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第10話「大屍魔法使《エルダーリッチ》」

「う〜〜〜ん……」


 椅子に座り、腕を組んで唸るレイの視線の先には、机があった。

 その上に、二つの装備が並べられている。


 細身の円環に、繊細な刻印が巡る金の腕輪。

 光を屈折させ、輪郭すら曖昧にしている薄らと青い水晶の耳飾り。


 視界に、青い半透明のウィンドウが浮かぶ。


 『蓄光の腕輪(ルミナスブレス)

 ——防御力:E-

 ——状態異常耐性:F

 事前に溜めた魔力を消費して、わずかに光る腕輪。

 光源としては頼りないが、暗闇で自分の居場所を示すには最適。


 『偏向の蒼き耳飾り(フェイズイヤリング)

 ——防御力:F

 ——状態異常耐性:D+

 状態異常魔法などの魔法効果を軽減するための耳飾り。

 ただし、味方の強化魔法や回復魔法も弱めてしまう。


「どちらも冥誘の剣(コールオブハデス)と相性が良さそうなんですよね〜……」


 ぽつりと呟き、レイは目を閉じた。

 頭の中で、それぞれの組み合わせを試す。


「う〜〜〜ん……」


 再び、唸る。

 首を傾げ、思考を巡らせる。

 ……数秒。

 そして——


「あ」


 はたと目を見開いた。


「どっちも持っていけばいいじゃないですか」


 至極当然の結論に、自分で納得したように呟く。


「我ながら名案ですね」


 うんうんと頷きながら、腕輪を左手首に装着し、耳飾りを右耳にかける。

 軽く体を動かして感触を確かめると、満足げに笑みを浮かべた。

 そして、視線を落とす。

 その先には、腰に差された漆黒の剣。


「しかし……融合する前に、この剣の性能も試してみたいですね」


 ふむ、とレイが顎に手を当てる。

 一瞬考えた後、すぐに結論を出した。


「ザイアさんにお願いしますか」


 立ち上がり、軽く伸びをする。


「まだ体育館にいらっしゃいますかね」


 そう呟きながら、レイは扉へと向かう。

 そして迷いなくそれを開け、自室を後にした。


◇ ◇ ◇


 学生寮から体育館へ向かう途中。

 中庭に差し掛かったところで、レイは正面から歩いてくる人影に気づいた。


「おや?」


 視線の先にいたのは、ザイア。

 そして——その隣に、見覚えのある少年。

 レイはわずかに眉を上げると、少年の方もこちらに気づいた。

 少年は微笑を浮かべ、ひらひらと手招きする。

 レイは軽く駆け寄った。


「さっきはありがとうね。君のおかげでちゃんと会えたよ」

「いえ。大したことはしてません」


 レイが小さく首を横に振る。


「……知り合いなのか?」


 その会話に、ザイアが問いかけた。


「さっき、この子からザイアの居場所を聞いたんだ」


 そう言ってから、少年は「あ」と思い出したように目を見開いた。


「おっと。そういえば、自己紹介がまだだったね」


 レイへ向き直り、手を差し出す。


「俺の名前はテイル。執行部(ハイカウンシル)所属で、生徒会副会長をしている。よろしく」


(なるほど。だから見覚えがあったんですね)


 少年——テイルの手を見ながら、レイが脳内で独りごちた。


「一年のレイです。よろしくお願いします」


 そう言いながら、手を握る。

 ——その瞬間。


「いたっ……」


 チクリとした痛みが、手のひらに走った。

 反射的に手を引く。

 視線を落とすと、手のひらの中央に小さな赤い点ができていた。


「引っかかった〜!」


 テイルが悪戯っぽく笑って手を振る。

 その手首からは、細い針がにょきりと伸びていた。


「またお前は……そんな子供じみたことをして」


 ザイアが呆れたようにため息をつく。


「これが俺なりの挨拶なの。子供心を忘れない、いい挨拶だろ?」


 八重歯を覗かせて笑うテイルに、ザイアは「やれやれ」と首を振った。


「こいつはいつもこうなんだ。悪気があるわけじゃ——」


 そこまで言って、ザイアの言葉が止まる。

 レイの目が——きらきらと輝いていた。


「もしかして、仕込み針ですか?!」


 ぐいっと、一歩踏み出す。


「どんな構造なんですか?! 見せてもらってもいいですか?!」


 食い入るように見上げる。

 その勢いに、テイルが一瞬目を丸くし——


「どうしようザイア」


 そして、すぐに楽しそうな笑顔を浮かべた。


「この子、面白いんだけど」


 それから、テイルははしゃいだように説明を始め、レイは嬉々としてそれを聞いていた。

 その二人の様子に、ザイアは苦笑を浮かべて肩をすくめた。


「俺のジョブは影斥候士(シャドウスカウト)だから、隠し武器がいっぱいあるんだぜ」

「かっこいいです! 見たいです!」


 レイが瞳をきらめかせる。

 だが、テイルは指を振った。


「チッチッチ。そいつはできない相談だ。見せないから、『隠し武器』なんだぜ」

「……それもそうですね」


 レイが素直に深く頷く。


「それよか、レイはなんでここに? なんか用事があったんじゃないのか?」

「あ」


 言われて、レイがはっとする。


「そうでした……ザイアさん」

「なんだ」

「ダンジョンで武器を試したいんです。行ってもいいですか?」


 その言葉に、ザイアがわずかに眉を上げた。


「……なぜ私に聞く?」

「先ほど、『また呼ぶ』と言っていたので」

「ああ……」


 ザイアは微かに笑う。


「第二階層の攻略と、未帰還者の捜索を頼むつもりだった。ソロは危険だから、誰かと組んで行ってほしい」

「わかりました」


 その会話に、テイルが即座に口を開いた。


「じゃあ、俺と一緒に行こうぜ!」


 笑顔の提案に、レイは少しだけ目を瞬かせ——


「はい!」


 元気よく頷いた。

 そのまま二人が歩き出そうとした瞬間。


「はいじゃない」


 ぐい、と腕を掴まれる。


「レイ……それにテイルも。今何時だかわかっているのか?」


 言われて、レイは中庭の時計塔を見上げる。

 示していた時刻は、午後十時。


「太陽も月も見えないから、時間感覚が狂うのは仕方ない。だが——」


 レイの腕を離し、ザイアが静かに告げる。


「ダンジョンは、明日だ」


 レイは、わずかに肩をおとす。


「……わかりました」


 しょぼんとしたその様子に、ザイアは胸が締め付けられた。


(……その顔をされると、罪悪感が込み上げるな……)


 そして、幾分か逡巡した後——レイの頭に手を伸ばした。

 躊躇いがちに、ぽん、ぽん、と優しく撫でる。


「……明日、存分に試すといい」


 レイはザイアを見上げ、柔らかく笑った。


「はい」


(っ……)


 その笑顔に、胸がきゅっとなる。


「その……無理はするなよ。危険だと思ったら、すぐに撤退すること」

「ありがとうございます」

「それから——」


 レイの頭を撫でながら、ザイアはつらつらと言葉を並べた。

 だが、その内容は曖昧だった。

 手に伝わる柔らかい髪の感触に集中しており、言葉は無意識に吐き出されているだけだからだ。


「……ザイア?」


 不自然に長いその仕草に、テイルが怪訝そうに名前を呼んだ。

 ザイアはハッと目を見開き、慌てて手を引く。

 そして、わざとらしく咳払いをした。


「……すまない」


 謝罪の言葉に、レイは不思議そうに小首を傾げる。


「どうして謝るんですか?」


 ザイアは、一瞬言葉に詰まった。


「え、ああ……いや……」

「クク……」


 たじろぐザイアに、テイルがくぐもった笑いを漏らした。

 ザイアがわずかに睨む。


「おっと」


 テイルは肩をすくめてから、話題を戻した。


「レイ。明日の朝、学生寮前で集合しよう。それからダンジョンだ」

「はい!」


 元気な返事。

 ザイアも、もう一度咳払いをしてから口を開く。


「では、今日はしっかり休むこと。いいな」

「わかりました。では、失礼します」


 ぺこりと頭を下げ、レイは寮へと戻っていった。

 遠くなるその背中を見送りながら——


「……好きなの?」


 テイルが、ぽつりと問いかけた。


「なっ……?!」


 突然の言葉に、ザイアがぎょっと目を見開く。


「お前、何を……?!」

「いやだって……ザイアがあんなに歯切れ悪くなるの、初めて見たし」


 ザイアは強く首を振る。


「違う! ただ——」

「……ただ?」


 考えるように目を伏せてから、おずおずと口にする。


「……可愛いな、と思うことが多いだけで」

「ああ、そう……」


 テイルはやれやれと肩をすくめた。


(道は遠そうだな)


 そして、ぽん、とザイアの肩を叩く。


「ま、頑張れよ」


 そのまま、軽い足取りで去っていく。


「だから……! まったく……」


 ザイアは大きく息を吐き、微かに眉を寄せていた。


◆ ◆ ◆


 翌朝。

 学生寮の前に着いたレイは、すでに待っていた人影に気づいた。


「おはようございます」

「お、来た来た」


 声をかけたレイに、テイルが片手を上げて応える。

 その隣には、他に四人。

 シュナ。リアン。ガルドス。イリス。


「テイルさんだけじゃないんですね」

「ああ。面白そうなメンツに声をかけた」


 にやりと笑うテイルを、シュナが半眼で睨む。


「面白そうって……」

「まあ、確かに面白そうではあるな」


 ガルドスがそう言って、豪快に笑った。


「ザイアも誘ったんだけど……」


 テイルは言葉を切り、ちらりとレイを見る。


交換黒箱エクスチェンジボックスの管理があるから来れないってさ」

「そうですか」


 短く返したレイは、わずかに肩を落としていた。


(お?)


 テイルの眉が、ほんの少しだけ動く。

 だが、レイはすぐに表情を戻し、リアンへと視線を向けた。


「もう大丈夫なんですか?」


 問われたリアンは、静かに頷く。


「デキアが攻略組に志願した。なのに、俺がいつまでも引っ込んでるわけにはいかないからね」

「そうでしたか」


 そのやりとりに、イリスが横から口を挟む。


「使えなかったら置いてくからな」


 冷たい一言。

 だが——


「ぜひそうしてください」


 リアンは、笑ってそう返した。

 イリスがわずかに口角を上げる。


「じゃあ行こうぜ〜」


 テイルが軽い調子で歩き出す。

 他の面々もそれに続いた。

 ダンジョンへの道すがら、テイルが肩越しに振り返って口を開いた。


「目的は二つ。第二階層のボス部屋の探索と、未帰還者の捜索だ」

「未帰還者のリストはあるのか?」


 イリスが問う。


「全部で八人。全員、蒼き円環(トーラスサファイア)のメンバーだ」

「……あの傲慢ちきのところか」


 ガルドスが顔を顰める。


「……まだ、ダンジョンに残ってるんですか」


 レイが、わずかに目を見開いた。

 その呟きと顔に、シュナが躊躇いがちに口を開く。


「……もしかして、レイが追放されたのって」


 その言葉を、レイは首肯する。


「はい。蒼き円環からです」

「え、そうだったの?」


 テイルが軽く驚く。


「ちょっとミステイクだったか……?」


 レイが首を横に振る。


「いえ。特に気にしてませんから」


 テイルが、レイの瞳を覗き込んだ。


「……そっか。ならよかった」


 ひとつ頷き、前を向く。


 会話を交わしながら、レイたちは体育館の横を抜け、ダンジョン前広場へと続く石畳の道を歩いた。

 歩くたび、レイの腰に差した漆黒の剣がわずかに揺れる。


「お、その剣」


 ガルドスが、その剣に視線を向けた。


「あの騎乗骸骨(スケルトンライダー)のドロップ武器か」

「そうなんです。この剣の性能を試したくて」


 肩越しに振り返り、柄に触れる。

 じわりと、鞘の周囲に黒いもやが纏った。


「……すでに魔力を込めてるのか?」

「はい、限界まで。あの伸びた影、魔力を変換して作られていたので」

「なるほど。それが臨戦状態ってわけか」


 レイが頷く。

 その間にも、黒いもやは揺らめき続けている。


「その剣、防具なんだったよな?」

「ええ。ステータス上はそうです」

「ふむ……」


 ガルドスが顎に手を当てる。


「俺にはステータスとやらは見えんが……初めから防具として作られたとは思えんな」

「僕もそう思います」

「となると——」


 ガルドスが口元を歪める。


「レイと同じことをした奴が、過去にいたってことだな」

「そうですね」


 レイも同意する。


「ダンジョンには、『所有者のいない装備』が集まりますから。それを拾ったのでしょう」


 二人が納得したように頷き合った。


「おっと、そうだ」


 ガルドスが収納鞄(インベントリ)に手を入れる。

 取り出したのは、銀色の指輪。


「これ、約束の圧縮弾の指輪(プレッシャーリング)だ」

「おお! ありがとうございます!」


 レイの目が一気に輝く。

 その場で立ち止まり、指に嵌めた。


「相変わらず、美しい造形です……」


 空に掲げ、うっとりと眺める。


「そんなに見てくれるとは、作り手冥利に尽きるな」

「螺旋の溝の機能性と意匠のバランスが完璧ですから。何時間でも見ていられますよ」

「そうかそうか」


 ガルドスが満足そうに何度も頷く。


「お〜い。着いたぞ〜」


 その時、前方からテイルが呼びかけた。


「使い方は任せる。レイの発想は面白いからな」

「はい。ありがとうございます」


 頭を下げたレイに、ガルドスは軽く手を挙げて応える。

 そして、二人が歩き出す。

 六人が揃ったことを確認し、テイルが足元を指差した。

 そこには、一つの幾何学模様が青く光っていた。


「これが、第二階層への転移魔法陣。今まであった第三階層以降のは消えてるな」

「ああ。だが、攻略で解放されるのは従来通りだろう」


 イリスが応じる。


「さて——」


 テイルが軽く肩を回した。


「やっぱり脱出には攻略が鍵だろうし、行きますか〜」


 気軽な調子で、魔法陣に触れる。

 その瞬間——

 全員の視界が、白く染まった。


 数瞬の後、光が収まる。

 視界に広がったのは、開けた空間だった。


 岩肌が剥き出しの壁。

 そこに点々と生える小さな植物が、淡い光を放っている。

 足元はでこぼことしており、少々立ちにくい。


 ——その薄暗い空間の中央に、それはいた。

 朽ちた身体。

 枯れた木でできた杖。

 全身から溢れ出す、圧倒的な魔力。


「マジかよ……?!」


 テイルが、低く呟く。

 くすんだ深緑のローブを纏ったその存在が、ぐるりとこちらへ顔を向ける。


 ——ぞわり、と。

 視線が合った瞬間、六人の背筋に悪寒が走った。


「……ガギゴ」


 低く、掠れた声。

 次の瞬間——

 その背後に、槍状の氷と土が生成される。


「リアン、防いで!」


 シュナが叫ぶ。

 半ば反射的にリアンが前へ出て、大剣を斜めに構えた。

 その場所へ、わずかにタイミングをずらした氷と土の槍が放たれる。

 高速で飛んできたそれを、ギンッという鈍い音とともにリアンが防いだ。

 だが——


「ぐっ……?!」


 太ももに走った激痛に、足の力が抜ける。

 ——幻肢痛。

 心に噛み付いてくる、無いはずの痛み。

 それにより膝を折ったリアンへ、土の槍が一直線に迫った。


「チッ……!」


 イリスが舌打ちし、両の手のひらを合わせる。

 同時、テイルが槍に手をかざす。

 さらに同時、ガルドスが指輪に魔力を流し込む。

 ——だが、それよりも早く。

 レイの冥誘の剣から伸びた影が、槍へと叩きつけられた。

 衝撃により、軌道が逸れる。


「ヒュー!」


 テイルが口笛を吹く。

 土の槍はリアンの横を掠め、後方の壁へと突き刺さった。


「わ、悪い。助かった」


 リアンが悔しげに歯噛みする。


「いえ」


 レイが短く返す。

 その視線はすでに、自らの手元へ落ちていた。


(今のを貫けませんか……なら、こっちですかね)


 一瞬の思考の後、金色の腕輪へ指を伸ばした。


「……大屍魔法使(エルダーリッチ)ね」


 正面を見据えたシュナが呟く。


「……おい、リアン」


 イリスに呼ばれ、リアンが顔を上げる。

 額には、大量の汗が滲んでいた。


「私のジョブは知っているな」

「……はい。水霊術師(アクアマンサー)です」

「そうだ」


 イリスが両手を合わせる。

 そして、リアンの方へと腕を振った。

 呼応するように空間から現れた透明な水流が、リアンの太ももを包み込む。


「それは回復の清流(ヒーリングフロウ)。水霊術師の回復魔法だ」


 イリスはモノクルを押し上げて、言い聞かせるように続ける。


「だが、その魔法は反応していない。つまり、お前の脚は怪我をしていないということだ」


 目を細め、リアンを見据える。


「それでも立ち上がれないなら——帰れ」


 冷え切ったような声音。

 だが——リアンは、ふっと口角を上げた。


「ありがとうございます」


 そう言って膝に手を置くと——勢いよく立ち上がった。


「ぁあっ……!」


 両足で地面を踏みしめ、大剣を担ぐ。

 その姿に、イリスがにやりと笑った。

 ——直後。

 レイの手元に、青い歯車が浮かび上がった。


「お?!」


 ガルドスが身を乗り出す。

 歯車はかちりと嵌ると回転し、冥誘の剣と蓄光の腕輪に魔法陣を転写した。

 次の瞬間——

 腕輪からは柔らかな光が滲み出し、剣からは黒いもやが静かに溢れた。

 やがて、装備自身も光と闇になりほどけていく。

 広がった光と闇が、空中で触れる。

 二つの境界が消え、混ざり合う。


 光が闇に沈み。

 闇が光を侵す。


 その中央に、一つの輪郭が浮かび上がった。

 ——刀身。

 だが、それは元の剣とは違う。

 漆黒の刃の中央に、一本の細い線が走っている。

 金色をしたそれは、淡い光を放っていた。

 柄の部分には、腕輪にあった刻印が巡っている。


 『冥誘の光剣(コールオブハデス)

 ——防御力:B

 ——状態異常耐性:A


「ん〜……! 素晴らしい〜」


 レイが満足げに微笑む。


「……ゲゲグ、ガグ」


 その時、不気味な声が通った。

 大屍魔法使の背後に、光の玉が現れる。

 一拍の後、それらはあらゆる属性に変質する。

 火、水、風、闇、光——

 色とりどりの属性弾が浮遊し、揺れる。


「イリスさん!」

「半分だ!」


 シュナの声に、イリスが即座に答える。


「右半分は防ぐ!」


 叫びながら、手を合わせた。

 それを見たレイが、一歩前に出る。


「左側は僕が」


 言いながら、剣を構える。


「じゃあ、俺は正面だな」


 リアンも前に出て、並ぶ。

 直後、属性弾が飛来する。


 ——右翼。

 レイとリアンの後ろで、イリスが右腕を振る。

 動きに呼応するように、正面の右半分を透明な水の壁が覆った。

 その壁が、属性弾の半数を受け止める。


 ——正面。

 リアンが横に構えた大剣に、属性弾がぶつかる。

 的確な動きで軌道を逸らし、天井や壁へと叩きつける。


 ——そして、左翼。

 レイは、一心に属性弾を見据えていた。

 その瞳には、他の何も映っていない。

 ただ、魔法だけを追っている。


 ——ゆらり、と。

 冥誘の光剣が揺れる。

 正確無比に。

 迫り来る魔力の塊——属性弾の一つを、その剣先が捉えた。


 その瞬間——ボフッ、と。

 属性弾が霧散する。

 その場に広がった魔力が、黒く染まる。

 刀身に走る光の筋が淡く輝き、そこへ漆黒の魔力が吸い込まれた。


 だがそれは、一瞬のこと。

 レイは、すぐに他の属性弾へと視線を移した。

 最小限の動きで、剣先や中腹、元刃をぶつけ、吸収する。


「魔法を……切ってる……?」


 慄くように、イリスが呟く。

 その声も。

 自分の息遣いすら、レイの耳には届いていない。

 極限の集中の中で、瞬きすらせずに。

 ただ、処理する。

 舞うように。


「綺麗……」


 シュナの口から、感嘆の声が溢れる。

 全ての属性弾が防がれ、弾かれ、吸収された。


「オラアアアア!!!」


 ガルドスが勢いよく踏み込む。

 地面を砕き、一気に距離を詰め大剣を振り下ろす。

 それと同時。

 大屍魔法使の背後に、いつの間にか姿を消していたテイルが現れる。


「ふっ!」


 逆手に持った短剣が走る。

 二方向からの同時攻撃。

 しかし——

 大屍魔法使の周囲に、透明な膜が展開される。

 それが、二本の剣を弾き返した。

 透明な膜が微かに揺らめく。


「なに?!」

「魔力膜……?!」


 二人が、大きく目を見開いた。


「ギガギゴ」


 濁った声の後、彼らの周りに一つずつ、魔法陣が浮かび上がる。


「リアン!」

「了解!」


 シュナに短く答え、リアンがその場で大剣を振るう。

 大きく空を切った後——


「痺れな!」


 刃が、黄色に発光する。

 大屍魔法使の体が震え、魔法陣が不安定に揺れる。

 だが、大屍魔法使は無理やり魔法を発動した。

 魔法陣から、一筋の光が迸る。


眩惑の身体(ミラージュフェイズ)!」

消失する躰(トランスシン)


 二人がスキルを発動する。

 ガルドスの体を紫色の淡い光が包み、二重にブレる。

 テイルは、初めからその場所にいなかったかのように消えた。

 白い光はどちらの体も捉えることなく、地面を焦がすのみだった。

 ガルドスが大きく後退すると、大屍魔法使がわずかに杖を振る。


「ゲゲグ、ガグ……ギグガ」


 低く、しゃがれた声が響く。

 大屍魔法使の背後に、先ほどより多くの光の玉が浮遊した。


「くっ……」


 シュナが歯噛みしながら、杖を掲げる。

 だが——


「僕に消させてください」


 レイが、さらりと告げた。


「でも、もう半分はお願いしたいです」


 いつもと違わない平然としたレイの口調に、シュナはわずかに呆気に取られる。


「……できるの?」

「はい。さっきの感じなら」


 答えながらも、すでに視線は敵へ。


「ふぅ……」


 息を吐き、微かに腰を落とす。


 ——空気が、変わる。


 イリスは口角を上げた。


「私とリアンで残りを防ぐ……シュナ」

「……はい」


 イリスが再度、水の壁を展開する。

 リアンが大剣を横に構える。

 大屍魔法使が属性弾を発射する。

 レイが剣を振るう。


 それらを前に、シュナが声を上げた。


「副会長、いる?」

「はいはい」


 軽い調子の声とともに、テイルが姿を現す。

 シュナはテイルとガルドスに問いかける。


「あいつの魔力膜、強度はどのくらいでした?」

「ん〜……結構硬く感じたけど」

「けど?」

「揺らいでいたな。俺とテイルの攻撃の直後に」

「……揺らぐなら、叩けるわね」


 一拍の間、シュナが思考する。


「奴の魔力切れを待つのと、正面突破。どっちが勝機がありそう?」

「「後者」」


 テイルとガルドスの声が揃う。


「了解。なら、アタシの合図で」


 二人は一つ頷いた。


「じゃ、また後ろ取ってくるわ」

「任せた」


 短い会話の後、テイルは再度姿を消し、ガルドスは大剣を握り直した。


「リアン、聞こえた?」


 シュナの問いに、リアンは振り返らずに答える。


「おう!」


 シュナは次に、レイへと声をかける。


「レイ」


 だが、レイは聞こえたような素振りもなく、大屍魔法使から視線を外さない。

 めまぐるしく飛ぶ魔法を目で追いながら、口元には笑みが浮かんでいた。

 大屍魔法使は、そんなレイに対して属性弾を集中させる。


「レイ!」


 強く呼びかけても、届かない。

 やがて一本の剣では防ぎきれなくなり、いくつかの弾がレイの体を傷つけた。

 肌が浅く裂け、わずかに鮮血が散る。

 だが——


(楽しい……!)


 『魔法を切る』という真新しい感触が、レイの集中を爆発的に引き上げていた。

 怪我の痛みを忘れるほどに。

 それを見たイリスは、一度手を合わせてから腕を横薙ぎに振る。

 瞬間、レイの視界を水の壁が覆い、透明な水が傷ついた箇所を包んだ。


「お?」

「レイ!」


 強制的に視界を遮られ、ようやくレイが意識を引き戻す。


「は、はい!」

「火力を集中させて、一点突破するわ。アタシの合図に合わせて」


 伝えながら、シュナは自らの杖に魔力を込める。


「わかりました」


 振り向いたレイが頷く。


(最大まで魔力を吸収してみたかったですが……まあ、底も見えませんし。仕方ありません)


 そう考えつつ、剣に黒いもやを纏わせる。

 それは徐々に形を持ち、”影”へと変わった。


「……治りが遅いな」


 レイにかけた回復魔法を観察し、イリスが眉をひそめる。


「ああ、それは——」


 その言葉に、レイは自らの耳飾りに触れた。

 青い水晶の中で魔力が渦巻いている。


「この耳飾りの効果ですね」

「耳飾り?」


 レイが首肯する。


「はい。魔法の一部を水晶に転写して、軽減するんです」

「……味方の魔法の効果も減らすのか。随分と、癖の強いものを使うんだな」


 イリスが微かに眉間を歪めて言った。


「剣と相性がいいと思ったのもありますが、何より——」


 レイはそこで言葉を切ると、耳飾りがイリスによく見えるように横を向く。


「見た目がカッコよくないですか?!」


 そして、楽しそうに語り出す。


「輪郭が曖昧なほどの透明感が、まるでこの世ならざる美麗さを醸していて……!」


 その様子を見て、イリスはふっと微笑んだ。


「……そうだな」


 直後——


「ゲゲグ、ガグ……ガガガ!」


 叩きつけるような、しわがれた声。

 大屍魔法使の背後に、膨大な光の玉が出現する。


「雫よ!」


 シュナが宝石が赤く輝く杖を掲げる。

 そして——同時に、両者の魔法が放たれた。

 大屍魔法使の属性弾と、シュナの雨のような多量の水球が激突する。


「リアン! 撃ち漏らしよろしく!」

「了解!」


 爆発のように弾ける魔法の隙間を抜けてきた弾を、リアンが大剣で弾き飛ばす。

 数瞬の間、魔法同士が弾け続ける。

 シュナは大屍魔法使の弾がなくなる瞬間を見切り、叫ぶ。


「今!」


 直後——ガルドスが踏み込み、右正面から大剣を振り下ろす。

 同時、テイルが大屍魔法使の斜め後ろから短剣を突き出す。

 さらに同時。

 イリスが大きな水槍を生み出し、射出する。

 ——しかし。


「ゴゴゲ」


 大屍魔法使が、杖をくいっとわずかに引いた。

 瞬間——二発の属性弾が反転する。

 それが、ガルドスとテイルへと迫りくる。


「っ?!」


 ——防御か。

 それとも、無視して攻撃を続けるか。

 その二択を迫られた二人は——だが。

 属性弾越しに見た漆黒の影に、即座に判断を下した。


「ふん!」


 ガルドスが、属性弾を大剣で受ける。


「よっと!」


 テイルが跳躍して避ける。

 直後。

 イリスの水槍が、魔力膜にぶつかった。

 魔力膜はわずかに揺らめきつつも、その攻撃を受け切る。

 だが——


「せいっ!」


 レイが、闇を纏う冥誘の光剣(コールオブハデス)を振り下ろす。

 瞬間——

 黒よりも暗い影の刃が、解き放たれた。


「ガガ?!」


 あまりの威圧感に、大屍魔法使が声を漏らす。

 影は、空間を裂きながら進む。

 天井。地面。

 全てを切り裂きながら。


「ギガギゴ!」


 大屍魔法使がしゃがれた声で叫ぶ。

 杖から一筋の光が迸った。

 一直線に向かったそれは——影の刃に触れた瞬間、吸い込まれるように霞んで消えた。


「ガ……?!」


 上擦った声が、喉の奥から溢れる。

 そして、影の刃が、魔力膜の水槍を受けた部分へと触れる。

 ——否。

 触れたはずだった。

 受け止めるはずの膜は——薄っぺらい紙のように、容易く切り裂かれた。

 一切の形を変えず、影の刃は突き進む。


「ギ……!」


 それを避けようと、大屍魔法使が動く。

 だが——

 左右の進路を、テイルとガルドスの刃が塞いだ。


「ガガ?!」


 逃げ場をなくした大屍魔法使は——

 そのまま、影の刃によって両断された。

 断末魔もなく、光の粒子となって消滅する。


 ——だが。

 影の刃は、止まらなかった。


「……あれ?」


 レイが目を見開いて呟く。


「制御が効きません……」


 天井を裂き、地面を裂き、進み続ける。

 その先にあるのは、壁だった。


「おいおい……!」


 イリスが刃の前に水の壁を展開する。

 だが、一瞬の抵抗の後、その壁すら切り裂いた。


「どんな火力だよ……」


 そして。

 ダンジョンの壁に到達し、ようやく消える。

 その壁には、すっぱりと切られたような穴が残っていた。


「思ったより火力が出ますね」


 レイは剣を見下ろし、「ふむ」と頷く。


「最大火力を試してみたいですが、場所が問題ですね……」


 その小さな呟きに、全員が固まった。


「……今のが全力じゃないのか?」


 皆を代表し、イリスが問う。


「ええ。魔力をもっと溜められるので、その分上がると思います」


 あっさりと告げられた言葉に、シュナとイリスは口を開け。

 ガルドスは大剣を肩に担ぎ、上を向いて笑い声を上げた。

 それらの様子に、レイは不思議そうに首を傾げていた。


「クク……」


 テイルは口元を手で押さえ、面白そうに肩を揺らす。

 だが——ふと、笑みが消えた。


「……何かいる」


 目が細まる。

 見つめるのは——穴の空いた壁の先にある空間の、そのまた向こう。


「……牛頭魔鬼(ミノタウロス)?」


 そこにある強大な気配を感じ、驚愕を滲ませていた。

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