六章 Interval~長と月麿~
少し蒸し暑い、満月の夜。
月麿は伝師の長がおわす、総本山の建物に赴いていた。
久しぶりの来訪だ。報告しなければならない話が山ほどあるが、月麿の口は重かった。
「月麿殿、四季姫の覚醒は、順調に進んでいますか?」
以前と相変わらず、長は特別な白い部屋で、椅子に腰掛けていた。紬姫によく似た面影を宿す長は、月光を背に、穏やかな笑みを浮かべている。
月麿は返答できなかった。なかなか、長を満足させられる結果を残せずにいる。もどかしさや腹立たしさ、さらには恐怖にまで取り憑かれ、無言のままで俯いていた。
「お疲れですね。東京と京都の往復は、やはり疲れるでしょう」
長は、月麿を気遣ってくる。月麿は力なく、首を横に振った。
「もちろん、旅の疲れもありますが……。物事が色々と上手くゆかず、焦っておるのやもしれませぬ」
月麿は、本音を漏らした。報告ではなく、ただの愚痴になってしまった。
偉大なる伝師の長の前で、なんと嘆かわしい体たらく。月麿は己を恥じたが、既に口は止まらなくなっていた。
「長よ。四季姫はあと一人、秋姫を残すのみとなりました。ですが、手掛かりは一つもなく、難航しております」
「今までだって、手掛かりがなくとも、見つけてこられたのでしょう? 四季姫とは、その特異な力ゆえ、互いに惹きつけ合い、巡り会う定めを持っているのではないですか? 弱気になる必要はありません」
月麿の弱気な発言に、長は誠意を持って応え、光を射してくれようとする。もったいない、有難き励ましの言葉だった。
「そう、信じたいですが。さらに、大事な封印の要である白神石を、あろうことか宵月夜に奪われました。妖怪ごときに、どうこうできる代物ではありませぬが、万が一、破壊されでもしたら……」
大人の態度を取り、榎たちの前では気にしていない素振りを見せたが、正直、白神石を手元に置いておけない不安は、月麿の心を恐ろしくかき乱していた。
あの石は、伝師の要だ。早急に、正しい方法で封印を解かなければ、月麿が命懸けで時渡りをしてまで、この時代へやってきた意味そのものが、塵と化す。
月麿は、とにかく、とにかく、心配でならなかった。
「今は、四季姫の完全なる覚醒が優先です。四人揃えば、宵月夜から石を奪い返す程度の戦力は、確保できるでしょう」
長は静かに言い放った。月麿を苦しめる悩みを、軽く一掃した。優先してなすべき使命を、思い出させてくれた。
「大丈夫。秋姫は自ら、四季姫たちの前に、姿を現すでしょう。心配なさるな、月麿殿」
なんと、力強いお言葉。まるで長には、近い未来に起こる出来事が、全て分かっているみたいに思えた。
紬姫も、卓越した予言の力をお持ちだった。その偉大な力を引き継いでおられるのだろうか。
長の言葉に、身も心も、何もかもを委ねてしまいたくなった。
「長には、秋姫の所在がお分かりになるのでおじゃりますか?」
思わず、尋ねていた。疑いがあるわけではない。ただ、長がどこまで正確に、将来の展望を見据えていらっしゃるのか、知りたかった。興味本位だ。
無礼だとは、承知の上。今の月麿は、妙に解放的になっていた。長の真意を覗けるのならば、首を刎ねられてもよいとさえ思えた。
それほどに、伝師の長の放つ雰囲気は神秘的で、魅力的だった。
だが、長は「なんとなく、ね」と呟き、月麿の問いを軽くあしらった。
何とも、もどかしい。だが、急につれなくなる長の態度も、愛おしい。
月麿は何も言い返せず、かつ、その空間に長居もできず、無心で建物を飛び出していった。




