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 駆除活動



 例えば、部屋の隅を見よう。天井と壁の角が作り出す影が、陽が傾くに連れて濃くなる。それを見張るようにじっと見つめていたら、闇が渦を巻きながら大きくなる。ヌッと黒い塊がその中から出てきたかと思えば、ゴトンと真っ黒い髪の頭部が落ちてきたりして。

 調べ物が進まない私は、パソコンの前で頬杖をついた。部屋の隅を見つめてそんな想像をしてしまうくらい、調べ物を投げ出したい。

 あの悪夢と出会った梅雨が過ぎて、夏の始まり七月になった。

 平凡そのもの鴻巣で起きている悪夢。

 夕方五時から夜の十時の間に、扉が開く。その先は同じ街のようで違う。おぞましい姿に成り果てた死体が徘徊する。

 ごく一部の人間は、その世界に足を踏み入れるなり変異する。目が潰れて死に、音を頼りに食い散らす死体となる。私はそのまま、ゾンビと呼んでいる。

 もう一つ、異形の姿の怪物がいる。それは石の像ガーゴイルと大型犬を足したような怪物。ハウンド、と呼んでいる。

 ゾンビの数が多くなりすぎると、こちら側に来れるようになって、ハウンドが人間をさらう。目が見えていなくとも、耳を頼りに捕まえる。だから、猟犬のハウンドと呼んだ。

 そして、夜十時になるその前に、鴻巣市のみの世界にどこからともなく、電車で新たなゾンビが運ばれてくる。

 今わかっているのは、これだけだ。

 この地が鴻巣となった由来、こうのとり伝説がある。私は関係していると狙いを定めて、安産祈願で有名な鴻神社に足を運んだ。けれども、両方の世界の鴻神社にも変わった点はなかった。あちら側の神社には、ゾンビが一体もいない。解決のヒントは、見つからなかった。

 もう一つ、謎がある。

 特殊な変異をした男。動く死体なのではない。人間らしい。でも目は視えていない。肌にも身体にも蠢くような煙がまとわりついて、黒い。明るいところだと、赤みも見える。まるで爛れた皮膚が再生を続けているような、妙な症状。歯は鮫にようにギザギザと尖ったものが並んでいる。耳を先も尖っていて、その聴覚は優れている。俊敏で強靭の肉体。犬のような巨大なもの。

 扉を出入りして、人間を助けてゾンビ狩りをしている彼。何度聞いても、名前を教えてくれないから、ナイトメアーと呼んだ。

 出会いは、悪夢のようだったから。

 そのあだ名を嫌がって教えてくれると企んだのだけれど、頑なに教えてはくれず彼は諦めて呼ばれ続けている。

 しかたなく、私は別の意味を込めてそれで呼ぶことにした。


「……メアーに会いに行こう」


 部屋にいて物音がすると、変な想像をしてしまう。軋んで音が鳴る理由は、実はあちら側のこの部屋にゾンビが彷徨いているからーーかもしれない。なんちゃって。

 昔から嫌な子ども時代を過ごしてきた私は、現実逃避として妄想癖や空想癖がある。人生の楽しみでもある。

 一人暮らしをしているマンションを飛び出して、彼の元に向かった。昨日も一緒にゾンビ狩りをしたけれど、扉が開いたので帰ってきた。私が今日明日と二連休をとっていたので、無理せず休むことにしたというわけ。念のために休日前だけ、ゾンビ狩りをしている。扉は不定期だから、一晩泊まる覚悟は必要。

 メアーは、夕方には駅前をふらついている。それ以外は、家にいる。家と言っても、空き家だ。

 耳をすませば電車の音が聞こえてくるような駅近。住宅地の中の細い道を進めば、やっとその家が見つかる。三階建てで家具があるけれど、長く人が住んでいなかったようで埃っぽい。なんでも、持ち主はあちら側で死んだそうだ。

 枯れた植木のある庭は通り過ぎて、玄関に入る。ここはいつも鍵がかけられていない。持ち込んだスリッパに履き替えて、階段を上がる。キッチンがある一階が一番広いけれど、彼は常に三階に居座っていた。

 右の部屋のドアを開ければ、ソファーに座るメアー。

 背もたれに両腕を広げて眠っているかのように俯いている。いつ来ても、そんな姿勢だ。

 聴覚が優れた彼にはとっくに私が来たことに気付いているし、寝ていたとしてももう目覚めているはず。


「ハロハロハロー」


 上機嫌な挨拶してから、私は隣に腰を落とす。返事はなし。気にしない。

 こちら側にいる間のメアーは、人間に近い。皮膚が漆黒の男の人に見える。髪は癖のついた漆黒で、後ろに掻き上げているけれど、右側に少し垂れていた。牙があるけれど、手は大きめの男の人のもの。目は視えないらしく、いつも閉じている。あちら側に間と違って控えめだけれど、肌には黒い煙が這っていた。だから、黒い。

 その容姿を隠すように、出歩く時はパーカーを着ているけれど、今はワイシャツ姿だ。

 メアーのことは、わからないことだらけ。メアーも話したがらない。メアーだけの特殊な変貌。自分の家に帰らない。本名を名乗らない。他にも疑問がある。彼自身が謎だ。

 私も居座れるように、この部屋だけ掃除をしておいた。妄想を書き綴っているノートを広げて、書き込む。私の趣味の一つだ。大抵は楽しい妄想を書き留めているだけ。反芻するのも好き。

 少しして、バンバンっと花火の音が聞こえてきた。


「あ、お祭りだった」


 七月十日、夏祭りの日だ。

 人混みが苦手だし、屋台の食べ物はあまり信用できなくって行きたいだなんて思わなくなって、花火の音でようやく夏祭りだと気付く。私の恒例となった。


「メアー! お祭りだよ! 行こう!」


 腕を掴んでせがんでみる。たぶん、嫌がるだろう。


「行かない」

「こんな美女を一人で行かせるの⁉︎ 酷い!」

「何が美女だ」


 ぼっちで祭りに行かせる上に、呆れてため息をつくので、私はムキになった。


「メアーは視えてないから言ってんの! 私は美女!」


 メアーが面倒くさそうに、口をへの字に曲げる。私はめげずに詰め寄る。


「私は超可愛くって、胸もあって、くびれてて、モデル並みに足が細いです! 胸はオレンジくらいある!」


 過食気味になったかと思えば暴飲暴食になってしまうような悪い食生活だったから、肌も体型も酷くなる一方。ストレス発散にお金を使う際は美容につぎ込んで、色々試して努力して、肌はすべすべ、足は程よく肉つきのいい細め、膨れた胸、くびれたウエスト。


「触って確かめて‼︎」


 メアーの頭が、微かにビクッと動いた。

「足ね足っ!」とつけ加えて、メアーの膝の上に足を伸ばす。

 今日は短パンで素足でいたから、ちょうどいい。


「……」


 沈黙してメアーは考える。


「断る」

「触れよ‼︎」


 強制だ! 視えないならば触って確かめて‼︎

 メアーの左手を、私の膝にポンッと置いた。


「……セクハラと騒ぐなよ」

「そんな心配いらない! いい足だと認めればよし!」

「……認めるかどうかは別だぞ」


 しぶしぶメアーは左手で私の右の踵を持ち上げる。男らしくて大きな手は、ススッとふくらはぎに移動した。無言のまま、くすぐったい黒い手が這う。肌触りのいい毛並みにも感じる手。膝の裏を擦るように、指が動いた。そのまま、太もものやわらかさを確かめるかのように撫で回す。内側にまで滑り下りてくるものだから、熱心に触っているメアーに顔を近づけて囁く。


「えっちな触り方」


 途端に、私はソファーから落とされた。必死に笑いを堪えて立ち上がる。

「笑ってるだろ」とメアーは見抜いて苛立った声を出す。


「屋台で適当に買ってくるー。なにがいい」

「いらない」

「はーい」

「いらないからな」

「ふぁーい」


 メアーをからかうことで満足したので、さっさと屋台で食べ物を買ってこよう。メアーが釘をさすけれど、私は買ってくる気満々だ。一緒に食べるのが美味しいんじゃん。

 この前も控えているアイスを買ってあげて、一緒に食べた。今回も道連れにしてやるもん。

 祭りは中山道に屋台が並んでいる。車は進入禁止の歩行者天国となって、人混みに溢れた。今時、浴衣姿は少ない。他人には興味がないし、陽射しがキツイので早く買って戻ろう。

 メアーと屋台めぐりしたかったな。

 綿あめが好きだけれど、食べきれないとグッと衝動買いを堪えておく。ベビーカステラも好き。ベビーカステラの袋を脇に抱え、唐揚げとミニのリンゴ飴を二つずつ買って、手一杯に持って来た道を戻る。

 歩行者天国から出たあと、すぐに振り返る。祭り囃子に耳を傾けながら、今夜のこと考えた。


「今夜は被害者が多くならないといいけど……」


 下手のところに扉が開けば、団体があちら側に行きかねない。人一人に狙いを定めたかのように開くけれど、空中や壁など妙な場所に開くことも多い。今日だけは、適当に空中に開くといいな。

 テケツクテンツクツ、テケテン。太鼓のリズムに身を揺らしながら、歩みを再開させる。昔住んでいたマンションの子ども達と太鼓を叩いた。中学の頃まで参加していたっけ。懐かしいなー。


「よかったら、持ちましょうか?」


 ふと、声をかけられた。見知らぬ男の人。低めの身長で、小太り。真ん丸な顔で笑いかけてくる。親切で言ってくれているのだろうけれど、不審にしか思えない。

「結構です」ときっぱり断っておく。知り合いではない人に愛想よくする気はない。可愛いって大変。

 早足でメアーの元に戻って、唐揚げとリンゴ飴を持たせた。


「いらないと言っただろう」

「遠慮しないでー」

「……はぁ」


 ため息をついたメアーは、しぶしぶ食べた。私も隣で一緒に唐揚げを食べる。


「……私が作ったものの方が美味しいかも」

「じゃあなんで買った」

「祭りだから?」


 油で揚げない唐揚げを普段から食べていたから、ちょっと胃がもたれそう。美容のためにも、ヘルシーなのがいい。

 食べてお腹を満たしておこう。腹が減っては戦は出来ん。


「次は私が作った唐揚げ食べる?」

「いらない」

「……ふーん」

「……いらないからな」

「ふーん」


 私は無理に笑う。メアーを横目で見て、かぷりとかじりつく。

 メアーは口に唐揚げを放り込んだ。一口でむしゃむしゃと噛んでは飲み込む。味わっていないように見える。

 少し前から、ある疑問があった。


「早く休んでおけよ」

「うん。食べたら寝るー」


 扉が開く五時まで、休まないと。五時間、ゾンビ狩りと救出活動するのだから。

 唐揚げを食べ終えてから、カリッとリンゴ飴にかぶりつく。メアーはガリガリと早いペースでかじりつくものだから、私は笑ってしまう。すぐ笑みは薄れてしまう。

 飴を食べ終えてから、ソファーに凭れて仮眠をとる。

 やっぱりメアーとそばの方が安心だ。物音がしても、不安は過ぎらない。ちゃんと眠れた。

 四時五十分に設定したアラームで目を覚ます。欠伸を漏らして、ストレッチをした。日焼け防止の薄手のパーカーは脱いで、タンクトップの姿になる。ライダージャケットを腰に巻きつけた。サンダルから、ヒールのないブーツに履き替える。


「祭りの客が、大勢入らないといいね」

「……」


 メアーは考えたくもないのか、沈黙を返した。

 バットとリュックを肩にかけて、準備はオッケー。メアーと一緒に駅へ向かった。

「扉開いた?」

「ない」


 私とメアーのお決まりの会話。午後五時になったからといって、すぐに開いたりはしない。 駅周辺が多いため、駅を彷徨く。

 一度入った人間には、うっすらと黒い煙が宙を漂っているように見えるけれど、メアーは扉の音を聞き取る。

 地獄の門のような呻き声でも聞こえるのかと訊ねたら、アホかと一蹴されたっけ。さながら稼働している電子機器のように、音を出し続けるらしい。人間には聞き取れない音を。

 ビルとビルの間にある歩道橋で二人並んで立った。メアーは耳をすませて、私はベビーカステラを一つ一つ食べながら、これから祭りに行く人、祭りから家に帰る人を眺めた。

 十字路を渡る親子は微笑ましかった。女の子はピンクの甚平を着ていて、両親の手を握ってジャンプしてはしゃいでいる。

 メアーを振り返ったけれど、フードを深く被って俯いている彼には目にできない光景だ。残念、微笑ましいのに。

 中学生くらいのカップルを見つけた。部活帰りのような日焼けした男の子と、髪もしっかり着飾った浴衣姿の女の子が、手をついて俯いている。まるで初デートみたいな初々しさを感じた。

 口元がへにゃーってしちゃう。


「今日は死者が出ないといいね」


 私はメアーに言う。何度か入り込んだ人を助けたけれど、救えなかった人もいる。微笑ましい親子やカップルが、悪夢の中に迷い込まないこと願う。

 幸いなことに、九時まで扉は開かなかった。祭りも終わって十字路のそばにある広場にたむろしている若者達が目立つくらいで、静けさが戻る。夏の虫の音がよく聞こえるようになった。


「開いたぞ」


 メアーに瞬間移動のように連れて行かれた先は、すぐ近くのガード下だった。急な坂になって線路の下を潜り抜けるそこは、自転車ですいーと通ると気持ちがいい。コンクリートの壁の間はかなり狭いから、油断したら衝突事故になりかねない。

 今夜はそのガード下のど真ん中に開いてしまった。ライトに照らされていない手前に、黒い煙が漂っている。目を擦れば、消えてしまう幻のように薄い。


「あと一時間近く、ここを封鎖しなきゃ」

「反対側を塞ぐ」


 シュッと消えたメアーは、向こう側に移動したようだ。

 私も車止めのためのポールに座って道を塞ぐ。大抵の人は通ることを避けるだろう。メアーの方は特に。

 もぎゅもぎゅとベビーカステラの残りをたいらげていたら。


「び、美人だからって、調子に乗るなよ!」


 声をかけられて目を向けると、見知らぬ男の人がいた。

 ポカンとする。私に言ったのかな。うん、私しか美人いないな。


「ぼくみたいな人間を見下しやがって! 思い知らせてやる! お前が悪いんだぞ!」

「……ああ、さっきの」


 さっき祭りの帰りに声をかけてきた人だ。


「ふ、ふざけんなよ!」


 なんともナヨナヨした声を上げた。


「……どうした」


 聞きつけて、メアーが私の後ろに戻ってきた。

「大丈夫」と言って向こうに行かせようとしたけれど、メアーは動かない。心配してくれてるんだぁふふ。


「私の態度が悪かったなら謝りますけれど、親切を一度断られたくらいでなにしようって言うんです? 懐から刃物出して思い知らせる気ですか?」


 メアーが出てきてから、男の人はポケットに入れた手を出そうとして固まっている。バタフライナイフとか? 私なんてバットを持っているもの。怖くないので嘲る。


「美人だからって調子に乗ってる? それでなにかをしようなんて、イカれてしますね」


 ゾンビ狩りしている私も、正常とは言えないけどね。


「美人に拒まれ続けた人生だと思いますが、そもそもあなたの方はどうなんですか? 美人が相手してくれる男だと思ってるんですか? 美人と釣り合う努力をしているようにはとーてい思えませんね。生活習慣が悪いって体型に出てるんですよ。体型に気色悪さが出てるの。どうせ、”ぼくなんて相手にされねー”ってテレビ見ながらバクバク食べてたんでしょう。猫背で、足を引きずった醜い歩き方。みっともなさすぎ! 美人に相手にされたきゃ、自分を磨きなさいよ。シャツの上からでも腹の贅肉がわかるわよ、腹筋1,000回する意気込みぐらい出しなさい! こっちだってそれなりに努力して美女やってるのよ! 心の醜さが反映されたような外見でナンパするな!」

「お前、謝る気ないだろ」


 ドンと声を高らかに上げてガード下に響かせていたのに、メアーにツッコミを入れられた。虫唾が走る人だったから、つい。


「心も身体も醜いのに、他人のせいにするんだもん。イラッとしちゃう。あ、ほら、自他共に認める美人だよ、私」

「性格に問題があるな」

「え? こんなにもいい子なのに?」


 他人も私を美人と言っているのに、メアーは素直に褒めてくれない。むくれていたら。


「ふ、ふざけんなおらぁああ!」


 発狂するかのように、男が向かってきた。

 自分で避けられたのに、ひょいっとメアーが私のお腹に腕を回して避けさせる。

 標的を見失って、男はずっこけた。そのずんぐりむっくりな体型が災いして、ゴロゴロと坂を転がってしまう。そのまま真っ直ぐに扉の中に入ってしまった。幽霊だったかのように、男の姿は消えてしまう。


「メアー! 入っちゃったよ!」

「お前を襲おうとしたんだぞ。あんな犯罪予備群、食われた方が世のためだ」

「犯罪者はゾンビに食われろって? 重すぎる罰だよ」


 私はリュックを肩にかけて坂を駆け下りる。カッターが落ちていたから、それで私を傷つけようとしたらしい。やられたら、そりゃ私だって逆上して扉の中に蹴り入れてしまうだろうけれど、未遂なんだから許してあげてよ。もう。


「よせ、赤音!」


 制止の声には、従わずに黒い煙に突っ込む。まるで大きな蜘蛛の巣に引っかかった感触がして、視界は真っ黒になった。そのあと、元の視界に戻たように見えるが違う。もうそこは別の世界だ。

 ライトがついていないガード下で、痛みに呻く声が響く。あの男のものだ。私は扉を横切ってゆっくりと下がる。男が近づいてきた。

 暗闇から出てきた男は、頭を抱えていた。そして、叫ぶ。猛獣のように、絶叫する。眼球は破裂し、黒い血の涙を流す。頭が沸騰してしまったかのように、耳からも口からも、血が飛び出しておぞましい姿になる。

 これが、扉をくぐった人間に起こる異変。残念ながら、彼は死んだ。

 男はダッと私に向かってきた。死にたては動きが早い。まだバットを出していなかった私は走って逃げようとしてけれど、メアーがすぐ隣にいた。

 立ち上る黒い煙をマントのように羽織った姿のメアーは、大きすぎる手でゾンビになった男の頭を掴んだ。そして、躊躇することなくコンクリートの壁に叩きつけて頭蓋骨を破壊した。


「自業自得だ」


 冷たく吐き捨てる。私に報復しにこなければ、死なずにすんだのにね。

 私は肩を竦めて、バットを取り出した。この世界で拾ったものだ。金属の棘をつけて、攻撃力を上げた。

 さっきの新人ゾンビの声を聞きつけて、ゾンビ達が呻きながらやってくる。ガード下の暗闇からも、坂の上からも。挟まれてしまった。


「足を引きずって、無様な身体だ。お前、これが嫌いなんだろ?」

「ずんぐりむっくりな体型の人を、これからは嫌味を込めてゾンビって呼ぶよ」


 扉を潜る人が来てしまった時のためにも、ここを死守しなくてはいけない。メアーは暗闇の方を、私は坂を下りようとするゾンビの駆除に取りかかる。この先は、通行止めです。

 腰を捻って、スイング。顎を叩き上げて、倒す。このゾンビ達は動きが遅い。でも数で押し寄せられれば、食らい尽くされるのが落ち。そして、急な坂だってことは私には不利だから、平らな道に向かう。

 昨夜のうちに電車で投入されたゾンビ達だろう。殴って潰していく。駅通りから、ぞろぞろとくるゾンビは、歩行者天国の祭りを思い出させる。人混みもといゾンビ混みだ。

 もう手慣れたもので、一つまた一つと頭蓋骨を壊して仕留める。脳に損傷を与えれば、もう起き上がってこない。


「扉は閉じた。引くぞ」


 メアーが、私を抱え上げた。扉が閉じれば、ここで戦い続けることはない。ブオオンと轟音のような風を浴びたあとは、屋上にいた。

 ガタンガタンとレールを走る電車が、駅につく。私はそれを見下ろした。新たなゾンビが投入される。多くて三十だけれど、いつもまちまちだ。

 一体どこから来てどこに行くのかを調べようとしたのだけれど、ゾンビが降りたあとに電車に乗り込むと発車しない。とっくにメアーは試した。運転席には誰もいないのに、私達が電車から離れれば発車して去る。

 この異空間はまだまだ謎ばかり。

 ふと、メアーに目を向ける。彼は屋上の縁に立ち、この世界の音に耳を傾けていた。その姿が、なんだかコートを靡かせた男の人に見えたのだけれど、私はそうだとは言わない。

 電車が去っていくのを見送った。


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