって大量再用した亡者の一体に過ぎなかった。しかし、最後に会った彼女は、狂気に陥っていた私を救うことのできる唯一の存在だった。
「彼女はもう、どこにもいない」
どんなに望んでも、もう帰っては来ない。
「それは、どういう——」
「死んだんだ、あの子は」
私は目を閉じていた。隣に座る彼女の言葉を脳内でリフレインさせると、瞼の裏にかつての彼女が蘇る。
「……私が殺したんだ」
その頃の私は、まだ《コヨーテ》と呼ばれていた。
次回就活オブザデッド
第8話「罪」