疑惑と信頼
部屋に通されるとすぐに侍女が払われシンはディアナと二人になった。
「お久しぶりです。奥様」
シンはディアナの顔を見て嬉しそうに言った。
「もう奥様はやめて。立派になってだれかわからなかったわ。マーカスさん」ディアナはシンににっこりと笑いかける。美しい笑顔だ。
「元気そうですわね」
「貴女様もおたっしゃなようで。二人の時は今までどおりシンでお願いします。位は低いままですし」
シンはロイズ付きの側用人であり(形式上はあくまで身の回りの世話をする役割。政治的な力はない)、実質の身分は低かった。それに、二人には前置きはこれで充分だったのもある。わかったと頷くと、ディアナは真剣な顔になり実は、とシンに切り出した。
「私は今日まだ城に着いたばかりでしょう。内情も何も知らないからあなたに教えてもらいたいの」
シンは既に心得ていたように頷き、何でもお答えしますよと言った。頼りがいのある返事だった。
「よかったわ。貴方がいて」
「私も夫人がいらして嬉しいですよ」
シンは微笑むとディアナに何から話せばいいか尋ねた。
「私自身も正直、何から聞けばいいかわからないわ。もう私が知ってる宮殿じゃないもの」
ディアナは首筋に手を置いた。何か考え事をするとき彼女はいつもこうしていたな、とシンは懐かしい気持ちになった。
「リオ陛下が即位されてから宮殿も変わりましたから」
シャリナはええ、と頷いて困惑した表情で言った。
「陛下はどんな方なの?変わった政策をされてるし、随分貴族に厳しいようだけど?」
不快そうに言うディアナにシンは変わらないなあと言わんばかりにクスリと笑いながら
「数年前までは、貴族の方にも人気だったのですが。
ここ1、2年は貴族の間では随分評判が悪くなってしまったようです。
陛下は王室の権威を脅かすものには容赦ありませんが、王室の従者にはお優しい方ですよ。
市民には歴代の中でも有数の名君のように謳われていますし」
と答えた。
「私が都にいたころはまだ評判のいい方だった。…市民と貴族の間で随分評判が分かれていることは知っているわ。だから分からないの」
ディアナの眉間にしわが寄る。考えあぐねた様子である。
「あの方の目的は王室を守ることですので。
その障害になるものはどんなものでも払ってきた方ですから…その中には非難の多いやり方もありましたが。
ただ、民衆には以前より税を軽くしたり貴族の不正を厳しく取り締まった分、好かれているのでしょうね。
弱気を助け強気をくじくと言えば民衆がいかにも好きそうじゃないですか」
ディアナはひやりとした。聞けば聞くほど嫌な予感がする。
「…そう」
そう言えば、と今度はシンがディアナに質問した。
「マリア様にはお会いに?」
「いえ。婚礼の後にお会いすることになっているわ。
気が弱い娘ならやってられないからそうじゃないといいのだけど。宮廷ではシャリナの天下だそうじゃない?」
シンはこの質問には慎重に言葉を選んでいるようだった。ディアナが信用できないというより、どう説明すべきかとまどった様子だった。
「…実質は、どうなのでしょうかね。私にもわかりかねます」
「どういうこと?」
「たしかにシャリナ様は唯一の寵姫でいらっしゃいますが、私には本当に国王陛下の寵愛を受けているようには思えないんです。
まあ、なんと言えばいいのかわかりかねますが。
これは、あくまで本当に私の考えにすぎないんですが。国王陛下は心中察しがたいお方ですので」
「そうなの…」
「どうされました?先ほどから顔が蒼いですよ」
シンの問いかけにディアナは深刻な顔で
「ねえ。国王はだれかに情を持つことはあるの?」
と聞いた。
「え?」
質問の意味がつかめず首を傾げたシンにディアナは続けて聞いた。
「私は王妃補佐よ。国王が人に情も移せない男ならこれは問題だわ」
そう聞くとシンは言いにくそうにしながらもはっきりと答える。
「あの方の考えでは君主は、政策の障害になる感情を抱かないものだとのことです。情は失策を招きますから」
2人の間に重い沈黙が流れる。ディアナはやっとのことでこれに応えた。
「そう」
「あの」
シンは恐る恐るだが昔と同じ、誠実な目でディアナに言ってくれた。
「奥様」
服が汚れるのもいとわず、昔と同じ仕草でシンはディアナにひざまずいた。
「…奥様に難が降りかかることがないよう微力ですが尽力させてください」
シャリナはしばらく考えるとシンにほほ笑んだ。
「ありがとう。…あまり長いさせるわけにはいかないわね。もう戻ったほうがいいわ」
「そうさせていただきます。私もお話できてうれしいです。ディアナ様」
「ご安心を。王妃様」
ディアナは優しそうな笑顔を向けながら厳しい宣言をした。
「私が貴女様の悪い癖をのぞいて差し上げます」
事実上の宣戦布告をし終え、部屋に戻って改めて自分の上司を思い返す。
しかしこう改めてみると、マリアは王妃には頼りない。まだ幼い感じがする。
あの国王がどうしてマリアを王妃に迎えたのか?
――国王陛下は心中察しがたい方ですので。
――王室を守ろうとしていらっしゃいます。
シンの言葉が、頭をよぎる。
何かこの結婚はおかしい。ディアナはそう思わずにはいられなかった。
窓の外にはていねいに手入れされた庭が月明かりに照らされていた。
月明かりで庭はよく様子が見える。マリアの姿がある。散歩か?また浮かない顔で…その原因はおそらく自分なのだろうが。
「あれは…?」
たしか王の側近のゼムだった。マリアに近付いている。




