64 ウィリアム視点
イツキの部屋を出た後、私は王城の執務室へと転移した。側近二人は出払っているので室内は私一人。
【神】と名のつく茶を飲んだ効果なのか、体力と魔力が全身に漲っていて、無駄に手を握ったり開いたりしている。今なら高位の攻撃魔法を複数発撃てそうだ。
訓練場へ赴いて試したいのは山々だが、先ずはイツキから託された万能薬を父上にご覧いただき、指示を賜るべきだろう。
掌上の箱を見ると収まったはずの感情が首をもたげる。
勝手に勘違いをした私が悪いのは分かっているが、どうせなら私に寄越した飴も小箱に入れてくれればいいものを…。
(それはさておき…イツキには申し訳ないが、献上用の装飾箱を用意して入替えが必要だな)
見慣れぬ手法で作られた紙箱は珍しくはあるが、あくまで紙。しかも平民が使う紙で作られている。
今から『父上』にご覧いただく分にはいいが、公式に『国王陛下』に献上するには残念ながら不相応だ。
装飾箱が用意できた時点で、イツキの紙箱は用済みとなる。だが、この珍しい紙箱を処分するつもりはなく、私の手元に残しておくつもりだ。
(それにしてもあの時のイツキときたら…)
イツキから『口寂しい時に』と渡された飴の包を見ると、先刻のやりとりを思い出す。
聡明な被後見人でも我が国の隠語は知らなかったようだ。
私の揶揄に、不思議そうに首を傾ける姿に、思わず眉を寄せた。
イツキは笑顔のみならず、ちょっとした仕草すら人を惹きつけるようだ。
きっちり隠語の意味を教えておかないと、後々羽虫とトラブルになりかねない。
(少しばかりわかせておくか…)
私は何も言わずにイツキに歩み寄り、彼の顎に指を添えて顔を上向かせた。
そのまま視線を絡ませながら互いの鼻先が付く手前まで距離を詰める。私の意図がわからないイツキは、体を硬直させ目を白黒させていた。
想定した反応をしてくれて、内心北叟笑む。
「イツキの国ではどうだったかは知らないが、我が国で “口寂しい” とは “口付けがしたい” という隠語だ。使い方には気をつけたほうがいい」
漆黒の瞳を覗き込んで忠告する。
その瞳は困惑と緊張が入り混じり、少々涙目になっていた。
立場上、目を潤ませて、悩ましげに私を見つめてくる老若男女と相対したことは無数にある。だが、食指が動いたのは“今”を含めほんの僅かだ。
(……)
整ってはいるが傾国顔というわけではない。そんな容姿にもかかわらず、この私を魅了してくるとは本当に面白い男だ。
私は赴くままにイツキの前髪に口づけた。
何をされたのか分かっていないイツキは、呆けた顔をしていた。
本当に見ていて飽きない。
「ふっ、イツキはからかいがいがあるな。
飴はありがたくいただこう。口寂しい時以外で食べさせてもらうとするよ。では失礼する」
もう少し構っていたいが、預かった万能薬の件もあり、私はイツキの部屋を後にした。
次に会うのは、ハジメリ村への公式訪問の時か。どんな表情を見せてくれるのか楽しみだ。
…暫しの回想の後、王太子業務に戻ることにする。
側仕えに陛下の所在を確認すると、執務中とのことだったので、万能薬を携えて父上の執務室へと向かった。
◆
「神の祝福か、聖女の力か…。
いずれにせよ万能薬が本当に実在するとはな…、しかもこれだけの量。
薬師がいうように、効果は恒久ではないかも知れぬが、これらの扱いを考えねばならんな」
人払いをした執務室で、机の上に置かれた万能薬を眺めながら、父上は乾いた笑いを漏らした。
この薬は病を治すのみならず、外交のカードにもなり得る。
その存在を公表すれば、我が国がどの国よりも優位に立つのは間違い。一方で紛争の火種にもなりかねない代物でもある為、慎重な判断が必要だろう。
「ほかの薬師での検証は?」
「私が村へ公式に訪問する際に、薬師を同行させて検証するつもりです。
もちろん万能薬のことは伏せたままで」
「そうか。結果が分かり次第報告するように」
「わかりました。それからもう1点ご報告があるのですが…」
私はイツキの部屋で飲んだ、神水茶の事を父上に話した。
私が『いまだバフがかかっているように感じる』と伝えると、「試してみろ」と訓練場に連行された。
茶葉の調査についての協議は後回しになるが、この力が試せるのだから私にとっては好都合だ。
ちなみに移動する前に、私が然るべき場所に万能薬を保管したのは言うまでもない。




