5.真維
『真維』は、縣 譲が造った人工知能である。
「ふーん。意外と半年で何とかなるもんだな」
ウィンドウを見ていた譲がそう言った。
克己とるいざ、麻里奈が基地へ来て半年、つまりトレーニングを始めて半年経ったということだ。
「俺にも見せて」
克己が譲の肩に顎を乗せてウィンドウを覗き込む。
「共有されてるんだから、自分で見ればいいだろ?」
「面倒。疲れててそんな気になれねーよ」
今日のトレーニングはハードだった。克己はかろうじて動けているが、るいざと麻里奈は床とお友達になっている。
「全員の数値を簡単に纏めるとこんな感じだな」
「おお……」
「ちなみに実用レベルは3以上だ」
「相変わらず、お前はチートだな。全能力実用レベルってどういうことよ? つか、お前の特殊能力枠って何なの?」
「今の所発動していないから謎だ。存在するらしい反応だけは出るんだが」
「また秘密にしてるんじゃないだろうな?」
「残念ながら事実だ」
「ふーん。安定度もさすがだよな」
「でなけりゃ、こんな仕事してないな」
「ごもっともで」
と、レーダーチャートを見ていた克己が、何かを思い出したのか突然吹き出した。
「そういえば、このるいざのテレパシーが発動したときは笑ったな」
「ああ、アレな。よっぽど腹がたったんだろうな」
るいざのテレパシーはトレーニングを始めて5ヶ月経った頃に発動した。原因は、麻里奈と克己のケンカである。珍しく能力を使っての大ゲンカに、キレたるいざが大声で2人を制止した瞬間、能力が発動したのだ。本当に何がきっかけで能力が発動するかわからない。
ちなみにその後、1人だけ能力が2つしかないと麻里奈が拗ねて大変だった。
「これも日再に報告するんだろ?」
「定期報告で上げてはいるが、このまま報告はしていない」
「どういうこと?」
「数値を半分位に落として報告している」
「何で? 高い方が成果が出てて、評価が良いんじゃないのか?」
克己の問いに、譲は呆れたように言った。
「主戦力になって兵器になる気があるなら、お前の数値だけそのまま報告してやるが?」
「遠慮します」
「とりあえずこのチャートは、しばらく封印だ。明日は本部で会議があるのと、次の日に上に呼び出されているから2日留守にする。その間は自由行動していてくれ」
「OK」
「真維、いつもの通り報告頼む」
『解ったわ』
真維がチャートを変更し、報告書を書き上げていく。その様子を譲がチェックする。
「あ、そこの表現は少し持ち上げておいてくれ」
『このくらい?』
「そそ。Thanks」
真維と譲のやりとりを見て、克己は感心して呟いた。
「相変わらずスゲーな。まるで人が居るみたいだ」
『ありがとう』
ウィンドウの真維が微笑む。
真維は、基本はウィンドウの中に居るが、この基地の中だったら3Dグラフィックを表示し、普通の人間と変わらないように振る舞う事もできる。
また、特に譲が制御しているというわけでもなく、真維は真維自身の考えに基づき行動するので、必ずしも譲の言うことを聞くとは限らない。
そんな真維の趣味は、現在は情報収集で、世界各地の過去から現在までのあらゆるデータを閲覧しては、成長していっている。
「そうだ。夕食を頼みたいんだが」
『るいざさんがダウンしてるものね。解ったわ。消化に良さそうな物をテラスに用意するわね』
「助かる」
『譲がちゃんと食べられるようになって何よりだもの。このくらいするわよ』
「余計な事は言わなくて良い」
『ふふっ』
真維が嬉しそうに笑う。それを見て、克己が疑問に思ったことを口にした。
「真維って人格もあるのか?」
「あるぞ」
「どんな人格が設定されてるんだ? なんかお前の姉っぽい気がするんだけど」
譲が驚いて目を見開いた。間近で見たいつものポーカーフェイスではない素の表情に、克己も驚いて目をしばたたかせた。
しばらくお互いに見つめ合ったが、先に目をそらしたのは譲だった。
「とにかく、それで報告しといてくれ」
『はーい。報告完了』
作業の終わった真維が、ウィンドウから姿を消すと、譲は肩に張り付いていた克己を引き剥がした。
「今日のトレーニングは終了。夕食は何時もの時間だから、それまでにこいつらを復活させておいてくれ」
「へーい」
展開していたウィンドウを消して、譲はトレーニングルームを出て行った。
それを見送り、克己はるいざと麻里奈へと歩み寄る。
「おーい、生きてるかー?」
「なんとか……」
「……」
麻里奈は辛うじて身体を起こし、座った体勢になったが、るいざは転がったままだ。
「無理しすぎも良くないぞ」
「分かっては、いるんだけど……」
まだ呼吸が整わないるいざに、水を差し出し、克己もその場に座り込む。
と、麻里奈が克己に聞いた。
「さっきの、能力のチャートってどこにあるの?」
「共有されてるって言ってたから、何時ものフォルダーじゃね?」
「ああ、あったわ。でも自分の分しか見れないのね」
「え?」
克己もウィンドウを広げて探してみるが、麻里奈の言うとおり、自分の分しか見られなかった。
「譲のチート級のグラフを見たかったのに、残念。あ、でも書き換えられてるのは見れるわ」
「このPKだけそこそこの数値のヤツか」
「そそ。平凡そうなの」
麻里奈は興味を失ってウィンドウを消すと、持ってきていた荷物から、自分の飲み物とお菓子を取り出した。
「お前、いつもお菓子持ってるな」
「甘いものは、心の回復薬なのよ」
悪びれもせずにチョコレートを口に入れる。
「麻里奈、私にアメちゃん1つちょうだい」
「はい」
「俺にはクッキーくれ」
「何だかんだ言って結局食べるんじゃない!」
「腹減ってるんだから仕方ねーだろ!」
くだらないケンカを始めた2人の横で、ようやくるいざが身体を起こした。
「今日のトレーニング、いつもにましてハードだったわね」
「だな」
「明日居ないって言ってたから、その分かも?」
話を聞いてはいたらしく麻里奈が言うと、るいざは克己を見た。
「そうなの?」
「明日明後日と留守にするって言ってたな。会議とかで本部へ行くんだと」
「そうなんだ」
「ちなみに夕食は真維に頼んでたから、るいざは安心してへばってていいぞ」
「それはありがたいわね……。さすがに今日は無理だもの」
胸をなで下ろしたるいざの隣で、麻里奈が新しいお菓子を開ける。
「でも珍しいわね。本部で会議なんて。いつもリモートなのに」
「言われてみればそうだな」
このご時世に、わざわざ集合する意味が何かあるのか。
麻里奈がクッキーを食べながら、真維に聞いた。
「真維、明日の会議って何かあるの?」
『未確認情報だけだから、これと言って言えるものはないわ。ごめんなさい』
「そうなのね。解ったわ。じゃあ、書き換えてない譲のチート級グラフを見たいんだけど」
「諦めてなかったのか」
「当然でしょ!」
しかし、真維はニッコリと微笑むと唇に人差し指を当てた。
『今は麻里奈ちゃんには秘密』
「えー!!?」
そのやり取りに、克己とるいざは吹き出し大笑いするのだった。
一方コンピュータールームでは、譲が遠隔操作の準備をしていた。真維は、基本的にこの施設内を統括しているが、実際はそれにとどまらない。外部からのアクセスももちろん可能である。だが、今回が初となるため、念には念を入れて確認作業をしていた。
「いけそうか?」
『問題ないわ』
「なら良い。……そう言えば、余りアイツらに余計なことを言わないでくれよ」
『何のことかしらね』
クスクスと真維がからかうように笑う。
と、ムスッとして譲が言う。
「まだ信用した訳じゃない」
『大分心を許してるように見えるけど?』
「……」
黙ってしまった譲に、真維が仕方無さそうに笑い、ウィンドウから出てくる。
『解ってる。だから安心して』
そう言い、譲の頭を撫でる。
「俺は『真維』が居ればそれで良い」
『人嫌いなんだから』
「人間なんて信用出来ない」
『今はそれでも良いわ』
真維は、譲から一歩離れるとビシッと譲を指差して言った。
『でも、そのうち変わると思う。断言してあげる!』
唐突に宣言されて譲が驚いてるうちに、真維はウィンドウへと戻ってしまう。
「断言されてもな……」
『ふふっ。懐かしいわね』
「!」
何の気なしに言った真維の言葉に、譲はうつむいた。そして、1つ大きなため息を吐くと、色々な思いを払うように頭を振った。
「とりあえず、明日、本部で時間がある時にいくつかやりたいテストがあるからデータをピックアップしておいてくれ」
『解ったわ』
「さて、明日は鬼が出るか蛇が出るか」
そう言うと、全てのウィンドウを閉じて、譲は夕食を取るべく、テラスへと向かった。
次回から新章突入です!よろしくお願いします!




