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雨のリズム  作者: 海来
94/94

[94] エピローグ [タカ]

 タカとフーミィを包み込んで、水の流れは空と大地の門を抜け、虹色の空間をひたすら真っ直ぐに進んでいた。

 水の中にいるにも拘らず、タカもフーミィも全く息苦しさを感じなかった。それどころか、生まれる前の母の胎内にいるのだと錯覚するほどに心地よく、リクを置いてきてしまった悲しみも癒されていくようにさえ感じた。

 実際に母の胎内の記憶を持っているわけではないが、きっとそうだろうと思えた……母さんに会える……タカの目頭が熱くなった……自分がリアルディアを出たときには、母の記憶からリクが消えていた。連れて帰れば、もう一度、リクを思い出してくれると思って旅に出た。あれはどの位前だったろうか……。ほんの一瞬のようにも思える、ソラルディアの旅だった。

 その間に、弟は自分よりも大きく成長していた……きっと、今日の別れも随分前から知っていたのだろうに……どれだけ辛い思いをしてきたのだろう。

 その中で、弟は多くの決断をし、悪魔との闘いに備えてきたのだ。なんと誇らしいことだろう……泣きべそかきでいつも自分を追いかけてきた可愛い弟はもういない。

 そのかわり、誰にでも誇れる逞しい弟を持った……決して忘れない、そう思う。

『リク……お前を、そして仲間たちを、決して忘れない……』

 タカの目に、虹色の渦巻きが見えてきた。

『フーミィ、出口だ』

 タカを背中に乗せたまま、フーミィはその渦の中に突っ込んだ。勢い良く飛び出したそこは、真っ青な空のど真ん中だった。フーミィが慌てて羽ばたいて、ゆっくりと地上に着陸しようと降下して行った。

「ここは……砂漠」

 タカは、不安げに辺りを見回した。一面が砂漠だった。たった一箇所、フーミィとタカの後ろにだけ、大きめの池のような物がある。

 タカは、これがオワシスと言うものだろうかと、首を傾げる。本物を見たことはないが、写真などで見た限りではオアシスの周りには独特な植物が生えていたように思うが、此処には無かった。

 既に、フーミィはその水を飲んでいて、竜の長い首を反りながら飲み込んでいた。直ぐにタカに向き直ると、長い尻尾で水をタカに掛けて来たからタカは頭からびしょ濡れになってしまった。

「フーミィ。考え事してるんだ。イタズラはダメだぞ」

 反省したようにシュンとなったフーミィを見つめながら、その鼻面をそっと撫で微笑んだ。

 でも、とタカは又、辺りを見回した。何となく、自宅の近くというか、日本に帰ってくると思っていた。だが、戻ってみればそこは砂漠で、

「鳥取砂丘とか……ん〜何処なんだろう」

「とっとさきゅって何」

 いきなり人型になったフーミィがタカの手を取った。

「とっとさきゅ、じゃなくて鳥取砂丘だよ……でも、そこでも無いみたいな気がするな」

 首を傾げるタカの目は、遠くの動く黒い点を見つけていた。フーミィも、ピョンピョン跳ねて、それを見ている。近付くにつれ、それが人が運転している4WDのジープであるのが分かる。

「よし、あのジープを止めよう。あれを逃がしたら後は無いかもしれない」

 タカは、背伸びをして大きく手を振って、おーい、おーいと叫んだ。ジープは、タカ達に気付いて進行方向を変えてやって来てくれた。

 ほんの直ぐそこまで来たときに、ジープは緩い砂のひずみにタイヤを取られ動けなくなった。ジープから男が降りてきた。

「クソ、やっちまった」

 茶色の髪を後ろに一つに束ね、頭にタオルを巻いた男は日に焼けていて精悍な顔をしていた。顔には斜めに傷跡が走っているが恐ろしい感じはしない。年の頃なら30代後半位かもしれないが、ハッキリと発した言葉は日本語だった。

「勇ちゃんたらまた?……これ、結構疲れるのよね」

 助手席から降りてきたのは女性で、男性と同じ年頃だろうか、黒髪が真っ直ぐ伸びてさらりと揺れている。タカは、二人を見つめながら懐かしい気分になっていた。

 二人は、さっき別れてきたばかりのリクとレインが歳を取ったらこんな感じなのではないかと思わせるほど、よく似ていた。

「誰かに似てるね……」

 フーミィが囁いた。

「勇ちゃん、この辺掘ればいい」

「いや、も少し右かな……そこに板置いたら、鈴はもういいよ、俺がするから待ってて」

「いいよ、勇ちゃん手伝うって」

「いいの、鈴は避けてて、昨日も患者の診察夜中までだったんだから疲れてるだろ」

「勇ちゃん……相変わらず優しいね」

「ああ、鈴だけにはね」

 二人だけの世界に入り込んで話を進める男女に、タカはある事を思い出していた。アフリカに行ったまま、世界を点々としているカメラマンの叔父と医師をしているその妻の事を。

「確か、勇おじさんと鈴おばさんだ……何でこんな所に……これって偶然」

 タカは、呆然と二人を見つめていた。しばらくして、作業を終えた勇が鈴を連れて、タカに近付いてきた。

「君……日本人……」

 勇が驚いたようにタカを見つめている。

「こんな所で、子供が二人で何してるんだ。親は」

 タカは、勇にむかって深くお辞儀をした。

「勇おじさん、お久しぶりです。分かりますか。確か、前にお会いしたのは4年ほど前だったと思いますが……弘弥の息子のタカです」

 勇は、タカの挨拶に今まで以上に驚いていた。

「弘にぃの……ああ、長男だ。兄貴にそっくりだな……なァ鈴」

「勇ちゃん、感心してる場合じゃないでしょう。弘にぃは何処にいるの。まさか、子供だけじゃないでしょう、こんな砂漠のど真ん中に」

「そ、そうだな、兄貴はどこだ。何しに来たんだ。まさか、俺たちに会いに来たわけじゃないよな」

 タカは、まるでリクがレインに窘められているようだと思いながら、小さく笑った。

「いいえ、僕とフーミィ……の二人だけです。ここには、ある所からの帰りにやってきました。ところで、此処はもしかして、アフリカですか」

「ああ、アフリカってか、エジプトから2時間くらいの場所かな。いやっそうじゃなくて、何で、子供だけなんだって聞いてるんだろうが」

 タカは、勇の怒りも顕わな顔を見つめながら、穏やかな微笑を浮かべていた。タカはその手に、忘れ去られし書を握っていた。

「勇おじさん、リクの事は覚えていますか」

 それは有無を言わさぬ質問の様に、勇の耳に入ってきた。

「リク……当たり前だ、お前の弟だろう。俺によく似てたな。茶色の髪に茶色の瞳で、憎たらしいガキだ」

 タカは、優しい微笑の中で涙を流した。

「勇おじさん、忘れ去られし書が教えてくれた。あなたは僕達の仲間だと。鈴おばさん、あなたも……僕に力を貸してください」

「何に力を貸すの」

 鈴が、不思議そうにフーミィを見る目を外さずに聞いた。

「この世界が崩壊するのを防ぐ、僕の使命の為に力を貸してください。さァ、話を聞いてください。あの泉のほとりで」

 タカは、自分たちの後ろの泉を指差して振り返った。そこには、虹色に輝く泉があり、周りを小さい木々が囲んでいた。4人が見つめるあいだに、木々は見る見るうちに大きく育ち、みずみずしい緑を輝かせた。

 辺りに細かい雨が降っていることに、タカは気付いていた。フーミィが喜んではしゃいでいる。

「これって、リクとレインの命のリズムだよ。タカ、リク達が送ってくれたんだ。リアルディアの為に、ソラルディアからの贈り物だよ」

 そう言ったフーミィは、その姿を竜へと変化させた。タカの後ろで、勇と鈴が大声で叫んだ。

「何なんだ」

「竜です。竜は伝説の生き物ではない。こうして今も生きている、そして、僕の花嫁になる。僕はこのリアルディアの王になるのです。話しは長くなる、家に帰って母さんの顔を早く見たいけれど、勇おじさん達に、僕達の物語を聞いてもらうほうが先のようです。だから、僕はこのアフリカに帰ってきたのだから……」

 勇と鈴は震えていた。目の前の突然出来たオアシスも、少女が恐ろしい竜になったことも、理解できないでいた。理解の範疇をとうに超えていた。

 フーミィが尻尾で水を跳ね上げた。沢山の飛沫が飛び散り、タカも勇も鈴もびっしょり濡れた。

「フーミィ……悪ふざけは止めなさい……早く人型に戻って、二人が怖がってるから」

 フーミィは、しぶしぶと言った感じに人型に戻った。その身体は、首まで青いウロコに覆われキラキラと美しく輝いていた。短い髪は太陽の光を受けて青く輝き、その目は黒ではなく銀色に光っていた。

「フーミィ、目が銀色になってる」

「生命の巫女さまが、ご自身の瞳の輝きを分けてくれた。力が増すようにって……黒くもできるよ、タカはどっちがいい」

 フーミィが恥ずかしそうに聞いた。

「どっちも可愛いよ……」

 タカが頬を染めた。

「さ、こちらへどうぞ」

 タカが手をサッと振ると、オアシスに日除けとテーブルと椅子が現れた。勇と鈴が目をむいた。

「どこから出した……」

 タカがちらっと二人を見た。

「僕は、魔術師ですよ。何も無くても、どんな事も出来る。だから、僕等の物語を聞いてください」







「こんな格好でいいの。変だよ……」

 眉間にしわを寄せ、ふてくされたように俯いているのはフーミィだ。

「リアルディアの女の子は、皆そんな格好だよ。フーミィはその中で一番可愛い。母さんだって、きっと可愛いって言うさ」

「……そ、かな……」

 タカは、自宅の玄関のドアの前に立ち、しばらく戸惑っていた。

 確か、リアルディアとソラルディアは、時間の進み方が同じはずだ。ならば、自分が家を出てからかなりの時間が過ぎている計算になる、一ヶ月なのか2ヶ月なのか、ソラルディアであまりに色々な事があり過ぎて、はっきりとした時間の経過が分からないタカだった。

 しかし、いつまでもこうして立っているわけにもいかず、ドアホンに指を押し付けた。


 ピンポーン


 少しの時間が経ってから、家の中から叫ぶ声が聞こえてきた。インターホンはカメラが付いている、タカの顔を確認した母が、驚きに声を上げたのだろう。

 勢いよくドアが開いた。そこには、身体全体を震わす母の姿があった。

「タ、カ……」

 そう言った時には、母は我が子をその腕の中にしっかりと抱きしめていた。

「何処に……何処に……」

 次の言葉は出てこない。

「探し物は、見つかったよ……でも、連れて帰れなかった……母さん……ゴメン」

 母は、大きく首を振った。

「何言ってるの、一緒じゃない。さあ、あなたもフーミィいらっしゃい……何処に行ってたの。心配ばかりさせて……馬鹿な子ね」

 母の言葉に、タカはフーミィと目を見つめあった。

「ほら、フーミィの好きなクリームパン、買ってあるのよ。いつでも、食べられるように……毎日買ってるの」

 母はフーミィの腕を取って抱きしめると、家の中にはいって行った。

「タカ、あなたも早く入ってらっしゃい。今まで何処に行ってたのか、聞きますからね」

 元気が戻ったような、勢いの良い母の声が聞こえた。


 タカは、ふっと空を見上げた。


 今にも、リクとレインの雨のリズムが聞こえてきそうだった。


「また会える……そう思ってもいいよな……リク……」











 



 

長い間更新せず、更新したら最終回と行った感じですが、最終回までの構想がまとまらず、月日を無駄に過ごしたようです。

初めて書いた小説でしたし、完結をする事が目標でした。

拙い文章にお付き合い下った皆様、ありがとうございました。

この作品は、もっと構想を繰り返し、新たに生み出したいと思っています。

その時は、どうぞよろしくお願いします。

お読みくださいまして本当にありがとうございました。

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