第百十四話【遠くに見える】
ゲロ男から頼まれた役割は、敵の侵攻よりも前に魔獣の群れと巣を潰すことだった。
敵組織は魔獣の行動に合わせて攻めて来てるから、魔獣が動かなくなれば攻め手も収まるだろうって。
俺はそれを了承して、すぐにダラン砦を飛び出した。夜には街に戻んなくちゃいけないから、あんまりゆっくりしてると時間が足りなくなる。
それで……教わった地点を目指して林に踏み込むと、いきなり魔獣の気配が……それも、かなり多くて濃い、嫌なニオイが漂ってきた。
「……ふー。サクッと倒して次行かないとな」
もうこの時点でわかる。ここにいる魔獣、今までに倒したのとは違う。あれよりずっと強い。
もちろん、あのバカみたいにデカい魔獣とか、タヌキ魔獣とか、そんなのと比べると雑魚だけど。
でも、街を襲ってた魔獣と比べたらかなり強いんだろう。この時点でかなりショックだ。
ってことは、だ。それはつまり、前にヨロクの街を襲った大群とは無関係ってことになる。
あのとき街を襲ってた魔獣は、アンスーリァ国内の、それもヨロク南西部に生息してる魔獣が集まっただけ……なんだろう。
たったそれだけの範囲にあの量の魔獣がいて、その魔獣の群れすらもかすむような強さと数の魔獣が今から向かうところには待ち受けている。
そんなのをずっと相手にしてたのかって思ったら、盗賊団の……ゲロ男の手腕が想像も出来ないようなものに感じられて……かなりデカいショックだった。
心のどこかで、俺の力は盗賊団にとっても価値の高いものだって思ってた。いや、今でもそう思ってる。
この世のあらゆるものよりも強いなんて大雑把な力、価値がないわけない。実際、マリアノのことも倒してるしな。
だけど……ゲロ男は、アイツの率いる組織は、そんなのなくても強敵を退け続けていた。それこそ、俺達が倒してたのよりもずっと厄介なのを。
うぬぼれてたわけじゃない……って、そう思いたいけど、実際のとこは言い逃れも出来ないんだろうな。
俺達は……国は、盗賊団に比べて大した実績を上げていなかったんだ。俺が特別な力を発揮してると思ってたことさえ、アイツらにとっては日常茶飯事なんだろう。
ヤバい。かなりへこんでる。俺、すごくダサいやつみたいだ。
協力しろって、フィリアの言うこと聞けって、そうすれば全部なんとかしてやるって、そういうつもりでいたのに。
そんなのなくてもとっくになんとかしてた連中相手に、何も知らないくせして威張ってたなんて……
「……うざ。うざい、うざい、ムカつく。クズのくせに……っ」
ムカつく。ムカつく。ムカつく! なんであんなやつ相手に負い目みたいなの感じなくちゃいけないんだ。
それもこれも、フィリアが俺のことあんまり戦わせてくれないからだ。さっさと子供扱いやめて、北でも南でも、まだヤバい魔獣がたくさんいるとこ連れてけばいいのに。
そしたら全部解決した。全部倒して、盗賊なんかよりずっと大きな成果を出した。たとえタヌキ魔獣みたいなのが出たとしても、絶対に。
だけど、今、現実はそうなってない。俺はアンスーリァ内のさして強くもない魔獣をちょっと倒していい気になってただけ。
そのあいだにもゲロ男はとんでもなく厄介な敵を抑え込んで、アンスーリァ内外の街をいくつも守ってた。
ムカつくけど受け入れる。今の時点では、俺はあの人間のクズの足元にも及ばないくらいしか活躍してない。あんなどうしようもないゲボ吐き野郎に負けてるんだ。
だったら逆転するしかない。立場を、実力を、成果を、何もかもを、ひっくり返してやる以外に道はないだろ。
だって俺は、王様に頼まれて戦ってるんだ。王様から、特別な力を貰って、それで国を守ってくれって、そう頼まれたんだ。
それがあんなただの酔っぱらいに負けてるなんて許されない。フィリアはなんか許しそうだけど、そういうのも含めて許しちゃダメだ。
じゃあ――――
「――はぁああ――ッ!」
頼まれた巣を全部潰すだけじゃダメだ。頼まれた以上の成果を叩きつけて、今日、この一回で、ゲロ男に認めさせてやる。
俺のほうが強い。俺のほうが頼りになる。俺のほうが国を守ってる。俺のほうが、フィリアの役に立って…………それは別にどうでもいい! アホ! デブ!
剣を思い切り握り締めて、前にヨロクで試したマリアノの真似をここでもやってみる。
アイツの剣は身体よりもずっとデカくて、たぶん重さもアイツの倍くらいあるんだろう。なんでそんなの振り回せるんだ、わけわかんないだろ。
でも、それを効率的に振り回す方法を、狙った動きをさせるためのコツみたいなものを、なんとなくだけど見て理解したつもりだ。
アイツは腕で剣を振ってるわけじゃない。むしろ、剣に振られながら暴れてるように見えた。
全身を使って剣を振り上げて、その勢いと重さに任せて自分も吹っ飛びながら敵を叩き潰す。斬り刻む。薙ぎ払う。
そうして剣を叩きつけた衝撃でまた身体を前へと放り出して、その勢いを殺さないよう、着地と同時に――
「剣を前に――振り続ける――っ!」
水が半分だけ入った缶を転がしたときみたいな、不規則ながら前に進み続けるあのイメージ。マリアノの動きは、武術よりもそういう仕組みに近いものを感じた。
俺が持ってる剣はアイツのよりずっと小さいし軽いけど、でも、振り回すにはちゃんと重たい、十分に反動をつけられるものだ。
だったら出来る。アイツに出来ることが俺に出来ないわけがない。だって俺は、アイツより強い。俺は、この世のあらゆるものよりも――――
「――この窮地にもマリアノさんを呼び戻せないほどの問題が南部に存在する。はあ……もう、考えることさえ難しい状況になってしまっていたのですね」
ダランの砦から帰されて、ユーゴに言われるままに役場の作業を手伝い始めて間もなく。私は、私自身の至らなさから来る頭痛に悩まされていた。
ジャンセンさんは言った。マリアノさんは南にいる。そして、連絡を取れないでいるわけではない……と、明言したわけではないが、あれはそういう意味だっただろう。
しかし同時に、呼び戻すわけにはいかない事情がある、と。カンビレッジ以南で達成して貰わねばならない何かがあるのだと、そう言っていた。
私ではそれを想像することさえ出来ない。今、自らも置かれるこのヨロクの街が、ダランの砦が、窮地に陥っていると言うのに。それよりも優先される事態とはなんだろう。
あまつさえ、それは喫緊の問題ではないかのような口ぶりだった。今のところは平和が維持されている……仮初めかもしれなくても、すぐに滅んでしまう状況ではないと。
わからない。ジャンセンさんの……ひとつの組織を指揮し、国の外に弾かれた区画を治め、国に属する街さえも守っているあのかたの考えがひとつとしてわからない。
なんということだろう。きっと対等な関係を結べると、協力して国を立て直せるのだと思っていた筈が、私はまだその足元に指すらもかけていなかったのではないか。
「……ユーゴ。こうなれば、私達には貴方しか切り札と呼べるものがないのかもしれませんね」
私は……なんだ。仮にも王として在るべきものが、どうしてなんの交渉材料も持てないでいる。
たったひとり、特別な存在が味方してくれている事実だけが取り柄とは……はあ。
いや……生まれが王家であったこと以外にも武器を持っているのだと、そう前向きに捉えよう。
もう、そうする以外にないのだ。もとより選択肢を与えられたわけではないのだから、目の前の現実を受け入れ、なるようになるさまを見届ける以外にあるまい。
それしかないのだから……今回のところは大目に見ます。たまに約束を破るのは私も同じですから、言いっこなしです。
ですが……日の出ているうちに戻れとは言いません。どうか、無事に帰ってください。そして……どうか、ひとりで背負い過ぎないでください。
貴女の隣には、頼りないかもしれませんが、いつでも私がいるのですから。




