前編
【魔族・レクルタ=アッスント殿。
貴殿を『E級魔族』として認めると共に、来たる魔王暦4月1日より我が配下として魔王城への入城を命ずる。
貴殿の魔王軍への貢献を期待している。
————大魔王・レオニウス666世】
————宙に浮かび上がる深紅の魔形文字を読み終えた黒髪の若者は均整の取れた肉体を震わせ、刃のように鋭利な牙を露わにした。
「…………やった、やった……ッ‼︎ ついに僕も大魔王様に正式な魔族として認められた……! それに、憧れの魔王城へ入城出来るなんて夢みたいだ……‼︎」
たった今、魔族の中でも数%のエリートしか近づくことすら出来ないと言われている魔王城への入城を許可されたレクルタ=アッスントの声音は歓喜によって震えていた。
「故郷の父さん母さん、僕はやるよ……! 今はまだ『E級』だけど、勇者討伐を頑張っていつかは『S級魔族』にもなってみせるから……‼︎」
自らに言い聞かせるような決意の言葉をつぶやいたと同時にレクルタの背に魔力で形成された一対の翼が広がり、瞬く間に魔王城へ向けて飛び立って行った————。
◇
「————え……⁉︎」
「ですから、アポイントメントはお持ちでしょうか?」
「…………」
4月1日、意気揚々と魔王城へとやって来たレクルタは正面入り口を通った先で若い女魔族に呼び止められていた。
(……『アポイントメント』……? 【悪戯】(対象を混乱させる下級魔法)や【審判】(自分より低レベルの者のHPを半減させる中級魔法)なら分かるけど、アポイントメントなんて魔法は聞いたこともないぞ……⁉︎)
眉をひそめて考え込むレクルタの様子を見て女魔族は事務的に続ける。
「アポイントメントはお持ちではないのですね?」
「は、はい……」
「それでは、どうぞお引き取りを」
「えっ⁉︎」
眼を合わさず冷たく会話を打ち切った女魔族にレクルタは慌てて詰め寄った。
「————まっ、待って下さい! 僕はレクルタ=アッスントと言います! 今日から魔王城へ来るように大魔王様に申し付けられたんです‼︎」
レクルタが大慌てで指を宙に舞わせると例の召喚状が浮かび上がり、それを横目で見た女魔族の表情がにわかに変わった。
「……なによ、そうならそうと早く言ってよ。勘違いしちゃったじゃない」
「は?」
さっきまでの事務的な様子とは打って変わった態度にレクルタが呆気に取られていると、女魔族は彼に構わず【念話】を用いて誰かと話し始めた。
「……あの……?」
「そこで待ってて。すぐに担当者が来るから」
「担当者……⁉︎」
指示された椅子に座ってレクルタが頭をひねっていると、後方から凛とした声が響いてくる。
「————お待たせしました」
立ち上がったレクルタが振り返ると、褐色の肌に眼鏡を掛けた女魔族が姿勢良く立っているのが見えた。先ほどの女魔族よりも幾分か年嵩のようだ。
「えっと、あなたは……?」
「魔族に名前を尋ねる時はまず自分からですよ?」
女魔族は眼鏡を持ち上げながら、戸惑うレクルタをジロリと一睨みした。
「す、すいません! 僕はレクルタ=アッスントと言います!」
その静かな迫力に気圧されたレクルタが勢いよく頭を下げると、眼鏡の女魔族はわずかにうなずいた。
「よろしい。私はB級魔族のシニストラ=チェルヴェッロです。今後は私があなたの教育係となりますので、付いてきなさい」
「は、はい!」
ヒールを小気味よく打ち鳴らして歩くシニストラの背を追いながらレクルタは思案する。
(シニストラさんか……、僕とそこまで年齢が変わらないように見えるのに、『B級』だなんてきっと優秀なんだろうな。……それに、スゴく綺麗な魔族だ……! こんな魔族が教育係だなんてツイてるぞ……!)
緩んだ顔つきで魔王城の廊下を進んでいくと、やがて古ぼけた大扉が姿を現した。
「着きました。今日からここがあなたの配属先になります」
「ここが……」
扉の上部には血塗られたような文字で『総務課』と浮かび上がっている。
「……総務課……⁉︎」
「ええ。E級魔族・レクルタ=アッスント、あなたは総務課所属の新入魔族として働いてもらうことになりました」
〜〜〜 後編に続く 〜〜〜




