第七章 姫君召集 1
一
7月半ば、金曜日。
梅雨も完全に明け、毎日暑い日が続いていた。
四季が丘は山に囲まれているため、木が多ければ、蝉も多い。
けたたましい蝉の鳴き声と強烈な日光を浴びながら、榎は汗を流しつつ、四季が丘病院へやってきた。
終業式も終えて、明日から夏休みだ。今日は一学期最後の、福祉部の活動となった。
夏休みの間も、時間があれば個人的にお見舞いに来るつもりだ。でも、学校行事としては、いちおう区切りの日なので、少し気持ちを引き締めた。
405号の個室に辿りついた榎は、ノックをして、静かに扉を開いた。
「こんにちは、綴さん。お元気ですか?」
中に入って、挨拶をする。だが、綴からの返事はなかった。
綴はいつもと変わらず、ベッドに上半身を起こして、座り込んでいた。榎の来院には気付いている様子だが、何やら、真剣に考え込んでいる。
「どうしたんですか? 深刻そうな顔をして」
具合でも悪いのだろうか。榎は心配して、綴の耳元で再度、声を掛けた。
綴は急に榎に向き直り、真面目な顔をして言った。
「榎ちゃん。決して、早まってはいけないよ。慎重に考えて、行動するんだ」
突然の忠告に、榎は呆気にとられる。
「何の話ですか? 早まるって? 何を慎重に、考えるんです?」
綴は困惑している榎をしばらく見つめていた。やがて、体の力を抜いて、深く息を吐いた。
「……その様子だと、君は今日の朝刊を読んでいないみたいだね」
綴は、がっかりしていた。よく分からないが、新聞を読んでいないせいで、幻滅されたのだろうか。
「すいません。新聞とか、文字の多いものは苦手で。番組欄と、四コマ漫画くらいしか……」
榎は慌てて、言い訳を連ねて謝った。綴は、ベッドの横に置いてあった、添付の地方新聞を手に取り、広げた。広告などと一緒に、地域一帯の新聞に挟まれている、薄い新聞だ。
紙面の下のほうに、赤いマジックで、印がつけられていた。
「見てごらん。情報欄の、三行広告なんだけれど」
榎は、差し出された新聞に目を通す。印のついた三行広告欄の一角を、凝視した。
四季姫様
来る七月三週目の土曜日
四季が丘妙霊山までお越しください
本当に三行の、簡潔な文章だ。だが、この短文につめ込まれた内容は、榎にとってかなり衝撃的なものだった。
「何ですか、この文章……。四季姫って、やっぱり、あたしたちに向けて書かれたものなんでしょうか?」
「だろうね。四季姫の存在を知る何者かが、君たちを誘っていると、考えるべきだろう」
文面に書かれた七月三週目とは、明日の土曜日を指している。かなり急なお誘いだった。
「妖怪――が、新聞に投稿なんて、する筈がないですしね。でも、あたしたちや綴さん、奏さんの他に、四季姫を知っている人間なんて、思い当たりません」
正体の分からない誰かが、四季姫を名指しで、呼んでいる。
何のために?
分からない。自問自答しても、答など出なかった。
考えの及ばない領域の問題が、様々な想像を駆り立てる。榎の心は、不安と好奇心の挟み撃ちにあっていた。
「相手の正体も意図も分からない以上、軽はずみな行動はしないほうがいいとは思うけれど……。この機会を逃したために、何らかの不利益を被る危険性もある。難しい判断だね」
綴は榎以上に、現実的に、真剣に考えてくれていた。
ただの悪戯ととるべきか。それとも、何らかの悪意ある罠か。
でも、もしかしたら、協力的な味方かもしれない。どれも心当たりがなさ過ぎて、可能性を絞り込めない。
「榎ちゃんは、どうするつもりだい? この誘いに乗るかい?」
綴は心配そうな表情で、意見を求めてきた。
榎は少し考えてみたが、頭の中では大体、考えが纏まっていた。
「あたしは、行きたいです。呼び出してきた人に会って、話を聞いてみたい。警戒していても、何も変わらないですしね。もちろん、四季姫の皆とも、相談しようと思いますけれど」
好奇心が勝った結果、出た答だった。だが、綴の言う通り、相手がどこの誰だか分からない以上は、注意して行動しなくては。騙されて誘拐された、なんてオチになったら、洒落にならない。
もちろん、四季姫として呼ばれているからには、榎一人で決めるわけにもいかない。椿と柊の意見も聞いて、慎重に動くつもりだ。
綴は榎の考えを聞いて、納得して微笑んだ。
「……君にはもう、頼もしい仲間がいるんだから、大丈夫だね。僕が心配する必要もなかったか」
少し、寂しげな笑みだった。綴はいつも、榎たちのために色々と気を配り、的確なアドバイスを与えてくれる。でも、基本的に謙虚な性格なのか、出過ぎたと感じると、すぐに身を引こうとする癖があった。
だからいつも、側にいても遠く感じる。榎には、もどかしい距離感だった。
「綴さんに気に懸けていただいて、とても嬉しいです。ありがとうございます」
誠心誠意込めて、榎は綴にお礼を言った。
綴の言葉が不要だなんて、思わない。むしろありがたいくらいだ。綴が教えてくれなければ、こんな新聞の連絡事項なんて、誰も気付かずにスルーしていたに決まっている。
頭の造りや、表現の乏しさの問題かもしれないが、榎の感謝の気持ちは、綴には、なかなか通じない。綴ともっと気楽に、いろんな話をするには、どうすればいいのだろう。
榎の今の、切実な課題の一つだった。
「気をつけてね。くれぐれも、無茶はしないで」
綴は笑顔を浮かべて、榎を応援してくれた。




