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Last Quartz  作者: 錢葵
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12-1話_Last “Dummy” Quartz

最近イヤホンが両耳とも水没しました。


実技考査当日の朝。

寮から教室棟へ向かう道には、普段とは違う空気が流れていた。

梅雨は明けたものの、夏本番と呼ぶにはまだ少し早い。

雲の切れ間から差し込む日差しには既に夏の日差しの鋭さが混じり、雨の名残を含んだ湿気が肌へまとわりつく。

敷地内の木々からは、数匹の蝉が、盛夏の大合唱には遠く及ばないが、競うように声を上げていた。


「朝から眩しい……」


綴はフードを深く被り直した。

その隣を歩く奏は、演習地区へ続く車道へ目を向ける。

高級車が、一定の間隔を空けながら次々と敷地内へ入っていく。

学園の職員らしき者が誘導に立ち、車両が通過するたびに丁寧に頭を下げていた。

歩道を行き交う生徒たちも、自然とそちらへ視線を向けている。


「あのバッジ、政府の人じゃね?」

「九条財閥の関係者も来てるって聞いたけど」

「あの家紋が付いてる羽織の人たちって、御三家だよな……?」


周囲から聞こえてくる声に、奏も改めて演習地区を見渡した。

普段は生徒と教員ばかりが行き交う場所に、今日は見慣れない大人たちの姿がある。

揃いのスーツを着た一団。

胸元に所属を示すバッジを付けた者。

端末を片手に演習日程を確認している者。

その後ろには、明らかに護衛と思われる人間を伴った来賓までいた。


彼らの多くが目当てとしているのは、卒業後の進路を控えた三年生だ。

プロの召喚士を抱える企業や団体が実力を見極め、夏休み中の研修やインターンへ声をかける。

聖召学園の実技考査は、生徒にとっての試験であると同時に、召喚士界隈にとって将来有望な人材を見定める場でもあった。

もっとも、来賓の目が上級生だけに向けられているとは限らない。

各演習場の試合予定は公開されており、彼らは目的に応じて会場を自由に行き来する。

前評判の高い下級生がいれば、その戦いを早い段階から見ておこうと考える者もいるらしい。


「考査というより、ちょっとした大会みたいだね」


岬が演習地区の方を見ながら呟いた。


「見られて困るような戦いをしなければいいだけでしょ」


后はそう言ったものの、いつもより周囲へ向ける視線が多い。

華園重工の関係者が紛れていないか、無意識に探しているのかもしれない。


奏の視線の先には、和服姿の一団が演習場の関係者入口へ向かっていた。

スーツ姿が多い来賓の中で、家紋の入った羽織はひときわ目を引いた。


「あの和服の綺麗な後ろ姿の人って、もしかして……双鳶姉妹の家の人かな」


綴の視線の先には、一団の中央を歩く一人の女性がいた。

顔は見えない。

それでも、朝の光を受ける髪の色には見覚えがあった。


「顔は見えないけど、髪色的には彼女たちの遺伝元って感じがするわね」

「遺伝元って言い方、本人たちにはしない方がいいと思うよ」


岬が控えめに忠告する。


「事実でしょ」


后は悪びれる様子もなく答えた。

女性たちの姿は、やがて演習場の建物に隠れて見えなくなった。


政府関係者。

九条財閥をはじめとする企業団体。

御三家。

そして、プロの召喚士を抱える数々の団体。

奏たちの期末実技考査は、既に多くの視線が集まる中で始まろうとしていた。


「見て、旭先輩よ!」


教室棟へ向かおうとした奏たちの前方で、女子生徒たちの声が弾んだ。


「今日も綺麗……」

「かっこいい……それに尽きるわ……」


その声に釣られ、奏も人の流れの先へ目を向ける。

歩いてくる女子生徒には見覚えがあった。

獅堂旭(あさひ)、聖召学園三年生にして、現在の学年一位。

御三家・獅堂家の長女でもあり、彼女の人気は学園でも指折りで、ファンクラブもあるとか無いとか。


「旭先輩の試合とだだ被りしたらどうしよう〜。ログじゃなくてリアタイしたいのに〜」

「まず自分の試験を心配しなよ」


数人の女子生徒が、向かいから歩いてくる一人の上級生を目で追っている。

旭は周囲から向けられる視線を気にした様子もなく、数人の生徒と言葉を交わしながらこちらへ歩いてくる。


そのまますれ違うものと思っていた奏の前で、旭が足を止めた。


「お、天宮君じゃん!どう?“順調”?」

「じゅ……お、おはようございます。順調です……?」


何に対する問いなのか分からず、奏の返事は疑問形になる。

旭はその反応を見て、楽しそうに笑った。


「そっか。君の試合、楽しみにしてるから。じゃあね」


旭はそれだけを言い残し、奏の肩をかるくポンと叩き、再び歩き出した。

ほんの数秒にも満たないやり取りだっが、学校の人気者の一人である獅堂旭が一人の一年生へ自ら声をかけた事実は、周囲の生徒たちに十分な衝撃を与えたらしい。


「旭先輩から声かけられた、あの一年生何者?」

「え、知り合い?名前で呼ばれてたよね?」


背後から聞こえてくる声に、奏は居心地の悪さを覚えながら旭の後ろ姿を見送った。


「いつの間に旭先輩と知り合ったの?」


綴がフードの奥から奏の顔を覗き込む。


「前に少しだけ。……ただ、何が順調なのかは俺にも分からない」


――奏の脳裏に、以前旭と話したときの光景が浮かぶ。

御手洗に呼び出された、小さな会議室。

そこで奏が見せた、父から譲り受けた蒼いクォーツ。


『君のそのクォーツは、ホンモノなの……?』


旭はあのとき、確かにそう尋ねた。

普段の明るさが消えた表情で、蒼いクォーツをじっと見つめていた。

あの問いが何を意味していたのか、奏はいまだに理解していない。

先ほどの“順調”という言葉も、単に学園生活や訓練について尋ねたようには思えなかった。


(順調って、ラストクォーツ――アビス――の扱いのことか……?)

「天宮君って、意外なところに知り合いがいるよね」


岬が感心したように漏らした言葉に、奏はふと現実に連れ戻される。


「俺も、知り合いって言っていいのか分からないけどな」


奏は曖昧に答え、再び教室棟へ向かって歩き始めた。


***


教室棟の上階。

一人の女子生徒が立っていた。

手にした双眼鏡を左右へ動かし、次々と敷地へ入ってくる車や来賓の姿を追っている。


「御三家、政府関係者、九条財閥……今年の実技考査、来賓が豪華すぎない?」


その少し後ろでは、男子生徒がスマートフォンの画面を確認していた。


「見物している場合ですか。生徒会側の仕事も残ってますよ」

「分かってるって。ちょっと会場の空気を確認してただけ」


男子生徒は呆れたように息を吐くと、女子生徒へ向かって手を差し出した。


「没収です」

「また!?」


返事を待たず、男子生徒は彼女の手から双眼鏡を取り上げる。


「ちょっと!それ、私のだから!久しぶりの登場なんだぞ!」

「メタ発言は控えて下さい。……そろそろ移動しないと、本当に間に合いませんよ。聖召学園生徒会会長」


肩書きを一つずつ強調するように言い残し、男子生徒は廊下へ出ていった。


「書記の分際で!おい、待て!……って、やっぱりあいつ早い!」


生徒会長の声が、朝の教室棟へ虚しく響いた。


***


一年D組の教室。


普段とは違うざわめきは続いていた。

公開された上級生の試合予定を端末で確認する者。

登校中に見かけた来賓について、近くの席同士で話している者。


「三年生だけじゃなくて、二年生にもすごい人がいるんだろ?」

「今の三年生に勝ったことがある人がいるって聞いた」

「獅堂椿先輩と張り合うっていう、あの人でしょ?」

「椿先輩って、二年で唯一の御三家だよね……?」


名前の分からない二年生についての噂が、教室の一角から聞こえてくる。

その会話を耳にした霹が、前の席から勢いよく振り返った。


「バキねぇと張り合うって、そんなヤバい奴いんの?」

「バキねぇって?」


綴が聞き返す。


「獅堂椿。霞の二番目の姉ちゃん」

「その呼び方、本人の前でもしてるの?」

「するする」


霹は迷うことなく頷いた。


「そのたびに怒られてるけどね」


隣の靂が静かに付け加える。

綴は小さく笑った。


――そのとき、教室の扉が開いた。

御手洗が、大きな箱を片手に入ってくる。

生徒たちの視線が、一斉にその箱へ集まった。

御手洗は教卓へ箱を置くと、教室正面のモニターを起動した。

画面に表示されたのは、六つに分けられた試合表だった。


【第一試合/第三実技演習場】


八番・十七番組 対 十一番・二十三番組。


対戦する生徒の名前は、まだどこにも記されていない。

並んでいるのは、一番から二十四番までの数字だけだった。


「これが今日のお前たちの組み合わせ表だ」


御手洗が画面へ目を向けた。


「対戦順、使用する演習場、ペア及び対戦相手は既に決定している」


教室がざわつき始める。

モニターに表示された番号が何を意味しているのか、全員が理解したらしい。

御手洗は教卓に置いた箱の蓋を開けた。

中には、同じ大きさと色をした二十四個のクォーツが収められている。


「抽選用のダミークォーツをそれぞれ一つずつ引け。イデアを伝導させると、自分の番号が浮かび上がる」


以前の実戦演習で使われたものと、外見はほとんど変わらない。

ただし、今回は同じ番号が二つ入っているわけではなかった。

一番から二十四番までの異なる番号が、一つずつ割り振られている。


「引いた番号に応じて、ペア、対戦相手、試合順及び会場が決まる。引き直しは認めない」


御手洗は教室を見渡した。


「以前も話したが、戦場は生き物だ」


その言葉に、何人かが僅かに表情を変える。


「状況は常に変化する。共に戦う人間も、対峙する相手も、自分に都合よく選べるとは限らない」


御手洗は箱の中へ視線を落とした。


「これからお前たちが引く番号も、その変化の一つだ。結果に文句を言う前に、与えられた状況へ順応しろ」

「先生、その言葉だいぶ便利に使ってない?」


誰かの声が教室の後方から飛ぶ。

御手洗は反応を返さず、出席番号の一覧を手元へ表示した。


「では、抽選を始める」


生徒たちは出席番号順に教卓へ向かい、箱の中から一つずつダミークォーツを引いていった。

奏も自分の順番が来ると、箱の中へ手を入れた。

指先に触れた一つを掴み、そのまま取り出す。

席へ戻ってイデアを伝導させると、白く濁っていたクォーツの内部へ数字が浮かび上がった。


二十四。


これが奏の番号らしい。

全員が抽選を終えるまでの間、教室のあちこちから小さな声が聞こえてきた。

誰もが自分の番号を確認し、正面のモニターに表示された組み合わせ表と見比べている。

やがて最後の生徒が席へ戻ると、御手洗が手元の端末を操作した。


「一番から順に番号を読み上げる。該当する者は返事をして、手を挙げろ」


名前の記されていない組み合わせ表が、再びモニターへ大きく表示された。


「一番」


教室の前方で、一人の生徒が手を挙げる。

御手洗がその名前を入力すると、組み合わせ表の該当する番号の横へ名前が表示された。


「二番」

「はいはい、俺」


綴が気の抜けた返事とともに手を挙げた。

モニターに表示された第六試合の欄、その片側へ、《空木綴》の名前が登録される。


「三番」


別の生徒が手を挙げる。

続いて御手洗が、次の番号を読み上げた。


「四番」

「はい」


靂が静かに手を挙げる。


「靂ってば四番!?あーし十三番なんだけど!」


すぐ隣から霹の声が上がった。

靂は正面のモニターへ視線を向け、十三番が入っている枠を確認する。


「ふふっ。残念。十三番は第三試合。ペアのお相手は二十番ってところね」

「なんで嬉しそうなの!?」


教室に小さな笑いが起こる。

御三家の双子でありながら、霹と靂が同じ組へ入ることは今回もなかった。


「続けるぞ」


御手洗は二人の会話を打ち切り、次の番号を読み上げる。

番号が進むたびに、組み合わせ表の空欄が一つずつ名前へ置き換わっていった。


「八番」


返事が上がり、また一つ枠が埋まる。

そして御手洗が、次の番号を口にした。


「九番」

「はい」


霞が短く答え、手を挙げた。

《獅堂霞》の名前が表示されたのは、第六試合。


「獅堂、最終試合か」

「空木と当たるんだ……」


御三家の一人が入ったカードのおかげで、第六試合へ向けられる視線が増えていく。

綴はモニターを見上げたあと、反対側の席にいる霞へ軽く手を振った。

霞は一瞬だけ眉をひそめ、それには応じなかった。

番号の確認はそのまま続いていく。


「十三番」

「はーい!あーしあーし!」


先ほど自分から番号を明かしていた霹が、勢いよく手を挙げる。

モニター上の第三試合へ《双鳶霹》の名前が加わった。

その隣にある二十番の枠は、まだ空いている。

組み合わせ表に残された空欄が少しずつ減っていく。


「十七番」


返事とともに手が挙がる。

御手洗は名前を登録すると、間を置かず次の番号を呼んだ。


「十八番」

「俺です」


箒が手を挙げる。

その名前が表示された瞬間、教室のざわめきが一段大きくなった。


《篠亀箒》の名が加わったのは、《獅堂霞》と同じ側。


第六試合に、御三家二人のペアが完成する。


「うわ、御三家ペアじゃん!」

「獅堂と篠亀が組むのかよ!」

「しかも最後の試合だろ?絶対見たい!」


偶然によって生まれた組み合わせに、教室中の注目が集まった。

霞と箒は、一度だけ互いへ視線を向ける。

対する綴の隣は、いまだ空欄のままだった。


「空木の相方、罰ゲームすぎない?」


誰かの呟きが聞こえた。


「聞こえてるからね〜」


綴は普段と変わらない調子で答えた。

その視線は、自分の隣に残された番号へ向けられている。

二十四番。

奏は、手の中のダミークォーツへ目を落とした。

白く濁った内部に、同じ数字が浮かんでいる。

周囲が二十四番の正体を知るまでには、まだ六つの番号が残されていた。


「十九番」


御手洗の声に、一人の生徒が返事をする。

名前が登録され、組み合わせ表の空欄がまた一つ埋まった。

奏は手の中のダミークォーツを握ったまま、モニターを見つめていた。


第六試合。


《空木綴》の隣に残された、二十四番の空欄。

その向かいには、《獅堂霞》と《篠亀箒》の名前が並んでいる。

番号が決まった時点で、組み合わせそのものは完成していた。


「二十番」


別の生徒が手を挙げる。

その名前は、第三試合の《双鳶霹》と同じ組へ登録された。

霹が自分のペアとなった生徒へ振り返り、嬉しそうに片手を上げる。

教室のざわめきは少しずつ収まり、御手洗が番号を読み上げる声だけが明瞭に響いていた。


「二十三番」


最後から二番目の生徒が手を挙げる。

名前が登録されたことで、第六試合を除くすべての組み合わせが確定した。

残る番号は、一つ。

教室中の視線が、モニターに残された最後の空欄へ向けられる。

御手洗が手元の一覧を確認した。


「二十四番」

「は、はい」


奏が返事をして、おそるおそる手を挙げる。

御手洗が端末を操作すると、《天宮奏》の名前がモニターへ表示された。

《空木綴》の隣。

そして、《獅堂霞》と《篠亀箒》の向かい側。

一瞬の静寂のあと、教室が再びざわめいた。


「天宮と空木か!」

「御三家二人を相手にするのかよ……」

「最終試合、とんでもない組み合わせになったな」


四人の名前が揃ったことで、第六試合の枠が強調して表示される。


【第六試合/第四実技演習場】


《空木綴・天宮奏》


対


《獅堂霞・篠亀箒》


偶然が選び出した、期末実技考査最後の対戦カード。

四人の名前が、モニターの中央に並んでいた。

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