第七章 姫君召集 2
二
翌日。すなわち、呼び出しを受けた、土曜日。
榎は、椿と柊の同意を得た上で、揃って妙霊山へとやってきた。月麿にも連絡をとったが、今は伝師の仕事が忙しいらしく、来てもらえなかった。何かあったときには、髪飾りで連絡を取り合う手筈になっている。
妙霊山は、四季が丘の北部に聳える霊峰の一つで、古くから信仰の対象になってきた、神聖な山だ。
一部の山道は、近隣の寺などが管理する土地のため、修行などに使われていて、一般人は立ち入りできない。
だが、麓にはハイキングや釣りが楽しめる渓谷や清流もあり、夏になると多くのキャンプ客で賑わっていた。
榎たちもまた、朝から妙霊山キャンプ場を訪れ、敷地の一角にて、せっせとアウトドアの準備に勤しんでいた。
「よおし、テント完成だ。竈はどう?」
大人数がゆったり寝られる大きなテントを張り終え、榎は額に滴る汗を拭った。
「炭も、順調に焼けているわよ! いい感じ」
石造りの竈の前で、煙や火と格闘していた椿からも、良好な返事がきた。
「よっしゃ、そんなら、昼飯の準備に取り掛かろうか!」
柊は気合を入れて、竈の上に四角い、大きな鉄板を、どんと載せた。
「待てよ、柊。そのでっかい鉄板は何だ」
榎は思わず、柊の調理を停止させる。脇には駒切りにされた豚肉やキャベツ、さらには中華麺やソースが常備してあるため、メニューの予想はついた。
だが、榎の頭では、柊の行動理由そのものに理解が示せない。尋ねずにはいられなかった。
「何って、この鉄板を使うて、焼きそばを作るんやがな。キャンプの定番やろうが」
やはり、思った通りの、かつ有り得ない答が返ってきた。榎はいきり立ち、柊に怒鳴りつけた。
「違うだろう! キャンプの定番は、カレーだ!」
榎は、底の深い大きな鍋を手に持ち、構えて見せた。炊いたご飯や、切り分けた食材も、しっかり持参してある。
意気込む榎を見て目を細め、柊は苛立った顔をした。
「アホぬかせ! カレーなんか、作るまでにむっちゃ時間が掛かるやないか! 味付けも難しいし、後片付けも面倒臭いんやぞ!」
思いっきり反対してくる柊を、榎は譲らない剣幕で、睨みつけた。
「炒めて煮るだけなんだから、すぐできるって! 焼きそばだって、面倒臭さは、たいして変わらないだろうが!」
結局は、好みの問題だ。榎と柊は、互いに威嚇しあい、火花を散らせた。
「だいたい、何でキャンプに来てまで、屋台で買える料理を食べなきゃいけないんだよ! 夏祭りの夜店で食ってろ、馬鹿!」
「カレーかて、屋台で売っとるやろうが! 焼きそばを嘗めんな、ボケェ!」
「もうー! 二人とも、キャンプに来てまで、喧嘩しないでよ!」
いい加減にしろと、呆れきった形相で、椿が仲裁に入ってくる。
「じゃあ椿は、カレーと焼きそば、どっちがいいと思うんだ!?」
二人は、最終的な決断を、椿に委ねた。
椿なら、絶対にカレーと言ってくれるはずだ。言ってくれ、頼むから。榎は念を送り続けた。
「あのねぇ、椿はぁ、パンケーキが作りたくてぇ、フライパンと材料を持ってきたんだけれどぉ」
しばらく考えて、椿は楽しそうに笑いながら、小さなフライパンと材料の粉を取り出した。
「「却下じゃー! 甘い昼飯なんて、食ってられるかー!!」」
榎と柊の声が揃った。
ダブルで批判を食らった椿は、肩を震わせて、目に涙を溜めはじめた。
「ひどぉい、二人して、盛大に反対しなくてもいいのにぃ……」
泣き出した椿を、榎と柊は慌てて宥めにかかった。
「済まんかったって、椿。もう泣きなや」
「パンケーキは、おやつにしよう。甘いものは別腹だからさ」
一生懸命、椿をあやしていると、背後から食材の焼けるいい匂いと、鉄板の上で肉や野菜、油が踊る音が聞こえてきた。
振り返ると、周が黙々と食材を炒めていた。
「揉めるんやったら、折衷案でカレーそば飯にするどす。材料も無駄になりまへんし」
つまり、この場にあるものを全部ぶちこんで、焼けばいいと。
誰からも、異論は出なかった。というか、既に作り始めてるいるし。
完成した、あらゆるものを焼きまくった、意味不明な蕎麦料理を皿に盛りながら、四人で輪になって食べた。
自然の中で食事をすれば、何でも美味しく感じる、という噂もあるが、とにかく不満のない味に仕上がっていて、ひとまずは安心した。
腹を満たし、からっとした風を受け、蝉や夏鳥の鳴き声を聞きながら、しばし気持ちを落ち着ける。
「ところで、私まで妙霊山にお邪魔して、よかったどすか?」
お茶を飲んで一息ついていた周が、ふと、尋ねてきた。
「新聞の三行広告でお呼ばれされた方々は、四季姫はんたちだけでっしゃろ? 私は四季姫と違いますし、最悪、足手まといにならへんかと……」
榎たちが強引に誘わなければ、周はキャンプに来ないつもりだったらしい。今回は四季姫にとって重要な案件になりそうだし、少し謙虚な態度だった。
「今更、何を遠慮しているんだよ。妖怪退治には、くるなって言っても、ついてくるくせにさ」
「さっちゃんは四季姫について、一般人では誰よりも詳しいんだから。決して無関係ではないわ」
「せや。キャンプは、みんなでやったほうが楽しいやろ! 細かく考えんと、楽しもうや!」
別に、絶対に四季姫だけでくるように、なんて書かれていたわけでもない。
ただ単に、せっかくの夏休みだし、普段から親しくしているメンバーで山を満喫していても、呼び出した相手に文句をいわれる筋合いはない、と判断しただけだ。
「みなさん、おおきにどす」
周も、榎たちの考えを受け入れて、控えめに微笑んでいた。
「さっちゃんがいなかったら、椿一人じゃ、この二人の喧嘩は止められないしね!」
「やっぱり、その辺りにも理由があるんどすな……」
椿の一言で、周の微笑が苦笑に変わった。
「せやけど、ほんまに誰なんやろうなぁ、新聞に呼び出しなんか、載っけてきよった奴は。うちらを山に来させて、どないするつもりなんや」
持参した、告知が掲載された新聞を眺めながら、柊が訝しむ。
もう昼も過ぎた頃だが、四季姫を山に呼んだ相手からの接触は、まだない。
椿も柊も、胡散臭いと思いつつ、好奇心に負けてやってきた口だ。冷静に待とうと思っても、なかなか落ち着けない。
榎と一緒に、そわそわしっぱなしだった。
「思いつく相手が、さっぱり浮かばないんだよな」
「最後の四季姫はんが、連絡を寄越してきた――とか、いうんやったら、有難いんやけどな」
柊が、冗談交じりにいう。確かに、秋姫からの招待状ならば、願ったり叶ったりだ。
秋姫については、相変わらず、何の情報も得られないままだった。柊の期待は、榎たち全員の望みでもあった。
「確かに、ほとんど、手掛かりがないものね。えのちゃんが前に言っていた、秋生まれとか、秋にまつわる名前とか、くらいしか」
以前、綴に教えてもらった、信憑性のある手掛かりを頼りに、榎たちも学校周辺や、知り合いの知り合いにまで捜索範囲を広げて、情報を集めてみた。
だが、榎たちが調べて回った範囲内に、秋にちなんだ名前がつき、かつ、秋に生まれた人間など、いなかった。
向こうから接触してきてくれるのならば、一番、助かるのだが。
「でも、きっと、違うだろうな。あたしたちは、覚醒してすぐに、四季姫について色々と教えてもらえたから、いろんな情報を知っているわけだけれど。秋姫が、何も知らずに急に覚醒したとしても、他に仲間がいるなんて、思いも寄らないだろうし」
榎は消極的に返した。もし榎が、たった一人で訳も分からず覚醒していたとしたら、側に月麿がいなければ、何も分からないまま混乱していたはずだ。新聞で連絡をとるなんて、突飛な判断も、とれないだろう。
やっぱり、秋姫は榎たちの手で、きちんと見つけださなくてはいけない。
「まあ、相手が誰であっても、万が一のときや、接触してきた人への対処が分からなければ、麿に聞いてみればいいさ」
憶測で考えていても、埒が明かない。最後には結局、麿頼みだ。
呼び出してきた相手には、月麿も心当たりがなさそうだった。実際に会ってみて、状況を詳しく把握してから、再び報告をするつもりだ。
「特に、山以外の場所の指定がなかったから、キャンプ場に来たけれど。呼び出した人は、椿たちが来ているって、ちゃんと分かるのかしら? 何か、目印でも用意しておいたほうがいいのかな?」
椿が困った様子で、提案した。大きな山だし、すれ違いになっては元も子もない。
「でも、その誰かが、あたしたちに危害を加えるつもりで呼び出したんだとしたら、逆に居場所を教えると、まずいかもしれない」
まだ、相手が榎たちに友好的な人物かどうかも分からない段階だ。多少、山で開放的になって浮ついていても、いざという時に動ける状態を維持しなくては。
「まだ、陽が暮れるまでには時間があるし。飯食いながら様子を見て、息を潜めとっても、ええんとちゃうか?」
柊の気楽な意見に同意して、榎たちは頷いた。




