第10話「大屍魔法使《エルダーリッチ》」
「う〜〜〜ん……」
椅子に座り、腕を組んで唸るレイの視線の先には、机があった。
その上に、二つの装備が並べられている。
細身の円環に、繊細な刻印が巡る金の腕輪。
光を屈折させ、輪郭すら曖昧にしている薄らと青い水晶の耳飾り。
視界に、青い半透明のウィンドウが浮かぶ。
『蓄光の腕輪』
——防御力:E-
——状態異常耐性:F
事前に溜めた魔力を消費して、わずかに光る腕輪。
光源としては頼りないが、暗闇で自分の居場所を示すには最適。
『偏向の蒼き耳飾り』
——防御力:F
——状態異常耐性:D+
状態異常魔法などの魔法効果を軽減するための耳飾り。
ただし、味方の強化魔法や回復魔法も弱めてしまう。
「どちらも冥誘の剣と相性が良さそうなんですよね〜……」
ぽつりと呟き、レイは目を閉じた。
頭の中で、それぞれの組み合わせを試す。
「う〜〜〜ん……」
再び、唸る。
首を傾げ、思考を巡らせる。
……数秒。
そして——
「あ」
はたと目を見開いた。
「どっちも持っていけばいいじゃないですか」
至極当然の結論に、自分で納得したように呟く。
「我ながら名案ですね」
うんうんと頷きながら、腕輪を左手首に装着し、耳飾りを右耳にかける。
軽く体を動かして感触を確かめると、満足げに笑みを浮かべた。
そして、視線を落とす。
その先には、腰に差された漆黒の剣。
「しかし……融合する前に、この剣の性能も試してみたいですね」
ふむ、とレイが顎に手を当てる。
一瞬考えた後、すぐに結論を出した。
「ザイアさんにお願いしますか」
立ち上がり、軽く伸びをする。
「まだ体育館にいらっしゃいますかね」
そう呟きながら、レイは扉へと向かう。
そして迷いなくそれを開け、自室を後にした。
◇ ◇ ◇
学生寮から体育館へ向かう途中。
中庭に差し掛かったところで、レイは正面から歩いてくる人影に気づいた。
「おや?」
視線の先にいたのは、ザイア。
そして——その隣に、見覚えのある少年。
レイはわずかに眉を上げると、少年の方もこちらに気づいた。
少年は微笑を浮かべ、ひらひらと手招きする。
レイは軽く駆け寄った。
「さっきはありがとうね。君のおかげでちゃんと会えたよ」
「いえ。大したことはしてません」
レイが小さく首を横に振る。
「……知り合いなのか?」
その会話に、ザイアが問いかけた。
「さっき、この子からザイアの居場所を聞いたんだ」
そう言ってから、少年は「あ」と思い出したように目を見開いた。
「おっと。そういえば、自己紹介がまだだったね」
レイへ向き直り、手を差し出す。
「俺の名前はテイル。執行部所属で、生徒会副会長をしている。よろしく」
(なるほど。だから見覚えがあったんですね)
少年——テイルの手を見ながら、レイが脳内で独りごちた。
「一年のレイです。よろしくお願いします」
そう言いながら、手を握る。
——その瞬間。
「いたっ……」
チクリとした痛みが、手のひらに走った。
反射的に手を引く。
視線を落とすと、手のひらの中央に小さな赤い点ができていた。
「引っかかった〜!」
テイルが悪戯っぽく笑って手を振る。
その手首からは、細い針がにょきりと伸びていた。
「またお前は……そんな子供じみたことをして」
ザイアが呆れたようにため息をつく。
「これが俺なりの挨拶なの。子供心を忘れない、いい挨拶だろ?」
八重歯を覗かせて笑うテイルに、ザイアは「やれやれ」と首を振った。
「こいつはいつもこうなんだ。悪気があるわけじゃ——」
そこまで言って、ザイアの言葉が止まる。
レイの目が——きらきらと輝いていた。
「もしかして、仕込み針ですか?!」
ぐいっと、一歩踏み出す。
「どんな構造なんですか?! 見せてもらってもいいですか?!」
食い入るように見上げる。
その勢いに、テイルが一瞬目を丸くし——
「どうしようザイア」
そして、すぐに楽しそうな笑顔を浮かべた。
「この子、面白いんだけど」
それから、テイルははしゃいだように説明を始め、レイは嬉々としてそれを聞いていた。
その二人の様子に、ザイアは苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「俺のジョブは影斥候士だから、隠し武器がいっぱいあるんだぜ」
「かっこいいです! 見たいです!」
レイが瞳をきらめかせる。
だが、テイルは指を振った。
「チッチッチ。そいつはできない相談だ。見せないから、『隠し武器』なんだぜ」
「……それもそうですね」
レイが素直に深く頷く。
「それよか、レイはなんでここに? なんか用事があったんじゃないのか?」
「あ」
言われて、レイがはっとする。
「そうでした……ザイアさん」
「なんだ」
「ダンジョンで武器を試したいんです。行ってもいいですか?」
その言葉に、ザイアがわずかに眉を上げた。
「……なぜ私に聞く?」
「先ほど、『また呼ぶ』と言っていたので」
「ああ……」
ザイアは微かに笑う。
「第二階層の攻略と、未帰還者の捜索を頼むつもりだった。ソロは危険だから、誰かと組んで行ってほしい」
「わかりました」
その会話に、テイルが即座に口を開いた。
「じゃあ、俺と一緒に行こうぜ!」
笑顔の提案に、レイは少しだけ目を瞬かせ——
「はい!」
元気よく頷いた。
そのまま二人が歩き出そうとした瞬間。
「はいじゃない」
ぐい、と腕を掴まれる。
「レイ……それにテイルも。今何時だかわかっているのか?」
言われて、レイは中庭の時計塔を見上げる。
示していた時刻は、午後十時。
「太陽も月も見えないから、時間感覚が狂うのは仕方ない。だが——」
レイの腕を離し、ザイアが静かに告げる。
「ダンジョンは、明日だ」
レイは、わずかに肩をおとす。
「……わかりました」
しょぼんとしたその様子に、ザイアは胸が締め付けられた。
(……その顔をされると、罪悪感が込み上げるな……)
そして、幾分か逡巡した後——レイの頭に手を伸ばした。
躊躇いがちに、ぽん、ぽん、と優しく撫でる。
「……明日、存分に試すといい」
レイはザイアを見上げ、柔らかく笑った。
「はい」
(っ……)
その笑顔に、胸がきゅっとなる。
「その……無理はするなよ。危険だと思ったら、すぐに撤退すること」
「ありがとうございます」
「それから——」
レイの頭を撫でながら、ザイアはつらつらと言葉を並べた。
だが、その内容は曖昧だった。
手に伝わる柔らかい髪の感触に集中しており、言葉は無意識に吐き出されているだけだからだ。
「……ザイア?」
不自然に長いその仕草に、テイルが怪訝そうに名前を呼んだ。
ザイアはハッと目を見開き、慌てて手を引く。
そして、わざとらしく咳払いをした。
「……すまない」
謝罪の言葉に、レイは不思議そうに小首を傾げる。
「どうして謝るんですか?」
ザイアは、一瞬言葉に詰まった。
「え、ああ……いや……」
「クク……」
たじろぐザイアに、テイルがくぐもった笑いを漏らした。
ザイアがわずかに睨む。
「おっと」
テイルは肩をすくめてから、話題を戻した。
「レイ。明日の朝、学生寮前で集合しよう。それからダンジョンだ」
「はい!」
元気な返事。
ザイアも、もう一度咳払いをしてから口を開く。
「では、今日はしっかり休むこと。いいな」
「わかりました。では、失礼します」
ぺこりと頭を下げ、レイは寮へと戻っていった。
遠くなるその背中を見送りながら——
「……好きなの?」
テイルが、ぽつりと問いかけた。
「なっ……?!」
突然の言葉に、ザイアがぎょっと目を見開く。
「お前、何を……?!」
「いやだって……ザイアがあんなに歯切れ悪くなるの、初めて見たし」
ザイアは強く首を振る。
「違う! ただ——」
「……ただ?」
考えるように目を伏せてから、おずおずと口にする。
「……可愛いな、と思うことが多いだけで」
「ああ、そう……」
テイルはやれやれと肩をすくめた。
(道は遠そうだな)
そして、ぽん、とザイアの肩を叩く。
「ま、頑張れよ」
そのまま、軽い足取りで去っていく。
「だから……! まったく……」
ザイアは大きく息を吐き、微かに眉を寄せていた。
◆ ◆ ◆
翌朝。
学生寮の前に着いたレイは、すでに待っていた人影に気づいた。
「おはようございます」
「お、来た来た」
声をかけたレイに、テイルが片手を上げて応える。
その隣には、他に四人。
シュナ。リアン。ガルドス。イリス。
「テイルさんだけじゃないんですね」
「ああ。面白そうなメンツに声をかけた」
にやりと笑うテイルを、シュナが半眼で睨む。
「面白そうって……」
「まあ、確かに面白そうではあるな」
ガルドスがそう言って、豪快に笑った。
「ザイアも誘ったんだけど……」
テイルは言葉を切り、ちらりとレイを見る。
「交換黒箱の管理があるから来れないってさ」
「そうですか」
短く返したレイは、わずかに肩を落としていた。
(お?)
テイルの眉が、ほんの少しだけ動く。
だが、レイはすぐに表情を戻し、リアンへと視線を向けた。
「もう大丈夫なんですか?」
問われたリアンは、静かに頷く。
「デキアが攻略組に志願した。なのに、俺がいつまでも引っ込んでるわけにはいかないからね」
「そうでしたか」
そのやりとりに、イリスが横から口を挟む。
「使えなかったら置いてくからな」
冷たい一言。
だが——
「ぜひそうしてください」
リアンは、笑ってそう返した。
イリスがわずかに口角を上げる。
「じゃあ行こうぜ〜」
テイルが軽い調子で歩き出す。
他の面々もそれに続いた。
ダンジョンへの道すがら、テイルが肩越しに振り返って口を開いた。
「目的は二つ。第二階層のボス部屋の探索と、未帰還者の捜索だ」
「未帰還者のリストはあるのか?」
イリスが問う。
「全部で八人。全員、蒼き円環のメンバーだ」
「……あの傲慢ちきのところか」
ガルドスが顔を顰める。
「……まだ、ダンジョンに残ってるんですか」
レイが、わずかに目を見開いた。
その呟きと顔に、シュナが躊躇いがちに口を開く。
「……もしかして、レイが追放されたのって」
その言葉を、レイは首肯する。
「はい。蒼き円環からです」
「え、そうだったの?」
テイルが軽く驚く。
「ちょっとミステイクだったか……?」
レイが首を横に振る。
「いえ。特に気にしてませんから」
テイルが、レイの瞳を覗き込んだ。
「……そっか。ならよかった」
ひとつ頷き、前を向く。
会話を交わしながら、レイたちは体育館の横を抜け、ダンジョン前広場へと続く石畳の道を歩いた。
歩くたび、レイの腰に差した漆黒の剣がわずかに揺れる。
「お、その剣」
ガルドスが、その剣に視線を向けた。
「あの騎乗骸骨のドロップ武器か」
「そうなんです。この剣の性能を試したくて」
肩越しに振り返り、柄に触れる。
じわりと、鞘の周囲に黒いもやが纏った。
「……すでに魔力を込めてるのか?」
「はい、限界まで。あの伸びた影、魔力を変換して作られていたので」
「なるほど。それが臨戦状態ってわけか」
レイが頷く。
その間にも、黒いもやは揺らめき続けている。
「その剣、防具なんだったよな?」
「ええ。ステータス上はそうです」
「ふむ……」
ガルドスが顎に手を当てる。
「俺にはステータスとやらは見えんが……初めから防具として作られたとは思えんな」
「僕もそう思います」
「となると——」
ガルドスが口元を歪める。
「レイと同じことをした奴が、過去にいたってことだな」
「そうですね」
レイも同意する。
「ダンジョンには、『所有者のいない装備』が集まりますから。それを拾ったのでしょう」
二人が納得したように頷き合った。
「おっと、そうだ」
ガルドスが収納鞄に手を入れる。
取り出したのは、銀色の指輪。
「これ、約束の圧縮弾の指輪だ」
「おお! ありがとうございます!」
レイの目が一気に輝く。
その場で立ち止まり、指に嵌めた。
「相変わらず、美しい造形です……」
空に掲げ、うっとりと眺める。
「そんなに見てくれるとは、作り手冥利に尽きるな」
「螺旋の溝の機能性と意匠のバランスが完璧ですから。何時間でも見ていられますよ」
「そうかそうか」
ガルドスが満足そうに何度も頷く。
「お〜い。着いたぞ〜」
その時、前方からテイルが呼びかけた。
「使い方は任せる。レイの発想は面白いからな」
「はい。ありがとうございます」
頭を下げたレイに、ガルドスは軽く手を挙げて応える。
そして、二人が歩き出す。
六人が揃ったことを確認し、テイルが足元を指差した。
そこには、一つの幾何学模様が青く光っていた。
「これが、第二階層への転移魔法陣。今まであった第三階層以降のは消えてるな」
「ああ。だが、攻略で解放されるのは従来通りだろう」
イリスが応じる。
「さて——」
テイルが軽く肩を回した。
「やっぱり脱出には攻略が鍵だろうし、行きますか〜」
気軽な調子で、魔法陣に触れる。
その瞬間——
全員の視界が、白く染まった。
数瞬の後、光が収まる。
視界に広がったのは、開けた空間だった。
岩肌が剥き出しの壁。
そこに点々と生える小さな植物が、淡い光を放っている。
足元はでこぼことしており、少々立ちにくい。
——その薄暗い空間の中央に、それはいた。
朽ちた身体。
枯れた木でできた杖。
全身から溢れ出す、圧倒的な魔力。
「マジかよ……?!」
テイルが、低く呟く。
くすんだ深緑のローブを纏ったその存在が、ぐるりとこちらへ顔を向ける。
——ぞわり、と。
視線が合った瞬間、六人の背筋に悪寒が走った。
「……ガギゴ」
低く、掠れた声。
次の瞬間——
その背後に、槍状の氷と土が生成される。
「リアン、防いで!」
シュナが叫ぶ。
半ば反射的にリアンが前へ出て、大剣を斜めに構えた。
その場所へ、わずかにタイミングをずらした氷と土の槍が放たれる。
高速で飛んできたそれを、ギンッという鈍い音とともにリアンが防いだ。
だが——
「ぐっ……?!」
太ももに走った激痛に、足の力が抜ける。
——幻肢痛。
心に噛み付いてくる、無いはずの痛み。
それにより膝を折ったリアンへ、土の槍が一直線に迫った。
「チッ……!」
イリスが舌打ちし、両の手のひらを合わせる。
同時、テイルが槍に手をかざす。
さらに同時、ガルドスが指輪に魔力を流し込む。
——だが、それよりも早く。
レイの冥誘の剣から伸びた影が、槍へと叩きつけられた。
衝撃により、軌道が逸れる。
「ヒュー!」
テイルが口笛を吹く。
土の槍はリアンの横を掠め、後方の壁へと突き刺さった。
「わ、悪い。助かった」
リアンが悔しげに歯噛みする。
「いえ」
レイが短く返す。
その視線はすでに、自らの手元へ落ちていた。
(今のを貫けませんか……なら、こっちですかね)
一瞬の思考の後、金色の腕輪へ指を伸ばした。
「……大屍魔法使ね」
正面を見据えたシュナが呟く。
「……おい、リアン」
イリスに呼ばれ、リアンが顔を上げる。
額には、大量の汗が滲んでいた。
「私のジョブは知っているな」
「……はい。水霊術師です」
「そうだ」
イリスが両手を合わせる。
そして、リアンの方へと腕を振った。
呼応するように空間から現れた透明な水流が、リアンの太ももを包み込む。
「それは回復の清流。水霊術師の回復魔法だ」
イリスはモノクルを押し上げて、言い聞かせるように続ける。
「だが、その魔法は反応していない。つまり、お前の脚は怪我をしていないということだ」
目を細め、リアンを見据える。
「それでも立ち上がれないなら——帰れ」
冷え切ったような声音。
だが——リアンは、ふっと口角を上げた。
「ありがとうございます」
そう言って膝に手を置くと——勢いよく立ち上がった。
「ぁあっ……!」
両足で地面を踏みしめ、大剣を担ぐ。
その姿に、イリスがにやりと笑った。
——直後。
レイの手元に、青い歯車が浮かび上がった。
「お?!」
ガルドスが身を乗り出す。
歯車はかちりと嵌ると回転し、冥誘の剣と蓄光の腕輪に魔法陣を転写した。
次の瞬間——
腕輪からは柔らかな光が滲み出し、剣からは黒いもやが静かに溢れた。
やがて、装備自身も光と闇になりほどけていく。
広がった光と闇が、空中で触れる。
二つの境界が消え、混ざり合う。
光が闇に沈み。
闇が光を侵す。
その中央に、一つの輪郭が浮かび上がった。
——刀身。
だが、それは元の剣とは違う。
漆黒の刃の中央に、一本の細い線が走っている。
金色をしたそれは、淡い光を放っていた。
柄の部分には、腕輪にあった刻印が巡っている。
『冥誘の光剣』
——防御力:B
——状態異常耐性:A
「ん〜……! 素晴らしい〜」
レイが満足げに微笑む。
「……ゲゲグ、ガグ」
その時、不気味な声が通った。
大屍魔法使の背後に、光の玉が現れる。
一拍の後、それらはあらゆる属性に変質する。
火、水、風、闇、光——
色とりどりの属性弾が浮遊し、揺れる。
「イリスさん!」
「半分だ!」
シュナの声に、イリスが即座に答える。
「右半分は防ぐ!」
叫びながら、手を合わせた。
それを見たレイが、一歩前に出る。
「左側は僕が」
言いながら、剣を構える。
「じゃあ、俺は正面だな」
リアンも前に出て、並ぶ。
直後、属性弾が飛来する。
——右翼。
レイとリアンの後ろで、イリスが右腕を振る。
動きに呼応するように、正面の右半分を透明な水の壁が覆った。
その壁が、属性弾の半数を受け止める。
——正面。
リアンが横に構えた大剣に、属性弾がぶつかる。
的確な動きで軌道を逸らし、天井や壁へと叩きつける。
——そして、左翼。
レイは、一心に属性弾を見据えていた。
その瞳には、他の何も映っていない。
ただ、魔法だけを追っている。
——ゆらり、と。
冥誘の光剣が揺れる。
正確無比に。
迫り来る魔力の塊——属性弾の一つを、その剣先が捉えた。
その瞬間——ボフッ、と。
属性弾が霧散する。
その場に広がった魔力が、黒く染まる。
刀身に走る光の筋が淡く輝き、そこへ漆黒の魔力が吸い込まれた。
だがそれは、一瞬のこと。
レイは、すぐに他の属性弾へと視線を移した。
最小限の動きで、剣先や中腹、元刃をぶつけ、吸収する。
「魔法を……切ってる……?」
慄くように、イリスが呟く。
その声も。
自分の息遣いすら、レイの耳には届いていない。
極限の集中の中で、瞬きすらせずに。
ただ、処理する。
舞うように。
「綺麗……」
シュナの口から、感嘆の声が溢れる。
全ての属性弾が防がれ、弾かれ、吸収された。
「オラアアアア!!!」
ガルドスが勢いよく踏み込む。
地面を砕き、一気に距離を詰め大剣を振り下ろす。
それと同時。
大屍魔法使の背後に、いつの間にか姿を消していたテイルが現れる。
「ふっ!」
逆手に持った短剣が走る。
二方向からの同時攻撃。
しかし——
大屍魔法使の周囲に、透明な膜が展開される。
それが、二本の剣を弾き返した。
透明な膜が微かに揺らめく。
「なに?!」
「魔力膜……?!」
二人が、大きく目を見開いた。
「ギガギゴ」
濁った声の後、彼らの周りに一つずつ、魔法陣が浮かび上がる。
「リアン!」
「了解!」
シュナに短く答え、リアンがその場で大剣を振るう。
大きく空を切った後——
「痺れな!」
刃が、黄色に発光する。
大屍魔法使の体が震え、魔法陣が不安定に揺れる。
だが、大屍魔法使は無理やり魔法を発動した。
魔法陣から、一筋の光が迸る。
「眩惑の身体!」
「消失する躰」
二人がスキルを発動する。
ガルドスの体を紫色の淡い光が包み、二重にブレる。
テイルは、初めからその場所にいなかったかのように消えた。
白い光はどちらの体も捉えることなく、地面を焦がすのみだった。
ガルドスが大きく後退すると、大屍魔法使がわずかに杖を振る。
「ゲゲグ、ガグ……ギグガ」
低く、しゃがれた声が響く。
大屍魔法使の背後に、先ほどより多くの光の玉が浮遊した。
「くっ……」
シュナが歯噛みしながら、杖を掲げる。
だが——
「僕に消させてください」
レイが、さらりと告げた。
「でも、もう半分はお願いしたいです」
いつもと違わない平然としたレイの口調に、シュナはわずかに呆気に取られる。
「……できるの?」
「はい。さっきの感じなら」
答えながらも、すでに視線は敵へ。
「ふぅ……」
息を吐き、微かに腰を落とす。
——空気が、変わる。
イリスは口角を上げた。
「私とリアンで残りを防ぐ……シュナ」
「……はい」
イリスが再度、水の壁を展開する。
リアンが大剣を横に構える。
大屍魔法使が属性弾を発射する。
レイが剣を振るう。
それらを前に、シュナが声を上げた。
「副会長、いる?」
「はいはい」
軽い調子の声とともに、テイルが姿を現す。
シュナはテイルとガルドスに問いかける。
「あいつの魔力膜、強度はどのくらいでした?」
「ん〜……結構硬く感じたけど」
「けど?」
「揺らいでいたな。俺とテイルの攻撃の直後に」
「……揺らぐなら、叩けるわね」
一拍の間、シュナが思考する。
「奴の魔力切れを待つのと、正面突破。どっちが勝機がありそう?」
「「後者」」
テイルとガルドスの声が揃う。
「了解。なら、アタシの合図で」
二人は一つ頷いた。
「じゃ、また後ろ取ってくるわ」
「任せた」
短い会話の後、テイルは再度姿を消し、ガルドスは大剣を握り直した。
「リアン、聞こえた?」
シュナの問いに、リアンは振り返らずに答える。
「おう!」
シュナは次に、レイへと声をかける。
「レイ」
だが、レイは聞こえたような素振りもなく、大屍魔法使から視線を外さない。
めまぐるしく飛ぶ魔法を目で追いながら、口元には笑みが浮かんでいた。
大屍魔法使は、そんなレイに対して属性弾を集中させる。
「レイ!」
強く呼びかけても、届かない。
やがて一本の剣では防ぎきれなくなり、いくつかの弾がレイの体を傷つけた。
肌が浅く裂け、わずかに鮮血が散る。
だが——
(楽しい……!)
『魔法を切る』という真新しい感触が、レイの集中を爆発的に引き上げていた。
怪我の痛みを忘れるほどに。
それを見たイリスは、一度手を合わせてから腕を横薙ぎに振る。
瞬間、レイの視界を水の壁が覆い、透明な水が傷ついた箇所を包んだ。
「お?」
「レイ!」
強制的に視界を遮られ、ようやくレイが意識を引き戻す。
「は、はい!」
「火力を集中させて、一点突破するわ。アタシの合図に合わせて」
伝えながら、シュナは自らの杖に魔力を込める。
「わかりました」
振り向いたレイが頷く。
(最大まで魔力を吸収してみたかったですが……まあ、底も見えませんし。仕方ありません)
そう考えつつ、剣に黒いもやを纏わせる。
それは徐々に形を持ち、”影”へと変わった。
「……治りが遅いな」
レイにかけた回復魔法を観察し、イリスが眉をひそめる。
「ああ、それは——」
その言葉に、レイは自らの耳飾りに触れた。
青い水晶の中で魔力が渦巻いている。
「この耳飾りの効果ですね」
「耳飾り?」
レイが首肯する。
「はい。魔法の一部を水晶に転写して、軽減するんです」
「……味方の魔法の効果も減らすのか。随分と、癖の強いものを使うんだな」
イリスが微かに眉間を歪めて言った。
「剣と相性がいいと思ったのもありますが、何より——」
レイはそこで言葉を切ると、耳飾りがイリスによく見えるように横を向く。
「見た目がカッコよくないですか?!」
そして、楽しそうに語り出す。
「輪郭が曖昧なほどの透明感が、まるでこの世ならざる美麗さを醸していて……!」
その様子を見て、イリスはふっと微笑んだ。
「……そうだな」
直後——
「ゲゲグ、ガグ……ガガガ!」
叩きつけるような、しわがれた声。
大屍魔法使の背後に、膨大な光の玉が出現する。
「雫よ!」
シュナが宝石が赤く輝く杖を掲げる。
そして——同時に、両者の魔法が放たれた。
大屍魔法使の属性弾と、シュナの雨のような多量の水球が激突する。
「リアン! 撃ち漏らしよろしく!」
「了解!」
爆発のように弾ける魔法の隙間を抜けてきた弾を、リアンが大剣で弾き飛ばす。
数瞬の間、魔法同士が弾け続ける。
シュナは大屍魔法使の弾がなくなる瞬間を見切り、叫ぶ。
「今!」
直後——ガルドスが踏み込み、右正面から大剣を振り下ろす。
同時、テイルが大屍魔法使の斜め後ろから短剣を突き出す。
さらに同時。
イリスが大きな水槍を生み出し、射出する。
——しかし。
「ゴゴゲ」
大屍魔法使が、杖をくいっとわずかに引いた。
瞬間——二発の属性弾が反転する。
それが、ガルドスとテイルへと迫りくる。
「っ?!」
——防御か。
それとも、無視して攻撃を続けるか。
その二択を迫られた二人は——だが。
属性弾越しに見た漆黒の影に、即座に判断を下した。
「ふん!」
ガルドスが、属性弾を大剣で受ける。
「よっと!」
テイルが跳躍して避ける。
直後。
イリスの水槍が、魔力膜にぶつかった。
魔力膜はわずかに揺らめきつつも、その攻撃を受け切る。
だが——
「せいっ!」
レイが、闇を纏う冥誘の光剣を振り下ろす。
瞬間——
黒よりも暗い影の刃が、解き放たれた。
「ガガ?!」
あまりの威圧感に、大屍魔法使が声を漏らす。
影は、空間を裂きながら進む。
天井。地面。
全てを切り裂きながら。
「ギガギゴ!」
大屍魔法使がしゃがれた声で叫ぶ。
杖から一筋の光が迸った。
一直線に向かったそれは——影の刃に触れた瞬間、吸い込まれるように霞んで消えた。
「ガ……?!」
上擦った声が、喉の奥から溢れる。
そして、影の刃が、魔力膜の水槍を受けた部分へと触れる。
——否。
触れたはずだった。
受け止めるはずの膜は——薄っぺらい紙のように、容易く切り裂かれた。
一切の形を変えず、影の刃は突き進む。
「ギ……!」
それを避けようと、大屍魔法使が動く。
だが——
左右の進路を、テイルとガルドスの刃が塞いだ。
「ガガ?!」
逃げ場をなくした大屍魔法使は——
そのまま、影の刃によって両断された。
断末魔もなく、光の粒子となって消滅する。
——だが。
影の刃は、止まらなかった。
「……あれ?」
レイが目を見開いて呟く。
「制御が効きません……」
天井を裂き、地面を裂き、進み続ける。
その先にあるのは、壁だった。
「おいおい……!」
イリスが刃の前に水の壁を展開する。
だが、一瞬の抵抗の後、その壁すら切り裂いた。
「どんな火力だよ……」
そして。
ダンジョンの壁に到達し、ようやく消える。
その壁には、すっぱりと切られたような穴が残っていた。
「思ったより火力が出ますね」
レイは剣を見下ろし、「ふむ」と頷く。
「最大火力を試してみたいですが、場所が問題ですね……」
その小さな呟きに、全員が固まった。
「……今のが全力じゃないのか?」
皆を代表し、イリスが問う。
「ええ。魔力をもっと溜められるので、その分上がると思います」
あっさりと告げられた言葉に、シュナとイリスは口を開け。
ガルドスは大剣を肩に担ぎ、上を向いて笑い声を上げた。
それらの様子に、レイは不思議そうに首を傾げていた。
「クク……」
テイルは口元を手で押さえ、面白そうに肩を揺らす。
だが——ふと、笑みが消えた。
「……何かいる」
目が細まる。
見つめるのは——穴の空いた壁の先にある空間の、そのまた向こう。
「……牛頭魔鬼?」
そこにある強大な気配を感じ、驚愕を滲ませていた。
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