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ナツの扉 ~ザ・ドア・イントゥ・レグレスィール~  作者: みたよーき


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9.微睡み、そして、ノスレータフ

 踏み入れた車両は、列車の進行方向に対して左側に、人が正面を向いたままではすれ違うのは難しいくらい狭い通路があり、客席は個室になっていた。個室は一両に三つで、更には化粧室もある。

 案内された部屋を覗くと、奥の方を昨日使ったような立派なベッドが占有しているけど、それでも広く感じた。少なくとも、私とナツだけで利用するには十分な広さだった。

「それでは、失礼いたします。出発まで、少々お待ち下さい」

 ケトさんは部屋の中を見ている私達に相変わらずの車掌口調でそう言うと、こちらの返事も待たずにさっさと前の車両へと歩いて行く(猫でも安心の自動ドアだ)。

 その後ろ姿が扉の向こうに消えるのを見送って、部屋に向き直る。

 入り口に近い方の壁際にはこれまた立派なソファがクロスシートの向きで設置されていて、テーブルを挟んだ向かいには手前側に一人がけのソファ、そしてその隣、奥の窓際にサイドテーブルのようなものの上に載った、毛玉のような謎の物体。

 なんだこれ? と思ってよく見れば、それは、いつの間にかそこに埋まって丸まっている、ナツだった。

「ニャッ?!」

 どうなってるのかな、と思ってナツを持ち上げて見ると、そのサイドテーブルの上部は鍋のように窪んでいて、ナツはそこにすっぽりと収まっていたのだった。

「ちょっと、カノ! びっくりした!」

「ごめん、ごめん」

 ナツに謝って下ろしてあげると、ナツは丸まりながら再びその窪みに嵌まっていく。

 そういえば『ねこ鍋』が流行っていたことがあったけど、これだけかわいいならそれも当然か、なんて思う。

「ナツ、楽しい?」

「うーん? なんか落ち着く~」

 目を細め、弛緩した様子の声で応えるナツ。そんなナツ鍋を目で味わっていたら、出発の時間はあっという間にやってきた。


 駅からしばらくは平原の中を走り、やがて森のトンネルに差し掛かる。そして、そこを抜けたと思ったら、窓の外に広がるのは、また平原。時折見える樹木などに変化はあるのかも知れないが、すぐに流れ去ってしまうそれらを判別するには、時間も、私の知識も、足りなかった。

 ただただ続く自然の光景の中に、人の営みの気配はない。モンスターの居る世界では、人は無秩序に生きることはできないのだろうな、なんてことを、ぼんやりと考えていた。

 そんな、変わり映えのない景色と、とりとめの無い思考は、いつしか私を眠りに誘っていたようで、気付けば突然鳴り響いたチャイムに起こされたところだった。

『次は~、ノスレータフ。ノスレータフに、停車いたします』

 どれだけの時間、眠っていたのだろうか? 寝過ぎたせいか、テーブルに突っ伏すようにして眠っていたせいか、身体がだるい。どこからか聞こえてくる放送を、まだぼんやりとした頭になんとか取り込んだ。

 ナツを見ると、ナツも放送に起こされたばかりのようで、上体を起こして大きな欠伸をしていた。

 だけどすぐに窪みから抜け出して、ぐぅっと伸びをすると、次の瞬間には元気にテーブルの下に飛び降りる。

 私は寝起きからすぐに切り替えられるナツをちょっと羨ましく思いながら、客室の扉を開けた。


 車窓から見えた自然豊かな景色から、私は勝手に田舎の駅を想像していたのだけれど、ノスレータフというらしいこの駅は、最初の駅ほど立派ではないにせよ、充分に立派な駅に見えた。例えるなら、最初の駅が東京駅のようなハブステーションなら、ここは都心からは少し離れているが特急も止まる駅、と言ったところか。

「次の発車までお時間を頂きます。正確な時刻が決まりましたら、直ちにご連絡いたしますので、それまではこの町にご滞在下さい」

 プラットフォームに降りて周りの様子を見回していた私達に、いつの間にか足元へやってきていたケトさんが車掌イントネーションでそう言った。

「連絡って、どうやって?」

「内緒です」

「…………」

 お前もか。

「お客様を置き去りにすることは絶対にございませんので、その点はご安心下さい」

 まあ、そのあたりも不思議パワーで何とかなるんだろう。

「あちら、改札を出ました所にこの町の案内人がおりますので、そちらに従って下さい」

 ケトさんはそう言って、さっさとどこかへ歩いて行ってしまう。

 仕方が無いので、私はナツと顔を見合わせてから、改札へ向かった。


 私達を出迎えたのは、ちょっと目つきが鋭い、ややふっくら体型のサバ白猫。

 予想はしていたが、案内人と言いながら案内猫だった。もちろん、文句はない。猫は好きだもの。

「ようこそ、旅人さん。俺はジョー。この町であんた達の案内をさせてもらう」

 ジョーは、声やしゃべり方がやたら男前だ。見た目はプリティなのに。

「うん、よろしくね」

「にゃーん」

 私は、鈴木さんに言われた言葉を思い出し、取りあえずは無難な挨拶に留めておく。

「何で私達が降りるって分かったの? ずっと待ってたわけじゃないよね?」

「まさか。この世界の猫たちには不思議な繋がりがある。俺はそれへの感度が特別良い、ニャータイプとでもいうものなのさ」

 その言葉を、どう判断するべきか。一応、私も言葉だけは知ってるものが元ネタのような気はするけど……。でも、もしそうなら、ジョーはどこから来た猫なのだろうか? ――なんて思ったけど、すぐに、この世界でそんなことを深く考えても仕方ないような気がして、結論は放棄した。

「まあ、要は不思議な力で分かってたってことね?」

「……あんた、身も蓋もねぇな……」

 そんな会話をしながら、どこか西洋風な印象の大きな駅舎を歩き、出口に辿り着いた。

 そして外に踏み出した私の目にまず飛び込んできたのは、大通りの左右に広がる麦畑。

 建物はその向こうに並んでいるのが見える。最初の猫の町と比べると、木造の家が多いようだ。

 だけど、すぐに強く私の目を引いたのは、麦畑の中で動く“人”だった。

「駅にはモンスターは寄りつかねぇ。だから大事な食料はこうやって駅のすぐ近くで作るのさ」

 私は、そんな説明をするジョーの声を聞きながら、この世界で初めて見る“人”の存在に、安心したような、感慨深いような、そんな気持ちを味わっていた。

 その時――。

 ――ポーン、ポーン、ポーン。

『ただ今、列車が停車しております。ご入り用の方は、焦らず急がず、ご利用下さいませ』

 と、突然町の中にチャイムが、そして放送が鳴り響く。っていうか、内緒とか言ってた発車の連絡も普通にこれなんじゃ……?

「ジョー、これは?」

「列車が到着した合図だ。正確には、これから物々交換を始めるぜ、って合図だな」

 物々交換、ということは、あのコンテナ車両が何かを運んできたのだろうか。最初の駅の周りに何かを生産しているような所は無さそうだったけど、或いは駅の中で? 人にも出会わなかったけど、猫が搬入作業を? そんな疑問が浮かぶ。

 多分、それらも不思議な力でどうにかなっているのだろうと思いつつも、猫達が一生懸命に、何かを作っていたり、荷物を運び入れていたり、そんな光景を想像すると、実際にそうだったらかわいいな、なんて思ってしまう。

 そんなことをぼうっと考えていたら、町の方から日本で言うリアカーのようなものを引いた人達が駅に向かってくるのが見えた。荷物には覆いがあり、何を運んでいるのかまでは判らない。ただ、いくつかの荷台の上には、かわいい猫が鎮座しており、私の目を楽しませてくれた。

 すると、その先頭を歩く人が私達に気付き、声を掛けてきた。

「おお、このタイミングで見かけない顔ということは、旅人さんか! ……お前はロロんとこのジョーだな? そうか、今回はロロか……。残念だが仕方ない。それじゃあ、旅人さん、この町で良い時間を過ごしてくれ」

 そのおじさんはそう一方的に捲し立てると、さっさと駅の中に向かっていく。続く人達も私達に「良い時間を」と声を掛けて、それに続いていった。

「旅人は幸福の使者だと言われているが、その世話をするのは案内人の家族と決まってる。その邪魔をして不幸になりたくはないが、少しでも幸福のお裾分けがあるように、あんた達にこの町で良いことがあるようにと声を掛けた、というわけさ」

 いまいち要領を得ずに困惑していた私に気付いて、ジョーがそう説明してくれる。取りあえず邪険にされたりはしないようなのでホッとした。

「さあ、それじゃあ、俺が世話になってるロロさんのところへ案内するぜ。付いて来な」

 それから私達は、ジョーに連れられて、この町でお世話になるロロさんに出会ったのだった。


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