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今日は私が予想をつけていたパーティー。
殿下にエスコートされたために今日はまだかと思ったのだけれど、大広間の中央に来るなり、私は突き飛ばされた。
何とか転ばなかったのは、ルークに教えてもらった体幹トレーニングが効いたのだろうか。
「ミレイユ・コートニー、お前の行動や態度は王子妃に相応しくない!! よってお前との婚約を破棄する!!」
来ると思った。
「……畏まりました」
私を冷たく見下ろす殿下。
その姿はあまりにも綺麗で人形のようだった。
殿下の腕にいつのまにか縋り付いていたのはやはり義姉。
私が婚約者と決まった時に物凄い睨まれようだったから、きっと喜んでいるだろう。
それに義姉が代わりの婚約者なら同じ家であり都合が良い。
周りから嘲笑が漏れ出る。
令嬢達は当然の報い、とでも言いたげな顔をして、私を嗤う。
貴族子息の中には私を助けようとする目をする人もいるが、この王子と公爵令嬢の会話に入れるものはいない。
身分制度がこんなに都合よく感じられたことはなかった。
決して喜んでいるなんて悟られないように。
私は沈んだ演技を続ける。
今日、今のために何度ベッドの中で予行演習をしたことか。
「代わりにこちらにいるアグネス・コートニー嬢と婚約を発表する!!」
私に聞かせるように拍手と歓声が上がる。
義姉は恥ずかしげに微笑んでいるが、扇子の奥の口元が歪に歪んでいるのが見える。
まだまだ詰めが甘いですよ、お義姉様。
純粋そうな顔をしているが、かなり腹黒な義姉を見抜けなかったのかと王子を見て思い出す。
そうだ、この人容姿以外どうでも良い人だった。
「ミレイユ・コートニー!! いつまでいるつもりだ? とっとと立ち去れ!!」
「……畏まりました」
胸の苦しさも忘れて、全てから解放された気分だった。
どうやって帰ったか分からない……なんてことはなく、私はしっかり歩いて馬車に乗って公爵邸に帰った。
「あら、それであなたは婚約を破棄されたのね?」
「はい、お義母様」
「代わりにあの子が婚約者になると」
「そのようです」
知っているだろうにわざとらしく聞く様子は何とも性格が悪い。
「ねぇ、あなた、もうこの子はいらないんじゃなくて?」
今まで無言を貫いていた父と目を合わせる。
随分と久しぶりに会った気がする。
私の母と父はいわゆる政略結婚という関係で、私は父から娘として可愛がってもらったことはほとんど無かった気がするから何も感じないのだけれど……。
ほんの少しだけ寂しさも感じた。
「お前はどうしたい」
静かに響いた声には家族の情だったのか、ただどうするか考えるのが面倒だっただけか、分からなかった。
「……私は、これ以上公爵家の人間として生きる訳にはいきません。お義姉様が引き継いでくださったとは言え、王家との婚約を消してしまうところだったのですから。……今日中にここを出て、平民になりたくございます」
「分かった。好きにしろ」
父は相変わらずの無表情、義母は満足げに嗤っていた。
「ルーク!!」
私は荷物をまとめると自室に駆け足で向かった。
部屋に飛び込み、中にいたルークに思い切り抱きつく。
「ルーク! ルーク!! やったわ!!」
婚約破棄もされて、勘当もされた。
「……本当にやるとは思わなかった……」
「本当にやってやったわよ」
手を回されてギュッと引き寄せられた。
「本当ですよね?」
「疑ってるの? 本当よ!」
「……なんて行動力」
抱き合っていた私たちはそっと離れた。
「ミレイユ」
「なに?」
ルークは私から離れると私の前にそっと跪いた。
「俺と結婚してほしい」
普段もかっこいいのに、いつもの何十倍もかっこよく見えた。
幸せで、嬉しくて、涙が溢れた。
「もちろんよ!」
私はルークの手を取った。
「さぁ、この屋敷からちゃっちゃと出ていきましょう!」
「それより、着替えて。緩ませないと」
「あ、はい」
あんなに息苦しかったはずなのに……。
人は感情が高まると痛みを忘れてしまうようだ。
遠ざかっていく公爵邸を窓からぼんやりと見つめる。
母の形見のドレスなど、大切なものだけを鞄に詰め、私とルークは屋敷を出た。
ルークは退職届を提出して。
彼を気に入っていた義母や義姉は怒るかもしれない。
私の指にはダイヤの指輪。
宝石なんてとても高いはずなのにプレゼントしてくれた。
結婚指輪だそうだ。
「俺の故郷に着いたらすぐ結婚式を挙げよう」
「もちろん!」
こんな綺麗な人が本当に私なんかで良いのかと思うくらいルークは美しかった。
女だったら傾国の美女になっていただろう。
「ルークの故郷はどこなのかしら?」
「シェーレンブルクだよ」
シェーレンブルクと言えばこの王都に次ぐ大都市だ。
「とっても楽しみだわ!」
「果たしてミレイユは平民として生きていけるのかな?」
「あら、生きられるわよ。家畜の世話でも店番でも何でもやるわ!」
私がそう言うとルークは笑い出した。
神聖な美しい顔が一瞬で人間らしくなる。
やっぱり美青年であることに変わりはないけれど。
「それは頼もしいね」
「ルークと一緒ならどこへでもついていくから」
にっこりと笑うとルークはあからさまに視線を逸らした。
これからこのいつも冷静な男を存分に惑わす所存である。
「ミレイユ、好きだよ。愛してる」
反撃をと思ったのかルークも極上の笑みを浮かべてそう告げる。
この男もなかなか自分の使い方を分かっている。
それに、私が低めの声に弱いことも気付いているようだ。
顔が赤くなるのが分かるけれど、それはそれで少し悔しかった。
照れ隠しのように馬車の外に視線を移す。
その日は綺麗な星空だった。
「ミレイユ、本当にありがとう」
私は馬車の中に視線を戻す。
星空よりもキラキラした空気を纏っているのはどうしてなのだろうか。
不思議で仕方ない。
「こちらこそ、ずっとそばにいてくれてありがとう」
「これからもよろしく」
「うん、よろしく」
私たちは初めてのキスを交わした。
本当は短編を書こうと思って書いたものなのですが、勢いで書きすぎて雑なところが多々ありますね笑
それでもここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
もしかしたら続きを書くかもしれませんが、今のところはここで完結になります。