第8話 罪
彼女は決して優秀ではなかった。それもそうだ、コヨーテたる私が標的にしていたのは、もう行き場のなくなった減価償却直前の亡者ばかりだったのだ。大して業を積んだわけでも、なにか一芸に秀でているわけでもない普通の、いや、言ってしまえば並以下のパッとしない亡者だった。きっと、私が救済しなければ、どこからも救いを得られずに地獄を永遠に彷徨うことになっていただろう。
だが、それこそが、ひょっとすると彼女の幸せだったのかもしれない。少なくとも、我が社の眷属として使役されるよりは、よほど安らかだったろう。
「頑張ります。とにかく、頑張ります。なにもできないけど」
ゾンビテストで彼女はそう言った。その時の私にとって、そんな意気込みはどうでもいいものだった。私が見ていたのは彼女の被弾数だった。およそ百発。それだけ祈られても肉体と精神を維持できるのならば使い物になるだろう、という見方しかできていなかったのだ。それなのに、何故か、彼女のことは印象に残っていた。何千という亡者に救済を与える中で、私が記憶しているのは後にも先にも彼女だけだった。
理由は、今でもわからない。
ただ、彼女の前向きな姿勢に、かつての自分を重ねていたのかも知れなかった。私も、彼女のように考えて我が社の眷属となったのだ。
必死になればなんとかなるさ、と。
結果を言えば、私はなんとかなった。祈られる立場から、祈る立場へ移った。だから、心のどこかで彼女に対して期待していたのかも知れない。そういう考え方ができるなら、大丈夫だろうと。
私の目は曇っていた。
そして、取り返しの付かないことを言ってしまったのだ。
「頑張っている限り、なんとかなるもんだ。困難から逃げずに頑張れ。一緒に働こう」
それが間違いだった。
彼女の能力は、その精神力に見合うほど高くはなかった。そして、その精神力は強すぎた。挫けることを良としない、強すぎる責任感は、その能力が釣り合わなければ身を滅ぼすだけなのだ。
私は気づけなかった。
それもそうだ、亡者にも自分と同じ魂が宿っているなんて、同じ命だなんて基本的なことを、完全に忘れていたのだから。
彼女と再会したのは、数ヶ月後だった。
彼女の肉体と精神は完全に死に絶え、もはや亡者にも堕ちれない状態だった。
我が社の激務は彼女に無力感を強いて、その心を折った。
彼女は死滅したのだ。
その事実を、私はゾンビテスト中に知った。知って、それ以上再用することができなくなってしまった。自責の念に駆られたのだ。私が無責任に彼女を再用してしまったばかりに、彼女は消滅した。
その日、《コヨーテ》は死んだのだった。
以来、私は聖苻を使用したことがない。
全ての亡者に祈りの弾丸を撃ち込むようになった。幸か不幸か、彼女の事件をきっかけにして我が社の経営状態が悪化し、それが大量再用の中断に繋がったため私の行為が大きな問題に発展することはなかった。再用担当から外され、倉庫番になっただけだ。
それからの私は、生者でありながら亡者だった。
それでも会社にしがみついてしまう自分の情けなさと、罪悪感に苛まれる日々が続いた。
そして、今回の辞令だ。
会社がどういうつもりなのかはわからない。
運命的にはきっと私への罰なのだろう。
逃げるな、という言葉が彼女を殺したのならば、私がその言葉に背くわけにはいかないのだ。
だが、内定の重さを知った今、私が誰かに救済を与えることなんて、できるとは思えなかった。
もう、祈ることしかできない。
しかし、その祈りが誰のための祈りかすら、今の私はわからない。
過去を悔いても償いにはならない。
懺悔は事実を変えるモノではない。
許しなど……。
次回、就活オブザデッド
第9話「内定」
これが希望だと信じて——。




