第16話「属性付与の魔工刻印《アルカナ》」
早朝。
この時間特有の冷たい風が、肌を撫でていく。
学園正門前には、六人の姿が並んでいた。
ザイア。
シュナ。
ノイーダ。
ミヤビ。
ケイシー。
そして、レイ。
ミヤビは少し離れた場所で、自らのパーティーメンバーと話している。
ザイアが、テイルへ向けて口を開いた。
「テイル。留守は任せる」
「はいよ」
テイルが軽い調子で頷く。
「……さすがについてこないわよね?」
シュナが半眼で問いかけた。
「……俺にも一応、責任感ってのはあるからね」
「それならいいわ」
シュナが小さく肩をすくめた。
その会話を横目に、ノイーダがレイへと話しかける。
「レイさん」
「はい」
振り返ったレイの首元で、チョーカーの鈴が鳴る。
「随分と、多くの武器を持っていくんですね」
レイの腰の左右には、二振りの風を生むククリ刀。
後ろには冥誘の光剣。
さらに腹部には、片方の翻訳と放擲の短剣が固定されている。
もう一本は、ケイシーの腰に差してあった。
「はい。試したいことがあるので」
ククリナイフを触りながら、レイが答える。
「重くはないのですか?」
不思議そうなノイーダの問い。
レイは、こくりと頷く。
「短剣は、聖天の蒼白剣で軽量化していますので」
「なるほど……」
ノイーダが感心したように呟いた。
「わりい、待たせた」
そこへ、ミヤビが戻ってくる。
ザイアは一度全員を見渡した。
「では、行ってくる」
その言葉を合図に、六人は森へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
森は静かだった。
動物の鳴き声が遠くから聞こえるのみで、風も陽光も、穏やかで美しい。
その中をしばらく歩いてから、ミヤビがぽつりと呟く。
「……すげえな」
見つめるのは、ケイシーの背中。
その歩みには、一切の乱れがない。
呼吸も、歩幅も、姿勢も。
まるで、舗装された平坦な道を歩いているかのようだった。
とはいえ。
ミヤビ自身も、下駄であるにも関わらず、まるで足場の悪さを感じさせない。
だが、その後ろ。
ザイアが、明らかに疲労の滲むシュナへと声をかける。
「大丈夫か?」
「は、はい」
返事はすぐに返ってくる。
しかし、額には汗が浮かび、呼吸も少し荒かった。
それを見たケイシーが足を止める。
「……小休止を挟もう」
その提案に、全員が足を止めた。
「すみません……」
シュナが申し訳なさそうに頭を下げる。
「構わない。進行自体は順調に進んでいる」
ケイシーは気にした様子もなく答えた。
「シュナ。脚出しやがれ」
ミヤビがぶっきらぼうに言う。
「え?」
「いいから」
言われるままに、シュナが脚を差し出した。
ミヤビは、袂から四枚の紙を取り出す。
「氷封の札」
紙が、淡く白く発光する。
ひょい、と投げられた札は、まるで意思を持つかのように宙を飛んだ。
そして、シュナの太腿とふくらはぎへ貼り付いた。
じわりと、溶けるように消えていく。
「っ……」
ひんやりとした感覚が広がる。
火照っていた筋肉が冷やされ、熱と痛みがゆっくりと引いてく。
「ありがとうございます」
シュナが頭を下げる。
「気にすんな」
ミヤビはそっぽを向いた。
その様子を見ていたノイーダが、ザイアへ話しかける。
「動物、多いですね」
「ああ」
ザイアが周囲へ視線を巡らせる。
近づいてくるものはいないが、それでも多くの気配が感じられる。
「人の手が入っていない証拠だろう」
「なるほど」
ノイーダが納得したように頷く。
そこから少し離れた場所で、レイは一本の木の棒を拾っていた。
視界にはステータス画面。
『精霊樹の枝』
——攻撃力:F+
——耐久性:F+
「ふむ……」
「何を見ているんだ?」
歩み寄ったケイシーが、レイに話しかける。
レイは、木の棒を持ち上げる。
「この木、精霊樹というんですね」
その言葉に——ケイシーが、首を傾げた。
「精霊樹……?」
「はい」
レイが頷く。
だが、ケイシーは不思議そうな顔のまま続けた。
「いや……我々は、古霊樹と呼んでいるが」
「え……」
レイの動きが止まる。
視線が、手元へ落ちた。
「では、この名前は……」
レイがわずかに眉を寄せる。
そんな時。
「お待たせしてごめんなさい」
シュナが、立ち上がりながら声を上げた。
レイは視線を上げる。
「いえ」
そして、木の棒を収納鞄へと仕舞う。
休憩を終え、レイたちは再び森の奥へと歩き始めた。
◇ ◇ ◇
「もう少しで里に着く」
休憩からしばらく歩いた後。
先頭を進んでいたケイシーが振り返り、そう告げた。
既に太陽は真上まで昇っている。
朝の冷気は消え、森の中にもわずかな暖かさが満ち始めていた。
「思ったよりも近かったな」
ザイアが呟く。
「……モンスターがいなさすぎやしなかったか?」
ミヤビが眉を寄せた。
「確かに……学園に侵入してきていたのに、変ですね」
シュナが、汗で張り付いた前髪を整えながら同意する。
その言葉に——
「……その答えは、これだな」
ケイシーが、鋭く目を細めた。
そして、弓を構える。
——瞬間。
茂みから、狼型のモンスターが現れた。
一体だけではない。
目視できるだけで五、六体。
だが、それ以上の気配が森の奥から伝わってきた。
「……囲まれてるな」
ザイアが腰の刀へ手を添える。
シュナも、即座に杖を構えた。
「やるか」
ミヤビが袂へ手を入れる。
ノイーダも、無言で剣に手を触れた。
——その直前。
「あの〜」
レイが、声を上げた。
全員の視線が集まる。
「僕に任せてもらってもいいですか?」
その言葉に、ノイーダがワクワクしたように笑みを浮かべた。
ザイアは片眉を上げる。
「……また、『試したいことがある』か?」
「はい!」
レイが元気よく頷いた。
ザイアはふっと口元を緩める。
だが、すぐに表情を引き締めた。
「相手は狼型だ。背後に気をつけろ」
その言葉に、レイは一瞬だけ考える。
「……ああ、なるほど。わかりました」
そして一度頷くと、腰へと手を伸ばした。
——風を生むククリ刀。
それを抜き放つと同時。
柄にある布から剣先まで、無数の細い青い光が迸った。
微かに風が、刀身へ纏う。
「レイさん、何をしたのですか?!」
ノイーダが問いかける。
レイは、ククリナイフを振りかぶった。
「風属性を付与してみようと——」
答えながら、腕を振り抜く。
「思いまして!」
二本のナイフが、空へ放たれる。
回転しながら飛翔するそれらは——空中で、ぴたりと止まった。
「……は?」
ミヤビが目を瞬かせる。
ナイフの周囲では、小さな風の渦が幾重にも発生していた。
狼型モンスターたちが、一斉に飛びかかる。
——だが。
レイは、微動だにしなかった。
「さて、では……」
にやり、と口角を上げる。
そして、片腕を大きく広げた。
「行ってください!」
瞬間、二本のナイフが別方向へ射出された。
柄から吹き上がる風が、どんどんと加速させる。
空間を裂きながら、一直線に飛んでいく。
ナイフは、モンスターが反応するよりも早く——一撃で頭部を貫いた。
モンスターが動きを止め、光の粒子となって消える。
——刹那。
ナイフが再び、ぴたりと止まる。
そして、すぐにくるりと向きを変えると、次の獲物へ飛んでいった。
「……進化しているな」
ザイアが目を細める。
その間にも、ナイフは縦横無尽に駆け巡り、モンスターを蹂躙していく。
「いいですね!」
レイの声が弾む。
モンスターが、怯んだように足を鈍らせた。
「すごい……」
ケイシーが声を漏らす。
「やはり、魔力効率が段違いです……! それに——」
レイが、一度目を閉じる。
「風が、前よりもよく感じられます……」
喜色を滲ませ、呟いた。
その時、モンスターが動きを止める。
「逃げる気よ!」
シュナの声と同時、モンスターが一斉に踵を返した。
「逃しません!」
二本のナイフが、瞬時にそれを追う。
急加速したナイフが、逃げるモンスターの背後から頭を砕いた。
そして最後の一体へ、二本のナイフが左右から挟み込むように突き進み——
同時に、貫いた。
「素晴らしい〜」
レイが、嬉しそうに微笑んだ。
——その時。
「後ろだ!」
ザイアが鋭く声を上げる。
瞬間——レイの影が、不自然に揺らいだ。
そこから、狼型のモンスターが飛び出した。
白い牙がレイへ剥く。
だが——
「やはり、ザイアさんはすごいですね」
レイが、即座に冥誘の光剣を抜き放つ。
流れるように横薙ぎに一閃し、モンスターを光の粒子へと変えた。
そのまま剣を鞘へ収める。
その直後。
ククリナイフが、弧を描いてレイの元へと戻った。
広げた両手へ、吸い込まれるように収まる。
「……なんて奴だ」
そのあまりに無駄のない一連の動きに、ミヤビが目を見開いた。
「レイさん、先ほどのは?!」
ノイーダが、興奮を隠せない様子で身を乗り出した。
「属性付与の魔工刻印です」
レイがにこりと笑う。
「風属性を付与してみました」
「属性付与……装備能力との複合ですか……!」
ノイーダの視線が、ククリナイフへ釘付けになる。
レイは見やすいようにと軽く持ち上げた。
——その瞬間。
ふいに、青い光がレイの近くへと現れる。
「お?」
レイが目を瞬かせた。
蝶のような羽を持つ、小さな光。
それが、レイの肩に留まる。
「また……」
ケイシーが目を見開いた。
レイがそっと指を伸ばす。
精霊は、嬉しそうに指先へすり寄った。
「また来てくれたんですね〜」
レイは、呑気に微笑んでいる。
——がさり、と。
近くの茂みが大きく揺れた。
反射的に、全員が視線を向ける。
そこにいたのは——一人の子供だった。
尖った耳。
金色の髪。
翡翠色の瞳。
「……!」
子供の目は、真っ直ぐレイへと向けられていた。
「子供?」
レイが小さく呟く。
子供はレイと目が合った瞬間、びくりと肩を震わせた。
そしてくるりと踵を返し、森の奥へ駆け出した。
「……どちらさまだったんでしょう?」
レイが、小さく首を傾げた。
「随分と慌てていたな」
「多分……報告しに行ったんだろう」
ザイアの言葉に、ケイシーが答えた。
そして、前方を見据える。
「そろそろ近い」
その言葉とともに、一行は再び歩き出した。
◇ ◇ ◇
少し歩いた先。
それまで視界を覆っていた木々が、大きく開けた。
「……おお」
ノイーダが目を見開く。
その先に広がっていたのは、集落だった。
巨大な木々と共存するように築かれた里。
太い枝の上に並ぶ家々。
蔦を利用した通路。
風に揺れる淡い布。
自然と一体化した、美しい里。
「綺麗……」
シュナが、思わず声を漏らした。
「これが、エルフの里……」
ザイアも感嘆したように眉を上げる。
——だが。
その空気は、歓迎とは程遠かった。
「人族だ……」
「なぜここに……」
エルフたちの視線が集まる。
警戒。困惑。そして、敵意。
中には弓を構える者までいた。
しかし。
「……あれはまさか」
一人のエルフが、目を見開いた。
「精霊さま……?」
視線の先。
そこには、最後列に並ぶレイの周りを、楽しそうに羽ばたいている精霊の姿があった。
驚愕と好奇が混じったざわめきが広がる。
その中で、ケイシーが前へ出た。
「里長はいるか?」
エルフたちが顔を見合わせる。
だが、返事が返る前に——
「なんの騒ぎだ!」
厳しい声が響いた。
人垣が割れる。
現れたのは、年老いた一人のエルフだった。
長い耳に、豪奢な衣。
そして、長い年月を生きてきた者だけが持つ威圧感。
「ガイダさん……」
ケイシーがわずかに眉を寄せる。
ガイダが、鋭い視線を向けた。
「……なぜここに、人族がいる」
ケイシーは、目を逸らすことなく答える。
「彼らは客人だ」
「客人だと?」
ガイダが鼻を鳴らした。
「ルインの娘……貴様……」
その瞳には、露骨な侮蔑が滲んでいる。
「一体何を企んでおる?」
ケイシーがわずかに唇を噛む。
周囲の空気が張り詰めた。
「……どうやら、歓迎とはいかないらしいな」
ザイアが静かに呟く。
言葉は理解できなかったが、察するには雰囲気だけで十分だった。
「……どうすんだ? お前が喋んのか?」
ミヤビの問いに、ザイアは首を横に振る。
「ここで私が出しゃばったら、ケイシーの立場が悪くなる可能性がある」
ザイアはちらりとレイを見る。
レイはといえば——
顔の周りを舞う精霊を、微笑みを浮かべて眺めていた。
まるで周囲の緊張など存在しないかのように。
だが——
「まったく……親子共々鉄いじりばかりしている里の恥が、厄介ごとまで持ってきおって」
レイの指が、ぴくりと動く。
聞き流せなかったその言葉に、レイはゆっくりと顔を上げた。
そして、ガイダへと視線を向ける。
「……ケイシーさんの矢に、鉄いじりなどという言葉は相応しくありません」
静かな声だった。
だが、そこに宿る感情は明確だった。
——怒り。
レイの瞳は、はっきりとした怒気が浮かんでいた。
「……っ」
初めてレイへと視線を向けたガイダが、言葉を詰まらせる。
本来なら、驚くべきことは他にもあった。
人族と会話ができていること。
近くに精霊が飛んでいること。
しかし——目の前の少年が纏う張り詰めた空気に、ガイダはただ圧倒されていた。
精霊が、レイの目の前を横切るようにひらりと飛ぶ。
まるで宥めるかのようなその動きに、レイの肩からわずかに力が抜ける。
「……人族風情が——」
ガイダが言い返そうとした、その時——
「何事じゃ」
別の声が割って入る。
杖をついた一人の老人。
白い髪。
深い皺。
しかし、その瞳には衰えぬ知性が宿っている。
周囲のエルフたちが、自然と道を開けた。
「里長……!」
ケイシーが眉を上げる。
里長は、ゆっくりと一同を見回した。
そして——視線が止まる。
「……ほう?」
その先にいたのは、レイ。
そして、その周りを飛ぶ精霊だった。
里長の目が、大きく見開かれる。
「精霊さまが……懐いておられる……?」
ざわり、と。
周囲のエルフたちがどよめいた。
「やはりあれが、精霊さま……」
「初めて見た……」
驚愕の声があちこちから上がる。
里長は、しばし無言でレイを見つめた。
精霊は、再び楽しそうにレイの周りを飛び回っていた。
まるで、長年の友人へ接するかのように。
それを見た里長は、小さく笑った。
「面白い」
そして、杖を鳴らす。
「その客人たちを、儂の家へ通しなさい」
一言だけ告げる。
「里長?!」
ガイダが声を上げた。
だが、里長は振り返らない。
「責任は、儂が持つ」
それだけ言い残し、ゆっくりと歩き去っていった。
残されたガイダは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
ケイシーが、小さく息を吐く。
そして、ザイアたちへ振り返った。
「……里長が、中へ入る許可をくれた」
その言葉に、ザイアが頷く。
「感謝する」
「ついてきて」
ケイシーが歩き出す。
その背中を追うように、レイたちはエルフの里へと足を踏み入れた。
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