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私のナイトメアー。  作者: 三月べに@『執筆配信』Vtuberべに猫


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 悪夢と出遭う。

※フィクションです。




 それは、悪夢。

 覚めない悪い悪い悪い夢。


 特に特徴のない埼玉県の鴻巣市在住。ひな人形とケヤキの街だ。あと、こうのとり伝説の街。こうのとり伝説で一般的に思い浮かべるのは、赤ん坊を運んでくるこうのとりだろう。正直最初、私はそっちの方を知らなかった。

 昔々、木の神と呼ばれる大きな木があった。お供えをしなければ災いを起こす神様の木。そこにこうのとりが巣を作り、たまごを産んだ。たまごを狙って、大蛇が現れた。こうのとりはたまごを守るために、大蛇と戦い追い払った。すると、それから災いがなくなり平和となった。こうして、こうのとり伝説が生まれ、鴻巣となったそうだ。

 秋には、大蛇とこうのとりのパレードも行われるおおとり祭りがある。残念ながら、祭りの意味を地元住民も知らないで見ている人が多いように思えた。最近の子どもがちゃんと知っているか、疑問である。

 平凡な田舎そのものだった鴻巣に、八年前にショッピングモールのビルが建った。駅通りがちょっぴり都会っぽくなったと最初は思ったけれど、慣れてしまえば田舎の平凡な街だ。

 ショッピングモールのビルと、図書館やジムそして映画館のあるビルの間の駐車場の最上階に行き、私は長く住んだこの街を見回した。高さ四階。

 正直、空が見たかっただけ。高いところは好きだ。時々上がりたくなる。そして、飛び下りたいと思うことも。

 死にたいと思う。

 ずっと何故生きなければいけないのか、わからなかった。生きたい理由は、あまりない。死にたい理由なら、強いように思える。

 生まれる前から、最悪な人生だった。父親に捨てられて母子家庭に育った。いい環境だったら、こんなことにはならなかったはずだ。子どもにとって環境も家庭も、性格形成のためにも重要ともいわれている。生活環境が悪かったからこそ、だめな人間となった。

 母親が生活をよくしようとした努力は、全て空回り。結婚してはだめになり、離婚となる。問題となって負担になり続けた。生きにくい複雑な人生となった。離れて自立する努力をしていても、家族の問題が足枷のように私を引っ張るものだから、その度に死にたくなる。

 現実逃避で妄想癖がついて、悲観的で死にたい気持ちに襲われても、二十四年のうのうと生きてきた。

 死のうとしたことは何度もあるが、生存本能はなかなかしぶとくって、決行できずじまい。希望があるのだろうか。それとも死にたくないのか。普通は死にたくはないだろう。本当は楽しく生きていきたい。いや、やっぱりどうかな。母親は結婚も子育ても失敗した。蛙の子は蛙。同じ失敗を繰り返すのが落ちだ。そう私は信じている。そうならないようにすればいい、だなんて気休めは聞きたくない。私のような思いをする子どもができるかと思うと、気が狂いそうだ。私自身が円満な家庭を作れるとは、想像もできやしない。結婚する気もないのに、誰かと交際する気も起きない。結局終わると決まっているのに、始めるなんてできやしない。よっていつまでも、孤独だった。そして、余計未来が悲観的に思えて、もう死にたくなった。息をしたくなくなった。

 未来に希望がなければ、生きたいなんて思えない。

 死にたい気持ちを抱いたまま、生き続けることに耐えきれなくなって、そのうち死ぬんだろう。

 こんな自分は嫌いだ。こんな人生の私なんて、殺したい。殺してしまいたい。なのに、どうしてまだ息をしているんだろう。息をすることをやめてしまえばいいのに。

 度々襲ってくる死にたい気持ちに浸りながら、屋上の風に当たる。埼玉は暑い。気持ちいいとは言えないから、さっさと一人暮らしをしている部屋に戻ろうとした。現実逃避で空想にふけって、また息をするんだ。

 そこでーー…前方に黒が現れる。

 一瞬、ボヤでも起きたのかと思った。でも違う。それは煙というよりも、小さな虫が集っていて広がっていくような、黒が蠢いていた。宙に浮いたその黒の塊から、ヌッと這い出てきたのは灰色の巨大な犬。いや、犬にしては大きすぎる。体格もゴリラのよう。犬のような顔つきは、凶暴そのもの。目は白く、鋭利な牙が並んでいる大口を開けて、唾液を垂らしている。何故か、赤い。それが恐怖を掻き立てた。


「きゃッ!」


 後退りしたら、ブロックの塀にぶつかってしまい、思わず声を出してしまった。

 途端に、ソレは私に唸る。猛スピードで飛びかかってきたものだから、ブロックの塀に登った。一度塀にぶつかったソレが、長く尖った爪で私を裂こうとしたから、横に飛び退く。

 すると、風に煽られた。身体が傾く方は、地上が遥か下に見える。

 あ、死ぬ。とうとう、死ぬ。きっとべちゃりとぺちゃんこだ。

 風が身体を突き抜けるけれど、重力が引っ張り込む。背中から落ちる。ふわっと意識が、途切れてしまいそうになった刹那。

 ブワッと、なにかに一瞬包まれた。

 煙?

 わからなかった。足の方が上がって、宙返り状態になったかと思えば、その両足で着地。五階から落ちたというのに、何事もなかったかのように、無事に着地してしまった。唖然としていると。

 べちゃっ!

 さっきの怪物が目の前に降ってきた。生々しい血肉が飛び散り、絶句する。

 お前がぺちゃんこになるのかよ!

 心の中で叫ばずにはいられなかった。

 なんだこれ。悪い夢か。妄想癖のせいで、かなり鮮明で奇妙な夢をよく見る。ゾンビや吸血鬼に襲われる夢なんて珍しくない。その手の映画だってよく観たがる。

 これは悪夢?

 そうに決まっている。唐突の怪物の登場、屋上からのダイブも無事生還、非現実的すぎだ。こんなにも高い場所から、無傷で着地できるはずない。

 そう思って、ビルを見上げた。まだ建ってから十年経っていないというのに、まるで廃ビルのように汚れている。悪夢らしいが、不気味にもほどがある。空は淀んだ灰色。薄暗い。

 足元に散乱した血肉は、ドス黒い。腐った臭いが鼻に届く。吐きそうだ。

 周りを見てみれば、開けた駅通りに人はいない。右には十字路と左にはスクランブル交差点。広場と小さな橋や木々が生い茂る一本道の公園の脇には、車が何台かある。自転車のパーキングにも何台か停まっていた。

 人とは違う’’何か’’ならいた。人のように見えて、人じゃない。操り人形のように、身体をぎこちなく動かして、四方八方から近づいてくる。

 もういい。もういいから、目を覚まして。

 ゾクゾクと迫りくる恐怖から、起きたかった。私がよく見るゾンビに追われたり倒す悪夢も、大抵は恐怖を感じる。でも、悪夢は覚めるものだ。起きたければ、起きれるはずーーだった。

 まさにゾンビみたいな”ソレら”は、言葉をなくしたかのように呻いている。ところどころ肌は黒く爛れて、目は黒に塗り潰されたかのように真っ黒。ズタボロの衣服は汚れきっている。

 間抜けなことに、私はすっ転んだ。

 途端にゆっくり迫ってきた”ソレら”が、ビクンと反応した。そして、叫び声を上げる。恐怖が私の身体の中を駆け巡るほど、不気味で恐ろしい叫び声で、完全に囲まれてしまっていると知った。

 起き上がって近くの車に逃げ込んで、ドアを開けようとする。開くわけがなかった。そもそも開いたとしても、こんなガラス窓で身を守れると思えない。他に、逃げ場はなかった。

 捕まえようと手を伸ばす”ソレら”は、もう寸前。

 車の下なら手が伸びてこないと思い、死に物狂いで入った。小柄が幸いして、ギリギリ入れた。お前を食い殺してやると叫んでいるような”ソレら”の手も、間一髪ギリギリ届かない。

 コンクリートで指の先が抉れても、手を伸ばし続ける。捕まるかもしれないが、身を丸めることもできない。完全に囲まれた。逃げ場がない。恐怖でガクガクと震えて、まともに息が出来なかった。

 なんてバカな選択をしたんだ。動きが鈍そうな”ソレ”をカバンで張っ倒して、逃げればよかったのに。夢の方が、まだ上手く切り抜けられた。


「そうよ、夢よ。これは悪夢よ」


 感覚がないほど震えた手で顔を覆いながら、言い聞かせた。

 車の下にいる私を引きずり出したがっている”ソレら”は、否定するかのように叫び続ける。耳を塞ぎたいほどの耳障りな叫び。恐怖を掻き立てるために、わざと上げているのか。黒い血に濡れた指先が、触れそうになる。捕まってしまいそうだ。

 さっきまで、死にたいと思っていた。

 でも今は死にたくない。殺されたくない。

 食い殺されて死にたいと思うものか。屋上からぺちゃんこになりたかった。どうせなら、見目麗しい吸血鬼に抱かれて死にたい。ゾンビに八つ裂きにされて、死にたくない。死んだあとは至極どうでもいいけれど、死に際まで苦しみたくはない。


「覚めろ……覚めろ! 起きろ!」


 自分に向かって怒鳴る。これは現実じゃない。悪臭なんて、気のせいだ。音量が増した叫び声で肌がヒリヒリするのも、気のせいだ。背に感じるコンクリートの固さも、額を押し付ける車の底の固さも、全部リアルだと錯覚しているだけ。よくあること。よく見る夢に過ぎない。だから、起きて。起きろ!

 ボブの髪が掴まれた瞬間、八つ裂きにされる自分が脳裏に浮かんだ。

 けれども、そうはならなかった。

 車が吹っ飛んだ。今まで目の前にあった車が、淀んだ空へ飛んでいってしまう。

 私を囲っていた”ソレら”とは違うものが、そばに立っていた。

 背が高く、真っ黒。黒いマントを羽織っている。顔は爛れたように赤黒く、蠢いていた。目なんて見えない。開いた口から、鮫のように並んだ牙が見えるだけ。


「ーー…小娘」


 その口から、低い声が零れ落ちてきた。


「食われたくなければ、声を出すな」


 黒い煙に包まれたかと思えば、強い力に引っ張られる。屋上から落ちた時よりも乱暴に、振り回されるような感覚。それがピタリと止まったけれど、感覚は定まらずぼやけた。

 ショッピングモールのビルと映画館のビルの間に十字路。そのビル同士を繋ぐ歩道橋に座り込んでいると、頭が理解する。立ち上がって、さっきまでいた道路を見てみれば、”ソレら”が私を捜して右往左往していた。身体をぶつかり合わせては、唸り合う。

 ドスンッ!

 さっきの車が少し離れたスクランブル交差点付近に落ちた。”ソレら”は振り向くなり、車に駆け寄るように動き出す。

 目が見えていないとわかった。声を出してはいけない。音を立ててもいけない。そう理解して。口を押さえた。

 それを教えてくれた黒い人に、目を向ける。

 黒マントに、長身。巨大過ぎる蝙蝠にも見えるし、”ソレら”と同類にも思えた。瞳が見えないし、皮膚は蠢いているよう。でも、彼が私を助けてくれた。

 黒い人は映画館のビルの方へ歩き出す。自動ドアが開いたままのその中に、私は戸惑いながらも入った。そのガラスに、うっすらと自分が映る。明るい茶色に染めたボブはウェーブをつけているけれど、もうボサボサ。ドレープのデザインの黒のノースリーブシャツと薄手の黒いジャケット、ブラックブルーのスキニーとパンプス。哀れに震えて、口を塞いでいる。

 ”ソレら”がいないことを注意深く警戒しながら、入ってすぐのレストランまでついていく。明かりはない。なにかが腐ったような臭いが満ちていた。これ以上ないぐらい恐怖に晒された私は吐きそうになったけれど、口を必死に押さえて堪える。


「死にたくなければ、声を出すな、音を立てるな。奴らは音に反応する」


 レストランにはいないのか、彼はテーブルに腰をかけるとそう言った。


「……ありがと……」


 しぼり出した声で、礼を伝える。味方かどうかを確認するためでもあった。お礼を言うべき相手なのか、確信がない。


「……帰してやるから、大人しくしていろ」


 少し沈黙したあとに、彼はそう返す。

 味方だと信じていいみたいだ。頷いた私は、ガラスの向こうの通路を見る。なにもいないけれど、怖い。


「隣……いいですか?」

「……」


 彼は頷いてくれたから、隣のテーブルに凭れる。そばにいた方が、安心する。とはいえ、安全ではないから、震えは止まらない。

 ”ソレら”に聞き取られないように、口は両手で覆ったまま身を縮める。ガラスの向こうを見張っておいた。

 彼の顔色を窺いたいけれど、どこを見ているのかさえわからない。黒い肌で、口があるとしかわからない。


「……ここ、地獄ですか?」


 私はもうとっくに死んだのかもしれない。

 屋上から落ちてしまって、地獄を味わっているのかも。自殺の報いとして、地獄で苦しまされている。それならちょっと納得してしまう。元から死にたがっていた私は、ついにプツリと切れてしまって飛び降りてしまってもおかしくない。


「……かもな」


 彼は否定しない。でも、肯定もしない。

 目の場所がわからないけれど、私は説明を求めて横顔を見つめる。彼が肩を竦めたことが、わかった。


「……俺もわからない。わかっていることは、午後五時から十時の間に扉が不規則に開いて、別の世界のここに繋がる。駅周辺が多い。そして入り込んだ人間は、異変する者しない者の二通りだ」


 腕時計を確認すれば、午後六時だ。ここが別の世界だと、理解して受け止める。


「異変って……あなたのように?」


 私に異変があるとは思えないから、前者。彼の方は異形な姿だから、後者。彼は、元は普通の人間だった。


「お前を囲った奴らになる。……俺は特殊だ」


 ゾッとして強張る。”ソレら”も、元は人間だった。この世界に入った途端に、あれになった。私も運が悪ければ、あの姿になったんだ。


「噛みつかれた者も、死ねばああなる」


 変異が感染する。戦慄した。


「時折、犬のようなものが人間をここに追い込む。どういうわけか、奴らが増えすぎると溢れるかのように奴は向こうに出られるらしい」


 目眩が、起きてしまいそうだ。


「俺は奴らと同じようで同じではない。黒い煙を突き破ったかと思えば……変異した」


 彼が右手を上げる。大きすぎる犬のような手。太い指先と爪まで、黒い。そして、蠢いて見えた。黒い煙を、肌にまとっているみたい。


「視力は失ったが、音で把握ができる。蝙蝠が超音波で暗闇でも飛び回れるように……奴らも似たようなものだろう。ここは明かりがない故に、暗闇となる。そのせいだろう。俺は敏捷で強靭な肉体になった。大人しくしていれば、俺を仲間と勘違いして襲いかかることはない。だが、奴らとは違う」


 横顔を見ても、やっぱり目を見つけられない。

 一瞬で移動できたり、車も投げ飛ばした。尋常ではない身体だ。


「奴らには意思がないようだ。ただ動くものに反応をして喰らおうとする。彷徨い続ける……」


 息を飲む。この世界で彷徨い続けるなんて、ゾッとする。妄想癖を発揮して、想像してしまったから頭を振って払う。


「出る方法は……?」

「……扉も、俺なら感知できる。今は開いていないが、今日が無理でも明日は必ず開く。ここで、大人しくしていればいい。音を立てなければ、上がってきたりはしない」

「……はい」


 出られることは出られる。そのことだけを受け止めて、別の疑問に思考を向けた。


「まるで鏡の中の世界ですが……そのまま写したような世界なのですか?」


 テーブルの上のメニューは、反転なんてしていないから、鏡の中ってわけではない。建物も道も店も、私の地元そのもの。古びているけれど。


「ここ、鴻巣だけだ。徐々に広がっているようだが、鴻巣市内だけでその先はない」


 鴻巣だけだって?

 何故鴻巣だけに悪夢みたいな世界があるんだ。

 私の脳裏に、こうのとり伝説が浮かんだ。まさか、災いが起きたとでもいうのか。こうのとりがいなくなったこの街に、悪夢のような災いが暗闇の中で起きているというのか。


「出られるなら……何故あなたはここにいるんですか?」



 口にしたあとに、彼の姿は元に戻るのかとういう疑問が浮かんだ。もしや、彼は出られない?


「……言っただろ。奴らは増えすぎると溢れる。お前のように迷い込む人間を保護しては帰してやり、奴らを駆除している」

「……そう、ですか……助かりました」


 本当に、いい人のようだ。人助けのために、この世界にまた入ったなんて、本当にいい人間だ。人は見かけによらないとはこのこと。


「駆除って……どうやって? 死者なんですよね?」

「頭をかち割ればいい」

「……ゾンビですね」


 脳の破壊で、漸く動きを止められる。腐っている死体とはいえ、簡単なことではないだろう。

 私は座席に膝を抱えるように座ることにした。早く戻れることを願って、見張り続ける。

 でも傑作だ。死にたい気持ちで屋上に上ったら、落ちて地獄同然の世界で生き残ろうとしている。


「……なにを、笑っている?」


 彼が訊ねた。視えないはずなのに、何故わかったのか。

 私が自嘲して吹き出した微かな息を、聞き取ったのかもしれない。


「……食い殺される死に方をするくらいなら、飛び下りて死んだ方がずっといいと思いまして」


 喋っていた方がましだから、笑って小声で言う。”ソレら”に見つかる不安は消えなくって、膝を抱き締めた。


「……犬が潰れていたな。屋上から落ちたのか?」


 あの散乱した残骸が視えないはずなのに……。


「はい、屋上にいて帰ろうとしたら、目の前に出てきて……咄嗟に避けたら落っこちて……あの時死んだ方がましだったですね」


 あははって、自嘲してしまう。死んだように生きていたと自惚れていたけれど、生きた心地がしない。レストランの中も落ち着かないし、キッチンからする悪臭も気になるし、この恐怖から早く逃げ出したかった。


「お前、死ぬつもりで屋上に上ったのか?」


 彼のその質問に、ギクッとする。

 死にたい気持ちになっていた。飛び下りることも想像していた。そんな想像、階段に座り込んでいる時でもふと過ぎらせる。別に死ぬ決意をして屋上に立ったわけじゃない。

 そんなこと、普通は他人に訊ねたりしないだろう。会ったばかりなのだから。そのせいで、少し声が上ずった。


「違いますよ……」

「……」


 すると、彼は立ち上がる。


「ーー勝手に死ね」

「えっ」


 冷たく吐かれた言葉。

 途端に、彼のマントが渦を巻くかのようにブワッと広がった。かと思えば、黒い煙はレストランを飛び出す。

 置き去りに、された。


「やだっ、待って……!」


 慌てて追いかけたけれど、彼の姿は見当たらない。今の声を聞きつけて”ソレら”が来るのではないかと、口を押さえて壁を背に座り込む。

 二階はレストラン前にエスカレーターがあり、歩道橋側の突き当たりにはエレベーター、奥にジムがある。反対側は……よくわからない店、思い出せない。

 座り込んでガクガクと震えるけれど、幸い見つかっていないみたい。彼どころか、”ソレら”もいない。

 嗚咽を堪えて、懇願するように彼を捜す。

 わかってる。せっかく助けたのに、それが死にたがり屋のバカだって知って、怒ったんでしょ。なんてバカなことを言ってしまったのだろう。本当に、バカだ。

 食い殺されるのは、嫌だって言ったのに。彼がいなくちゃ、元の世界に戻れないのに。このままここに一人で居続けるなんて出来ない。恐怖だけで、殺されてしまいそう。

 お願いだから、助けてっ……!

 死にたくない!



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