婚約破棄
日が高く昇るころ。一台の馬車が道を走っていた。中にいたのは端正な顔立ちの、それでいて冷たい目をした青年だった。青年は立派な屋敷の前に馬車を留めると、人を屋敷の主人を呼び出させに使わした。しばらくすると青年と同じ歳頃の主人が出て来た。
「伯爵。お久しぶりです」
キイスはレイ=バロウズの顔を見ると顔を輝かせた。
「突然すみませんキイスさん」
レイは神妙な顔をしていた。
「直接会ってしたい話があって」
レイのただならぬ様子ににこやかに迎えたキイスも笑顔を消してうなずいて言った。
「構いませんよ。中にどうぞ」
部屋に通すとキイスは将来の弟に尋ねた。
「マリアも呼びましょうか。将来の夫に会えたら喜ぶでしょうし」
ことの事情を知らないキイスは言った。しかしリオンは「いえ」とそれを断ると真剣な顔で言う。
「実は今日は、私たちの結婚について話をしに来たんです」
「結婚について?」
キイスはきょとんとした顔をした。リオン伯爵は頷くと
「ええ。実は…」
と少しためらいがちに、しかしはっきりと告げた。
「マリアさんとの結婚をなかったことにしていただきたいのです」
夕方になった頃、マリアは兄から呼び出された。
「お兄様、お話って何ですか?」
マリアは何も知らずに聞く。夕日が伸びてマリアの足元に届いていた。キイスはなんだか難しい顔をしてマリアに座るように言った。
「実はな、お前の結婚のことで話があるんだ」
兄は言いづらそうにマリアに切り出すのだった。
「結婚のことで?」
何だろうとマリアは首を傾げる。
「実は今日、伯爵が婚約の破棄を申し出てきたんだ」
「伯爵が?」
マリアは混乱した。そもそもこの婚約は向こうから申し出てきたはずである。婚約破棄となるとマリアの将来にも響く可能性がある。マリアの実家は地方では有力だが所詮田舎貴族で、バロウズ伯爵の家は中央でも名門だったが資金繰りに悩まされていた。家柄と金、それぞれの利害が一致していたわけである。マリアは十分それを承知していた。
それに彼女の生きている時代はそれに逆らえるような時代でもなかった
その結婚が破棄されるとはどういうことなのか?
「じゃあ、今回の話はどうなるのでしょう…?」
不安げに言うとキイスは首を振った。
「どちらにせよ君は伯爵家の人間になる。ただし妻としてでなく、妹になるんだ」
「妹、ですか?私が?」
マリアが聞くとキイスはうなずく。
「君は養女として伯爵家に入るんだ。来週には迎えが来る」
「はい…」
「話は以上だ。部屋に戻っていいよ」
レイ自身どこか動揺しているのがわかる。これ以上の質問は無駄に感じた。
「はい…失礼します」
部屋に戻ると、マリアはベッドに倒れこんだ。




