第百十三話【ひとりとひとり】
ゲロ男に言われるままに街へ戻ってすぐ、アイツの嫌な気配が……悪だくみとか、策略とか、そういうのの気配を感じた。
それはちょうど、フィリアと別れて単独行動をとり始めたときのことだった。
まさか、こっちの様子が全部見えてる……なんてことはないよな……? あまりにもタイミング良過ぎるんだけど。
一度街へ戻らされた意図はきっと、フィリアと俺を引き剥がすため。悪い意味じゃなくて。
要するに、フィリアがいると困るんだ。フィリアがいないと出来ないこと……王様の力が必要な場面もあるだろうけど、それ以前の問題が大き過ぎるから。
敵の中には人の心を操るやつがいる。そのことを、やっぱりゲロ男も知ってるんだろう。
となれば、俺達の中で――国と盗賊団の中で、最も操られちゃいけないのは、間違いなくフィリアだ。
フィリアが操られれば、それはそのまま国を乗っ取られることに繋がってしまう。
街から盗みを働くことによって生計を立てている盗賊団にとっても、国が潰れてしまうのだけは絶対に避けなくちゃいけない。
だから、フィリアだけは連れて行きたくないんだろう。それがたとえ、出来ることを減らす苦肉の策だとしても。
「……おい。お前、いったいどこまでわかってやってるんだ。なんであんなにタイミングぴったりなんだよ。キモいぞ」
それが透けて見えたから……わかるように誘導されたから、俺はひとりでダランの砦へと向かった。
そして、すぐにゲロ男の姿を見つけて、そのめちゃくちゃうさんくさいクズの背中に声をかける。
「ん? お、来たな。しかしあいかわらず口の悪いガキだ。それと、前にも言ったけどさ、あんまり俺達を買い被んなよ。そっちの事情までは知らねえよ」
知らないって言うわりにはなんか含みがあるって言うか、余裕がありそうなんだよな。ムカつく。
一番ムカつくのは、こんなやつの言う通りにするのが一番確率が高いように感じることだ。人間のクズのくせして、頭だけはちょっと回りやがって。
「……ふー。しっかし、そうか。こうやってお前ひとりで戻ってきてくれたとこを見るに、結構深いとこまで調べてんだな。マジでナニモンだよ、裏にいるやつは」
「別に、何者でもない。ただの変なおっさんだよ。でも、お前の何倍も頭いいだろうな。変なやつだけど、クズじゃないし」
そりゃどうも。って、ゲロ男はため息をひとつつくと、俺に向かって深く頭を下げた。
まるでフィリアに……王様相手にしなくちゃいけないようなちゃんとした態度で、俺に礼を言ったんだ。
「な、なんだよ、急に。気持ち悪い。そんなやつじゃないだろ、お前。へらへらしてて、ビビりで、クズで……」
「ああ、そうだ。本来はこんなガラじゃねえ。だが……筋の通んないことはするなって、口酸っぱく言ってる立場だからな。なら、ここで頭下げねえのは違うだろ」
筋の通らないこと……って言われても、別に俺に感謝したり謝ったりは……いらないだろ。
もしもそれが必要なんだとしたら、きっとフィリアにするべきだ。だって俺は、フィリアに言われて戦ってるんだから。
でも、ゲロ男はそんなの知らないって顔で、真剣な目で、俺をじっと見て、また深く頭を下げた。
「感謝する。姉さん抜きでこの状況をどうにかする方法なんて、俺達にはひとつとして存在しない。お前が駆けつけなかったら、ヨロクも守れずに潰されるとこだった」
「……別に、俺はお前を守りに来たわけじゃない。俺だって、守りたいのはヨロクの街だ。街……と、この国だ。そういう約束をしてるからな、フィリアと」
ヨロクを守りたいのは同じ……だけど、本来は俺達が……国が守らなくちゃいけないって、フィリアはそう思ってるからな。
じゃあ、代わりに守ってくれてたこいつらに恩を感じることはあっても、感謝しろなんて恩着せがましいことは言わない。
ん……なんか、フィリアみたいな考えかたになってるな。毒されてる。あのアホに。
ムカつく。でも……まあ、嫌な気分にならない考えかただから、まあいいか。
「それで、俺は何をすればいい。魔獣を倒すのか。その……もし人間が相手なら、俺は……あんまり役に立たないかもしれないぞ」
「ん? お前なら相手がなんでも……ああ、いや、そうか。そうだな、お前には基本的に魔獣の相手して貰うつもりだよ。安心しろ、ぶっ飛ばしていいのが確定してる敵だけだ」
ちっ。ムカつくけど、察しがよくて助かるな。クズのくせに。
俺は……俺の力は、フィリアから貰ったこの力は、間違っても誰かを傷つけるためには使っちゃいけない。
そんなことしたら怖いだけのクズになる。ダサいばっかりのカスみたいな人間に。
だから、本当に敵なのか、悪いやつなのか、俺が倒しても大丈夫なやつなのかわかんない相手は倒せない。倒したくない。
そこまでのことはわかってないだろうけど、人間の相手はしたくないってゲロ男も察してくれたみたいで、すぐに笑ってやるべきことを教えてくれた。
俺の相手は魔獣。北から攻め込んでくる……ってより、ダランの砦からそう離れてない場所にいくつもある魔獣の巣を殲滅して欲しいらしい。
当たり前だけど、マリアノでもいなけりゃ群れの相手なんて出来っこないから。けしかけられる前に先に潰して欲しいんだって。
だけど……こっちも一応条件があって、夜になる前には一度街に帰らなくちゃならないんだ。いや……夜になったら、その日はもう戦えない。
フィリアを街に残してるからな。帰らなかったら探し回る可能性もあるし、それで街の外になんて出たら大ごとだ。
それに……街が絶対に安全とは限らないから。フィリアのことも守ってやらないと。
そのことを伝えれば、ゲロ男は……なんか、ムカつく顔でへらへら笑って、けど、どこか困った様子で首を掻いた。
「うん、いいでしょ、そのくらいは。ま、ずーっと借りっぱなしなんて許されると思ってないからね。それに、フィリアちゃんの護衛は他の何よりも優先されるべきだ」
「……なんだよ。やけに素直だな」
なんか……しれっとオッケーされたけど、それで本当に大丈夫なのか? 俺がもっと戦わないとヤバいくらいの状況……じゃないのかな。
それとも、フィリアを守らなくちゃいけないのは本当だから、きつくても難しくても、おろそかに出来ない……とか。
「いや、借りてる側が贅沢言えないでしょってだけ。それと……そうだな。お前みたいなガキが守るべきもんを弁えてんだ。なら、大人がそこを間違うわけにはいかねーよ」
「……うざ。誰がガキだ。クズ。汚物野郎。ムカつく顔しやがって」
お前って本当に口が悪いな。って、ゲロ男は苦笑いを浮かべて、けど……また、深く深く頭を下げた。
それを見ても、もう俺も驚かない。コイツも……ムカつくクズだけど、たぶん……フィリアと同じように、守りたい思いが強いんだって知ったから。
「頼む。街を……いや。俺達を守ってくれ。ここには、守られなくちゃいけない命が山ほどあるんだ。次会ったら敵かもしれねえ関係だけど……それでも、頼む」
「……クズ。次会ったときには、協力を受け入れてフィリアの言う通りにしろ。いつまでビビってんだ」
そうだ。次会ったときには今度こそフィリアの手を取らせなくちゃ。そのためにも、ここでは誰も傷つけさせちゃいけない。
覚悟が決まればお互いにもう躊躇はなくて、倒すべき敵の……魔獣の巣のありかを確認する。
そこにどんなのがいるか……どんなのがいないとも限らないかとかも、全部。全部……こいつらが、ずっと必死に調べてたものを譲り受けた。
それからすぐに荷支度を済ませて、盗賊団の部隊とは別で砦を飛び出した。
目的地は……林。あの魔獣のいない林とはまた別の、ヨロクの街からずっと離れて行く方角にある危険地帯。
そこの魔獣をどれだけ倒せるかで被害も変わってくるだろう。もちろん全部余裕で倒すつもりだけど……責任重大だと思ったら、ちょっとだけ足が震えた。




