第1話 プロローグ。フル・アダプター
今回は女子高校生ヒーローものを書いてみました。女子なのでヒロイン?かもしれませんが、それっぽい場面はないはずです。よろしくお願いします。紹介文にも書いてありますが、残酷描写あり、暴力描写ありは保険ではありません。
西暦22XX年;ネオンとホログラムが小雨に濡れるニュートウキョウシティ。国家安全保障局(NASSO:NAtional Security and Safety Organization)本部前。
NASSO本部東ウィングの強化ガラス製外壁を突き破ったASUCAはそのまま空中に躍り出て、眼下のリ・ジェネシス(RE;GENESIS)のエージェントらしき黒ずくめの男に向かってダイブした。
頭上の異変に気付いた男はASUCAに向けて大きく口を開いた。そしてダイブ中のASUCAを衝撃波が襲った。
ASUCAの周囲をASUCA同様自由落下していたガラスの破片がその衝撃波で飛び散り、ASUCA自身も上に放り上げられてしまった。
フル・アダプターであるASUCAがその程度のことでダメージを受けるはずもなく、空中で体勢を変えて頭から突っ込むようにして落下した。再度、衝撃波がASUCAを襲ったが今度は浮き上がることもなくまっすぐ男に向けて落下した。
男が再度能力を使おうと口を開けたところで、ASUCAの頭突きが男の頭部を捉え、額を陥没させた。男の額を変形させたことで落下エネルギーを殺したASUCAは男の首に右手をかけて支えにして身を翻し、男の背後に背中合わせになるようにストンと足から着地した。この時ASUCAの右手の指先は男ののどに食い込んでおり、男の気道は潰れている。
着地から流れるように腰を落としたASUCAは男の腰椎あたりに背中を押し当て、後ろ手になった手を男のアゴにかけ直して力を込め、男の首をへし折ってしまった。
「言い残すことはある? あなたが何を言おうがわたしは覚えないけど、NASSOの記録には残るよ」
後ろからのボイスチェンジャーを通したASUCAの言葉を男が理解していたか分からないが、首の骨が背中側に折れた男はまだ生きており、折れたあたりがぼこぼこと膨らんだり縮んだりし始めた。生体ナノマシンが修復を始めたようだ。
ASUCAは男のアゴにかけていた手を男の肩にかけ直して力を込め、そして腰を押し上げた。
バキッと鈍い音がして、男の背骨が背中側に折れた。向き直ったASUCAは先ほどの頭突きでへしゃげたうえに上下逆さまになって真後ろを向いた男の顔の真ん中に、空いていた左手でパンチをめり込ませた。
グシャリと不気味な音を立てて男の鼻と上あごが潰れ、ナノマシンの活動は止まった。幸いASUCAの頭突きで男の額が潰れた時に両目が先にどこかに飛んでいったようで、今の衝撃で目玉が飛び出てくることはなかった。
先ほどまで生物だったものから流れ出た液体が、小雨で濡れた路面にゆっくりと広がっていく。
男の額を陥没させて止めを刺すまでに3秒もかかっていない。もし、最初からASUCAの足が地についていて『お言葉』をかけていなかったら、0.1秒もかかっていなかっただろう。
ASUCAは汚れてしまった左手を軽く振って、その場から本部の玄関の中に入っていった。
一部始終を見ていたNASSOのエージェントたちは、あまりの一方的かつ、異常なまでの容赦ない戦いともいえない殺戮を目の当たりにして恐怖した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
時間は10日ほど遡る。
NASSO本部ビルの東ウイングにあたる管理棟の最上階。遮光ガラスに囲まれた局長室には、都市の喧騒は届かない。
「堀口くん。明日からしばらくの間、高校生として生活してみてくれ」
山田局長の言葉に、デスクの前に立つ少女――堀口明日香は眉一つ動かさなかった。
「仕事はいいの?」
「極力君に回さないようにする」
「ほかの二人は納得してるの?」
「君が抜けることについて、二人の了承は取っている。……No.1は無関心だったが、No.2は『精々、子供らしく遊んでくればいい』と言っていたよ」
「そうなんだ」
明日香は小さく頷いた。彼女にとって「納得」や「了承」は論理的なプロセスに過ぎない。
「ただ、どうしても二人で対応できないような案件が発生した場合は君に『出て』もらうことになる。申し訳ないがそこは了承してくれたまえ」
「分かった。……わたしの適合率なら、生存確率は限りなく100パーセントに近い。気にする必要はない」
明日香の回答はあまりに合理的で、それゆえに山田の胸を刺した。彼女は自分の命を、単なる『減らないリソース』として計算している。
「それで、明日わたしはどこに行けばいいの?」
「午前8時に寮にいつもの車を回すから、それに乗ってくれればいい」
「ふーん」
「今日中に寮に高校の制服と高校専用端末、それから明日の午前0時をもって、君のS級エージェントのライセンスカードは『C級エージェント:適合率16%』のライセンスカードに偽装される」
明日香の視線が、わずかに動いた。
「16パーセント? ……それは、かなり『不自由』な数字だけど。演じるには精密な筋弛緩制御が必要になる」
「それも訓練だと思ってくれ。……ああ、それと、君が明日から通う高校の名前は桜が丘女子高校だ。その学校にはC級の少女が在籍している。目立ちすぎるなよ」
「分かった。話はそれだけ?」
「ああ。これだけだ」
「じゃあ」
音もなく自動ドアが開き、明日香は去っていく。
山田局長は、彼女の背中を見送りながら、デスクに置かれた「桜が丘女子高校・生徒心得」という冊子を手に取った。
「最適解しか選べない君が、答えのない場所で何を拾ってくるか……。楽しみにしているよ。フル・アダプター」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
国家安全保障局(NASSO:NAtional Security and Safety Organization)とは、生体ナノマシン高適合者からなる国際犯罪組織リ・ジェネシス(RE;GENESIS)に対抗するため15年前に設立された国家機関で、欧米各国にも同じような機関が存在している。
NASSOには現在3名のS級エージェントが在籍しており、堀口明日香はその中の一人でNo.3と呼ばれている。彼女は世界で唯一人の生体ナノマシンへの完全適合者であるが、局内でも彼女の存在は公表されておらず、彼女の適合率は極秘扱いである。そのため、NASSOに属するS級エージェントは表向きNo.1とNo.2の2名ということでNo.3は欠番になっている。
事実を知るごく一部の者は彼女のことを『フル・アダプター』と呼んでいる。
ちなみに、NASSOに登録されているエージェントはS級、A級、B級、C級の4級があり、A級、B級、C級のエージェント数はそれぞれ、
A級:16名(No4~No19)
B級:160名(No20~No199)
C級:540名以上;(No200~)そのうち18歳未満のエージェントは現在48名。
18歳未満ないし高校生エージェントは原則として実戦に参加しない。
またC級エージェント本人にはナンバー(序列)は知らされていない。
人類全般をとってみると、適合率の平均値は5パーセント程度で、その標準偏差は2.5パーセントと言われている。もちろんその分布はすそ野が右に広がったものだが、それでも適合率15パーセントを越える者の数は実数としてかなり少ない。
その適合率15パーセント以上の者に対してNASSOではエージェントのオファーを行っている。
生体ナノマシンは、全国民に対して満5歳の誕生日前後で注入され、6歳の誕生日時点で1回目の適合率が計測される。
建前は全国民の義務だが、両親が注入に反対する場合、強制はされない。
ただ、生体ナノマシンを注入することで、最低でも各種の感染症への耐性を得ることができるため、よほどの理由がない限り、両親が反対することはない。
1回目の適合率の値を元に生体ナノマシンが再注入され、7歳時点で2回目の適合率が計測される。
2回目(7歳時点)の計測適合率が個人のベーシック適合率となる。
生体ナノマシンの適合率は適合訓練で伸ばすことはできるが、このベーシック適合率に対して10パーセントの伸びが限界とされている。
C級エージェントの特典は、専用の寮に住むことができ、この適合訓練ができること。
そして、エージェントになった年から生涯年金が付くこと。
義務は月1度の訓練に参加すること。
応召への参加義務はないが、C級エージェントへの応召は通常難易度が低いので、多くのC級エージェントは応召に応じている。
応召に応じればもちろん相応の手当てが付く。学校に通うことも自由だし、外部機関に勤めることも自由であるが、公立の機関に勤務している者が多い。
B級エージェントになると、適合訓練ができることと、生涯年金が付くことはC級エージェントと同じだが、年金額が相応に上がる。
義務はNASSOの応召に応じること。C級エージェントと同じく学校に通うことも自由だし、外部機関に勤めることも自由だが、実態として誰も外部機関に勤めていない。
A級エージェントになるとB級エージェントの権利義務に加え、100億円までの返済不要の与信枠が与えられる。
つまり非課税のポケットマネーが100億ということだ。外部機関に勤めることは、NASSOの許可が必要となる。B級エージェントと同じく、彼らも誰一人として外部機関に勤めていない。
最高位であるS級エージェントの場合、この与信枠が無制限となる。
彼らを縛るものはなく、基本的に自由である。
NASSOは彼らに対して、応召ではなく出動要請をすることになる。逆に言えば、NASSOから見て、S級エージェントが敵対勢力に与していないことが最も重要ということになる。
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翌朝、午前7時45分。
一般マンションに偽装されているNASSO特別職員寮。現在この特別職員寮に住んでいるのは堀口明日香一人である。
食事等は1階の食堂で済ますことになっている。寮に住んでいるのは明日香一人なので、明日香専用の食堂ということになる。
また明日香の部屋の掃除や衣服のクリーニング等もNASSO職員によって行われている。もちろん装備の点検等もきっちり行われている。
明日香は姿見の前に立ち、支給されたばかりの『桜が丘女子高校』の制服と格闘していた。
戦闘用のバトルスーツなら3秒で装着できるが、この「布製の多重構造体(制服)」は、リボンを結ぶという一点において、ナノマシンの最適演算を拒絶しているようだった。
「うーん。左右のループの張力が不均衡でこれを正確に均衡させるのは、時間内では不可能」無表情な独り言。
指先を0.01ミリ単位で制御すれば完璧な結び目は作れる。だが、それは「適合率16%の女子高生」の挙動としては不自然すぎるのではないか?
その時、端末が短い電子音を鳴らした。No.2の三千院華からのメッセージだ。
『明日香。学校の体力テストでは絶対に突出しないこと。それをやったら、あなたの平穏は0.3秒で終わるから。わかった?』
「了解。突出しないこと。……適度な手抜きの実行」
『本当に分かったの?』
「問題ない」
三千院に問題ないと答えたものの、具体的に体力測定データが何もない状況で突出させないとということは、かなり難しいことに応答を終えてから気づいた。
非常に困ったことになったのだが、体力テストが毎日あるわけでもないし、桜が丘女子高校の今年の体力測定データはまだデータとして存在していない以上取得不可能だ。その代わり一般的女子高生の過去データは容易に手に入るし、自分の測定が最初でないかぎり、少しずつデータは集まってくる。
臨機応変に対応するということでこの問題はペンディングとすることにした。
腋の下に取り付けたこげ茶色のサイドホルスターには、NASSOで用意したフル・アダプター専用端末と緊急ブースト用ナノマシンインジェクター、そしてC級ライセンスカードに偽装したS級ライセンスカードが入っている。
午前7時55分。
明日香は、あえて少し歪んだリボンのまま、ランドセル型の学生かばんを手にして迎えの車へと向かった。かばんの中には桜が丘女子高校の専用端末と、体育の実技用の体操服、それにタオルなどが入っている。
その迎えの車だが、黒塗りでサイドガラスも黒塗りのボックスカーで、明日香が乗り込んだところで走り出した。
「なにかある?」と運転席に座るブラックスーツを着た女性に明日香が尋ねた。
彼女はNASSOの職員で明日香専属の運転手であり、各種の連絡係も兼ねている。名前は北村早苗。
「A級案件が1件ありましたが、No.2が対応しています」
「それだけ?」
「B級案件が4件。いずれも、現場で対応しています」
「S級案件はないの?」
「ありません」
「最近平和じゃない?」
「平和に越したことはありません」
「そうなんだけど、こういうときって何か大きなことが起きるかもしれない。って思うことない?」統計的に無意味なことなので、明日香自身そんなことは露とも思っていない。
「全くありません」
明日香は自分のことをちょっと変わっていると認識はしているものの、北村早苗は自分以上に変わっているのではないかと思っているので、この北村早苗による清々しいまでの明確な否定に明日香は満足した。
それ以上の会話がないまま、ボックスカーは桜が丘女子高校の正門前で止まり、明日香が降りたところでそのまま走り去っていった。
明日香は、登校してきた他の女生徒たちと一緒に、校門をくぐった。
22世紀。人類最強の「生体兵器」による、誰にも言えない3年間の任務――「普通の高校生活」が、今始まった。




