第7話 女子高生適合率
その日の昼食時。
この日も明日香は中川春菜と早川紅葉の3人で昼食を摂った。この日は中川春菜がB定食の酢豚定食で早川紅葉はA定食のサーモンフライ。明日香はチャーシュー麺を頼んだ。
食事しながら、
「今日のガス事故だけど、あれって、実はNASSOの捕り物があったんじゃないかって、わたし思うの」と早川紅葉。
「じゃあ、政府が嘘をついてるってこと?」と中川春菜。
「嘘って言うと語弊があるけど、テロ組織の高適合者との戦いだって言ったら、パニックになるでしょう?」
「国際テロ組織、リ・ジェネシス?」
「そう」
「あの人たちって、何が目的なんだと思う? 社会を混乱させて何かいいことがあるのかな?」
「さあ。いろんな人がいろんなこと言っているけど、どれも違うような気がするのよね。堀口さんはどう思う?」と早川紅葉が明日香に話を振ってきた。
初めてチャーシュー麺という認識でラーメンを食べている最中だった明日香は、実のところ二人の話を聞いていなかったので、専用端末から録音された二人の会話を高速再生させた。
「うーん。彼らの本当の目的は、社会を混乱させるんじゃなくって、何かほかのところにあって、その目的達成のために結果として社会を混乱させているのかもね。でも、それじゃあ、何も分からないことと同じかも?」
「確かに。目的もないのに社会を混乱させるんなら『ただの異常者』だものね。そんなんじゃ資金もすぐ底をつくわけだし」
「じゃあ、彼らは何かビジネスをしてるってこと?」
「ビジネスといえばビジネスなんだろうけど、裏にスポンサーがいるとか。それでスポンサーの目的のためにテロを行ってる?」
「だとすると、そのスポンサーってだれだと思う?」
「それは社会が混乱することで儲かる会社じゃない。例えばビルが倒れれば、建設会社が儲かるし、交通機関に障害が出ればメンテナンス会社が儲かるし」
「そういう意味だと、実は社会に貢献している?」
「それはないと思う。だってそのコストを負担するのは利用者だし、物を壊されたら壊された人の負担だし。彼らの相手をするNASSOだって税金で仕事してるんだし」
「そういえばそうか」
普段あまりクラスメートと会話することのない早川紅葉だが結構話が好きなようだ。
「それはそうと、リ・ジェネシスのエージェントが暴れると、暇つぶしにはなるよ」
と二人の話をちゃんと聞いていた明日香が思ったことをぽつりと言ったところ、二人は明日香の顔を見た。
それで明日香も不用意なことを言ってしまったと気づいて「そう思う人もいるかも?」と、自己フォローしておいた。
「そんな人はいないと思う」「わたしもそう思う」
ここにそう思っている本人がいるんだけど、それは言えないし。
「でも、NASSOのA級エージェントとか、S級エージェントくらいになると、それくらい思っているかもしれないわね」と、早川紅葉が明日香の言葉に対して肯定気味の発言をした。
「早川さん、S級エージェントってよく話題には出るけど本当にいるの?」と中川春菜。
「いるよ。人類の盾と呼ばれるNo.1岩永善次郎。電子の魔女No.2三千院華」
「二人だけ?」
「No.3がいると言われているけど、これについては噂だけ。噂だと、最強なんですって」
「本当に?」
「噂だけど、二つ名は『フル・アダプター』」
「それって、どういう意味?」
「生体ナノマシンの適合率が100パーセントっていう意味。だから最強なの」
「うそ!?」
「だから、噂。堀口さんも聞いたことあるでしょ?」
「うん? 何?」
今回は食べるのに夢中で二人の話を聞いていなかった。
「だから、フル・アダプターの噂」
録音を巻き戻す前に早川紅葉がヒントをくれたので、すぐに答えることができた。
「聞いたことある」
「堀口さんはどう思う? わたしはさすがに100パーセント適合ってあり得ないとも思うんだけど、テロリストたちにはハッタリにはなるから、そう言ってわざと噂を流しているって思うのよ」
「そうかもね」
「堀口さんは、嫌に冷めてるわね?」
「だって、わたし、C級だもの」
「それもそうよね。実戦に出ることのないわたしたちには、無関係といえば無関係ですものね」
「うん」
「だけど今は無関係だけど、将来実戦に出る時のためにも今適合訓練を頑張らないといけないわよね。堀口さん、そうでしょ?」
「そうだね」
話がうまい具合にまとまったことで明日香は少しほっとして、ラーメンのスープを飲み干した。
「堀口さん、塩分摂り過ぎになるから、スープは残したほうがいいわよ」
フル・アダプターの自分にはバイオケミカル耐性があるので、塩分どころか、腐ったものを食べようが毒を盛られようがまったく問題ないのだが、明日香はそれは言わないでおいた。それにもう全部飲んでしまったし。
つまり、明日香にとってラーメンのスープは昨日のエビフライ同様おいしかったわけだ。これまでにも似たようなものを食べたことがあるはずだが、思い出せない。どうしてだろう? と明日香が思ったのだが『そうか。いつも食事は一人だったから、食べてるときに何を食べているかなんて考えたこともなかった』ということに気が付いた。
その日の授業が終わり、明日香は迎えのボックスカーに乗り込んだ。
「例の件ですが、いきなりあの男の適合率が倍増したとの見方が有力のようです」と今朝の件で北村早苗が明日香に報告した。
「ということは、わたしのブースターみたいなものでブーストしたわけだ。しかも100パーセントブースト」
「はい。本部ではそう考えています」
「なるほどね。ということは、もし、本当に100パーセントブーストできるとすると、適合率50パーセントのエージェントが現れて、ブーストされたら、わたしも危ないわけだ」
「理論的にはそうなりますが、適合率50パーセントのエージェントはまず存在しないでしょうし、もし存在したとして相手側から見ても貴重です。勝つか負けるか分からないような場所にそういった貴重な戦力を送り込むことはまずないと思います」
「そうなんだ」
「それに、明日香さんなら、ブーストされる前に斃しきることができるでしょうから、それほどの脅威にはならないかもしれません」
「一瞬で100パーセントブースト効果が表れない限り、負けることはないか。そうだね。それに、ブーストがいつまでも続くわけないし」
「今週の日曜日の適合訓練の件ですが、トレーニングウエアなど一式を用意しておきました。寮に届いていますから、帰ったら一度着てみてください」
「了解。それはそうと、今日学校でチャーシュー麺というのを食べたの」
「はい? チャーシュー麺ですか?」
「そう。今までそういったものを食べたことがなかったはずはないんだけど、全然思い出せなくって、試しに食べたらおいしかった」
「はい」
「昨日もそうだったんだけど、学校の食堂で食べたらおいしく感じたわけ」
「はい」
「それで思い当たったんだけど、今まで食事はいつも一人だったところと、昨日も今日もクラスメイトと食べたところが違ってるんだって。他の人と一緒に食事したからおいしく感じたってわけ。というか、一人で食べているときは本当に食べるという作業で、何を食べているのか全然気にもしてなかった。だけど今は何を食べているのか気にするようになったみたい」
「それは、よかったです。それが普通の女子高生ですから」
「じゃあ、わたしもう普通の女子高生かな?」
「まだ100パーセント適合とはいえないかもしれませんから、毎日努力です」
「そうね。そうよね! 今何パーセントくらい適合してると思う?」
「そうですねー。まだC級ライセンス、15パーセントくらいかもしれません。これから毎日適合訓練しているわけですし、ナノマシンの適合と違って適合制限はありませんから、いずれ100パーセントまで適合します。大丈夫です」
「そうか。わたし毎日適合訓練してるんだった。こういうのって目から鱗って言うのかな?」
「さあ。そこまでは」
「言ってみただけだから」
「いまのも女子高生らしかったですよ」
「そう? なんだかおもしろいね。思い出したんだけど、今日隣の子と授業中小声で雑談したの。女子高生らしくない?」
「積極的には勧められませんが、そういった授業中のおしゃべりは十分女子高生らしい行動です」
「早苗さんもやってた?」
「はい。ちゃんとやってました。それで、よく先生に怒られていました」
「じゃあ、今度は怒られた方がいいかな?」
「いや、そこまではしないほうが」
「それはそうだよね」
今朝、リ・ジェネシスのエージェントを今までと変わらず有無を言わさず斃した明日香なのだが、たった二日の高校生活でかなり変わってきていると北村早苗は感じていた。




