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ペンに長年の思いを乗せて

「ごめんな。結婚式に招待するって言ったのに。婚約、解消になった」


 和香はどう返せばいいのかわからず、ただ頷く。


「うちの親や水沢が普通に接してくれるからさ、忘れてたよ。アレが世間一般の評価なんだって」


 リクはカラオケルームの長椅子に寝転がる。顔に腕を押し当てて、悔しそうに呟く。


「オレは生まれながらの男じゃないからさ、あいつの両親はそれが許せないって、孫も望めないし、普通の男と結婚するなら許せたけど、性転換したやつなんて言語道断だって……」


 いつも自信満々で楽しげに笑っていたリクは、憔悴しきっている。和香以外の誰を相手に、この悔しさを吐き出せるだろう。


「好きで女に生まれたわけじゃないのに」

「……そうだよな。女に生まれたくて生まれたわけじゃないのに」


 この発言は自分を産んだ母親を傷つける。それをわかっていても言わずにはいられない。

 和香もリクも、はじめから男として生まれてきたなら苦しまなかった。


 結婚を認めなかったシオリさんの親を責めたってなにも解決しない。


「シオリの親は、娘が同性愛者だってことは知っていたみたいだ。結婚するって言うからようやく普通・・になったと思ったんだってさ」


 それで婚約者として連れてきたのが、女から男に性転換したリク。

 親に結婚を反対された挙句にそのセリフ。シオリさんの気持ちを考えるといたたまれない。


 そして、リクの精神をもひどく傷つけた。


「やっと、男になれたのに。生まれながらの男じゃないからダメって、オレはどうすりゃよかったんだよ」

「……そうだな」


 和香も正しい答えがわからない。

 ただ相槌を打つ。


「結婚を許してもらえたなら、子どもに関しては、精子バンクを使おうと、思ってたんだ。調べるだけ無駄に終わったけど」


 精子バンク。無精子症などで妊娠が望めない夫婦が使ったり、同性愛で子供がほしいカップルが利用する機関だ。 


 シオリさんとの未来のためにそこまで本気で考えていたのに、性転換者だから、それだけの理由で婚約解消させられた。


 シオリさんの親が特別偏見にまみれているというわけではない。

 きっと、世の多くの親は我が子に“普通の人”と結婚してほしいと思っている。


 二人とも成人しているから親の同意なしに結婚できるけれど、リクと結婚するとシオリさんは親に勘当される。


 親に祝福されない結婚じゃ、意味がない。


 シオリさんのことを考えると、別れる以外道はなかったという。



「……リク、話を聞くくらいしかできなくてすまない。役に立てたら良かったんだけどな」


 元気を出せなんて言われても意味はないし、わかるよなんて軽く言えるものでもない。

 リクは安い慰めの言葉なんか求めていない気がする。


「いや、言える相手いないから、聞いてもらえるだけで助かる」


 曲を入れるでもなく、何か飲むでもなく、ただ世の中の不条理だってことを話して時間は過ぎる。


「なんで、好きなだけじゃだめなんだろう。大切にしたいってお互い思えたら充分じゃないのか。性別はそこに関係あるのか」


 和香は誰に対する不満でもなく、口にする。


「……一般論は、それ(・・)が男女であるのが大前提だからな。普通の男と女なら」 


 つくづく、自分は生まれだけでなく思考回路も普通から外れた存在なんだと知らしめられ、和香も長椅子に足を投げ出す。


 普通は、一般的には、通常は、


 和香もリクも、それぞれこうして心を抱えて生きているのに。


「俺も、孫の顔見たいって親から言われてて死にそう」

「うわ、それきっつー」


 テーブルを挟んで反対側の長椅子に寝そべったまま、リクが引いている。


 人を愛せない性質の和香に、男と結婚して子を産めなんて無理難題だ。

 見た目は普通の人間と同じだから、普通を求められる。


「リク……。これからもさ、何かあったらいつでも話聞くから。俺には、それくらいしかできないけど」

「ああ。オレも、いつでも聞くよ」


 トランスジェンダーを抱えたふたりは、普通から弾かれて普通になれない。


 それでもそこに生きているし、白い目を向けられることがあっても進むしかない。



 リクは少しずつ立ち直り、今は新しい仕事にまい進している。

 ペット可のマンションに引っ越して犬を飼い始めた。

 資格取得を目指して毎日仕事の合間に勉強しているんだ。と、犬の写真付きでメッセージが届く。




 和香も、自分なりに思うことを発信することにした。


 高校の授業で使っていた原稿用紙を引っ張りだし、ペンを握る。


 これまでリク以外の誰にも言わず抱えてきた気持ちを小説という形に残そうと考えた。

 現代文で文章力と読解力が高いと、担任がとても褒めてくれていたからだ。


 一人でも多くの人に、心と体の性が合致しない人間の心を知ってもらうため。

 和香たちも普通に痛みを抱える人なんだと、知ってもらうため。



 手始めに、自分の中の男の心に名前をつけた。


 水沢和紀みずさわかずき


 和香の和の字に、新世紀の紀を合わせた。

 自分の名前を決めて、紙にペンを走らせる。



【十人一色 〜トランスジェンダーを抱えたふたり〜】




END


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