11話 救助
森の中は神秘的な雰囲気に包まれていた。木々の隙間から日の光が差し込み映画のワンシーンの様な空間も存在する。けれどほんの数十m先では光も通らぬ闇が広がっていた。そうした暗い場所には魔獣が潜んでおり近くを通る動物などを狙っている事が多い。
俺はハチをお供に森の中を走っていた。全身は軽装のプレートに身を包み、腰には一本の剣を吊るしている。駆け出しの冒険者のスタイルに近い。
この装備はカーラさんから頂いたもので、森に入る最低限度の装備と言われ押し付けられた。最初はフルアーマーの甲冑を出して来たのだが、全力で断らせて貰う。更に屋敷から出る時には耐久力が高くなる付与魔法を掛けてくれていた。カーラさんの心配性には驚いたが、彼女の優しさなので好意は素直に受けている。
俺は一人っ子なので姉弟はいないが、もしいればこんな感じなのだろうか?
----------------------------------
森の中ではもっぱら身体強化の実験をやっていた。各魔力の最大活動限界や特性の違い性質などを徹底的に見つけ出して行く。それは非常事態に陥った時に焦らない為の対策であり、自分の可能性を見つけ出す為だ。
訓練がてらに小型の動物を探して捕まえる事もある。
それは一度お土産として持ち帰った時、メイさんが凄く喜んでくれたからだ。エルフのカーラさんも肉を普通に食べるし、その日の夕食は美味しいお肉料理を皆で頂いた。その日からメイさんに依頼を受けた時だけ動物を何匹か持ち帰る様にしている。
「ハチは好きにしてていいよ。でも余り離れすぎないでくれ」
「ワン!!」
小型化しなければ、思いっきり走りまわれないハチは森に入ると、元の大きさに戻り風の様な速度で走りまわっている。生き生きとしている姿を見るとやっぱり色々我慢させているのだと、少し悲しくなる。
俺は何時も持ち帰っているウサギの様な動物を見つけると、身体強化を行う。使用する魔力はレギュラー。
俺と目が合い反転して走り去る動物に一瞬で並び並走を行うと、首元を掴み簡単に捕まえる事が出来た。
捕まえた動物の血抜きなどまだ出来ないので、生きたまま連れて帰り、後はメイさんに任せるしかない。
俺はジタバタと動く動物に心の中で謝りながら森の中を走っている筈のハチを呼び寄せた。
「ハチィィー。そろそろ帰るぞ!!」
「アォーン」
俺の小さな声が何故遠くにいるハチに聞こえるのか理解できないが、森の奥の方からハチの遠吠えが聞こえ、ハチが俺の元へと飛んで戻る。
「ハッハッハ!!」
舌を出しながら、嬉しそうに近寄り俺の頬を舐めてくる。
「おい、やめろよー」
俺の顔付近まで下げているハチの頭を撫でてやると、ハチは目を細めて気持ちよさそうにしていた。ずっとハチに負担ばかり掛けてきている。この位で返せる訳じゃないが、甘えたい時位は甘えさせてあげたい。
「うわぁぁぁ。誰か助けてくれ!!」
その時、静かな森に似合わない絶叫が木霊する。男の人の声で悲鳴の様だった。俺は直ぐに反応しハチに声を掛ける。
「ハチ! さっきの声がした所へ行けるか?」
「ワン!!」
「よし。それじゃ連れて行ってくれ」
俺はハチの背中に跨るとハチは走り出した。その動きは滑らかで犬の上に載っているのに振動は少なく安定している。
ハチは200m程森の奥に進み足を止める。
俺達の目の前には一人の獣人の男が巨大な蜘蛛の背中に蜂の羽を付けた容姿の魔獣が狐の獣人らしき男を捕まえ、空に浮かんでいた。
「気持ち悪ぅ」
その不気味さに嫌悪感を抱く。けれど蜘蛛の足でしっかり掴まれた男性を早く助けないと行けない。
「ハチ、あの男性を助けよう」
俺の指示と同時にハチが動き出し、突進していくと正面で大きくジャンプし蜘蛛の羽を一枚食いちぎる。その結果、蜘蛛の方は男性を抱えたまま地面へと落ちていく。
「ぐぅぅ!!」
地面に落ちた衝撃で蜘蛛の絡め取る力が緩み、男性が悲痛な声を上げた。俺は空かさず強化魔法を使用し、男性を蜘蛛から救い出した。
「もう大丈夫です。後はハチに任せましょう」
地面で自身の腕を使い立ち上がった蜘蛛の正面にハチが移動し、相手が攻撃を仕掛ける前に鋭い前足の爪の一振りでその胴体を斬り裂いていた。
「凄い……」
「ハチは強いですから! ハチよくやったな。偉いぞ」
「アウォォーン」
勝利の雄叫びを上げ、ハチは得意気に俺の元へと近づいて来くる。男性はハチの威圧感に押され身体がビクついていたが、側に俺がいるからだろう。まだ正気を保っている。
「怪我されていますね。家まで送りますよ」
「えっあぁ、すまない。君は人間の様だが、俺達魔族を助けるのか?」
男性は不思議そうに聞いてくる。
「もちろんです。困っている人がいたら普通は助けるでしょ? それに俺も死にかけていた時に魔族の人に命を救われて居ます」
俺の返答を聞いて、男性は安堵の息を吐いていた。
「本当に助かった……。家に着いたら何かお礼をさせてくれないか?」
男性は自身の名前をハンスと名乗る。この森に近い小さな村に住んでいる狩人らしい。森の中で動物を狩っている時にあの魔獣と出くわしたと教えてくれた。
「あんな魔獣は見た事がない……。力も強力で空も飛ぶ。俺の力じゃどうしようも無かった」
「間に合って良かったです」
「君は見た所、人間の様だが、人間がこんな大きな魔獣を従えているなんて思いもしなかったよ……」
ハチの大きな背中に乗っているハンスさんはハチを見つめてはそう告げた。
「まぁ、俺とハチは小さい時からずっと一緒だから。それより家はもう直ぐですか?」
「あぁ森を抜けたら、そんなに遠くは無い。近くには他の村も幾つかあるが、俺の村は一番西にあるんだよ」
ハンスさんの指差す方角へと進んで行くと、10件程の家が立ち並ぶ小さな村が見えてきた。この村の人々は主に畑と狩猟で生活をしているらしい。
村に辿り着くと、ハンスさんを降ろし、ハチに小さくなってもらう。初めてハチを見たハンスさんの驚きを考えれば、こうした方がいいだろうと言う俺の判断だ。
ハンスさんはハチが小さくなった事に驚いていたが、はやりその方が良いといい直してくれた。
そして一軒の家に近づき、ドアを開ける。
「貴方おかえりなさい。今日は帰りが早いんです……。貴方!! その怪我は!?」
奥さんらしき女性の獣人がハンスさんに駆け寄って来た。
「あぁ、森で魔獣に襲われてな。けれどもう大丈夫だ」
「魔獣に‥…。貴方ほどの人が襲われるなんて」
奥さんは少し離れていた所に立っていた俺に気付き、咄嗟にハンスさんの前に踊りでて身を盾にしだす。
「貴方、人間が後ろに!?」
「失礼をするなよマリー!! 彼は俺の恩人なんだ。魔獣に襲われていた俺を助けてくれたのは人間である彼なんだよ」
「人間が魔族を助けた……? 本当に?」
「そうじゃないと此処にいる理由がないだろう? さぁ、俺は彼に命を救ってくれたお礼をしなくちゃいけない。マリーはお茶をいれてくれないか?」
「ハンスさん、俺にお茶を出すより、まず貴方の治療が先でしょう。俺の事は大丈夫ですから、治療に専念して下さい」
魔族と言えば響きは悪いが、受けた恩はちゃんと返す筋の通った人達だと俺は感じる。
「失礼しました。ハンスがお世話になったようで……。本当に有難うございます。狭い所ですが、椅子に座ってお待ち下さい」
マリーさんは俺を椅子に座らせると、ハンスさんを連れて別の部屋に消える。きっと治療を行う為だろう。
俺は膝の上にハチを載せて頭を撫でながら治療を終わるのを待っていた。
「人間だーーーー!」
「本当だ。人間がいるーーー!」
「人間って僕達を襲う悪い人なんだよ」
「じゃあ、私達、今から食べられちゃうの?」
突然、部屋の隅から子供の男女の声が聴こえてきた。俺が視線を向けるとそこには5歳前後の獣人の子供が棚の影から俺を覗いていた。小さな耳とお尻から生えている尻尾が可愛らしい。どうやら双子の様で見た目が似ている。
「やぁ、こんにちは。俺は青山祐介。お父さんの知り合いだから安心して」
笑顔を向けて、そう答えた。双子の姉弟は一定の距離を保ちつつではあったが、俺に興味津津の様子。
そこで俺は、膝の上で寛いでいるハチに頼む事にする。
「ハチ、悪いがあの子供たちと遊んでやってくれないか? 怖がらせては駄目だよ」
「アン。アン」
ハチは了解すると俺の膝から飛び降り、テクテクと子供たちの方へと近づいた。子供たちも自分達と余り大きさの変わらないハチに警戒心を緩めている。
「わぁ、動物を飼っているの?」
「わぁ、可愛いね」
2人は恐る恐るハチの頭をや背中に手を乗せる。ハチは嫌がらず子供達を受け入れた。それを切っ掛けに子供達はハチに抱きつき遊び始めた。
俺はその光景を心穏やかに眺める。その時、ハンスさんの声が聴こえてきた。
「子供達まで世話になって申し訳ない」
腕や足に薬草を当てて上から布で縛った状態のハンスさんは俺の正面の椅子に座る。奥さんが奥からお茶をいれたコップを出してくれた。
「いえ、ハチも楽しそうですし、構いませんよ」
奥さんは一度下がると、台所の方から大きな葉っぱで包まれた燻製肉を持ってきてテーブルの上に置く。
「これは?」
「こんな物ですまないが、今はこれしか無くて申し訳ない」
「いえいえ、お礼なんていりませんよ」
俺は自分の胸の前で手を突き出し大きく振りながら、必死で拒否を試みる。
「それじゃ、俺の気が収まらん。俺の命がこんな小さな肉より劣ると思うと腹が立つんだ。どうか受け取ってくれ」
そこまで言われたら、言い返せない。こんな所はまだまだ子供だと自分でも思ってしまう。俺は干し肉をお礼を言いながら頂き、ハチを連れて屋敷へと帰る。
「ワンちゃん。またねーー」
「ワンワン。また来てねーー」
家の外まで見送りに出てくれたハンスさん一家に見送られながら、俺とハチは屋敷へと帰った。




