昼下がり
王都の空は澄んでいた。
勇者の私室ではなく、城内の中庭に面した小さな書斎。
窓から差し込む午後の光が机を照らしている。
アストロは報告書をまとめていた。
長い睫毛が影を落とす。中性的な顔立ち。高めの、少しかすれた声で兵の質問に答える姿は、城内でも評判になりつつある。
その様子を、扉の外から見ている影がひとつ。
勇者だ。
腕を組み、しばらく無言で観察する。
――また笑っている。
だが今日は胸の奥がざわつかない。
代わりに、別の感情が浮かぶ。
静かな独占欲。
扉が閉まり、兵が去る。
アストロが振り返った瞬間、勇者と目が合う。
「勇者様?」
「随分、忙しそうだな」
声は穏やかだ。
アストロは立ち上がる。
「城の皆が協力的で助かっています」
「そうか」
勇者は近づく。
今日は荒さがない。
ただ距離を詰める。
アストロが少し後ずさるが、机にぶつかって止まる。
「逃げるな」
低いが、優しい声。
勇者は手を伸ばし、彼の頬に触れる。
親指でゆっくりなぞる。
「昨日は、少しやりすぎた」
ぽつりと言う。
アストロの目がわずかに見開く。
「……勇者様が?」
「私は女だ」
静かな声。
「嫉妬もする」
素直な告白。
アストロの喉が小さく鳴る。
「そのような必要はありません。私が見るのは――」
言いかけて、止まる。
勇者はその続きを待たない。
軽く口づける。
今日は深くない。
触れるだけ。
だが二度、三度と重ねる。
少しずつ長くなる。
息が混ざる。
舌先が、ほんのわずかに触れる。
探るように。
絡めるほどではない。
ただ、確かめる。
アストロの指が、無意識に勇者の袖を掴む。
勇者はそれを見て、目を細める。
「甘えてもいい日だ」
低く囁く。
胸を押しつける。
柔らかな重みが、彼の胸板に沈む。
今日は強くない。
ただ寄り添う。
アストロの呼吸が落ち着いていく。
勇者の手が胸元へ。
布越しに、そっと撫でる。
くり、と軽く触れる。
反応が返る。
だが強めない。
寸止めもしない。
ただ、与えるだけ。
「……勇者様」
少し甘えた声。
勇者はもう一度、今度は少しだけ深く口づける。
舌が入り、軽く絡む。
すぐ離す。
「今日はここまでだ」
意地悪ではない。
穏やかな区切り。
アストロは少し名残惜しそうに目を伏せる。
勇者はそれを見逃さない。
顎を持ち上げ、最後にもう一度だけ触れる。
「私だけを見ていればいい」
強制ではない。
願いに近い声音。
アストロは小さく頷く。
中庭の噴水の音が聞こえる。
穏やかな午後。
戦いも嫉妬もない時間。
それでも、二人の距離は確実に近づいていた。




