終章 四季幾年
二年後。
長い冬が終わり、春の日差しが感じられるようになった三月下旬。
四季が丘中学校で卒業式が執り行われ、数少ない生徒たちは新しい生活への期待に胸を膨らませて、学び舎を巣立っていった。
「やっと、中学卒業ね! みんな、おめでとう!」
校門の前で卒業証書を抱えて、椿が晴れやかな笑みを浮かべた。
「中学校生活も、長いようで短かったなぁ」
「色々、ありましたけどな」
柊と楸も、穏やかに笑いながら、椿に同意した。
「高校はバラバラになっちゃうけど、またみんなで集まれるといいわね」
「うちと椿と宵は、同じ高校やけどな。そんで、楸は京都市内の偉い女子高やろ。朝は了生はんの通っとった大学の付属校やし」
「はい。なかなか会う機会も、減ると思いますけど……」
隣では朝が、控えめな表情で微笑んでいた。
「つまんないわー。みんな、高校も一緒だと思ってたのに」
唇を尖らせる椿を、楸が宥める。
「まあ、それぞれ目標をもって、前へ進むわけですから、いつまでも一緒というわけにもいきまへんな」
「それで宵は、ずっとしょげとるんか」
朝の脇で、宵が蹲って、地面の砂を、みみっちく弄っていた。
「ずっと、楸さんと一緒の学校行くって、駄々こねてましたからね」
朝の話を聞いて、楸は脇で、困り果てた顔をしていた。柊は呆れた様子で宵を見下ろす。
「おツムの偏差値の違い考えたら、楸と同じ学校行こうなんて、無理な話やで。そもそも女子高やねんから、なんぼ頑張っても、どうにもならんやろ。女装して入り込むくらいか」
「そうか、その手があったか!」
「本気にしなや。犯罪やで……」
ガチで女装でもして潜り込もうと考えだした宵を、必死で止めた。
流石に二年経って、朝も宵も背がかなり伸びた。ダボダボだった学ランも、今では少し小さいくらいだ。声変わりも同じくらいの時期にしているし、さすがに女装は厳しいだろう。
「いつでも会えますから」と楸に念を押されて、ようやく落ち着いたらしい。
「そういえば、榎はんも、高校からは京都にこられるとか」
「うん。えのちゃん、将来は看護師を目指すから、看護学科のある高校、片っ端から受験したみたい。それで運よく通ったのが京都の学校だったんですって」
「何となく、運命感じますな」
「卒業式が終わったら、すぐにこっちに引っ越して……。そうだ、その前に四季が丘にも顔を出すって言ってたわ。今日か明日あたりに来るんじゃないかしら」
「ほんなら、久しぶりに全員集合するか!」
「寺で爺と八咫たちが、祝いの準備してる」
「ただ騒ぎたいだけやろ、あいつら……。まあ、了生はんがおらんようになって、寂しいんやろうけどな」
「了生はんは、修業の長旅に出られたんでしたな。いつ、戻られるんですか?」
「分からんて。早くても三年はかかる言うてたわ」
「柊はんも、寂しいんと違いますか?」
「そら、な。けど、帰りを持つ役も、大事やから」
「そうどすな。柊はんにしか、できん役目どす」
遠い目をして哀愁を漂わせる柊の肩を、楸が優しく叩いて微笑んだ。
穏やかに笑いあう二人の間に、椿が勢い良く割り込む。
「今日は、暗い話はなし! はやくお寺に行ってお祝いしましょう!」
元気な掛け声とともに、五人は賑やかに、学校を後にした。
* * *
同刻。
榎は、新幹線の京都駅の改札前に立っていた。
「久しぶりだな、京都……」
本当に、久しぶりだ。
名古屋に戻ってからも、椿たちとは連絡を取り合ったりしていたが、一度も京都の地には、足を踏み入れていない。
――迎えに来てくれるまで、こちらからは行かない。
そう決めて、今まで近付かずにいた。
今回の来訪は、京都の高校に通うための下準備という理由もあるが、別に四季が丘を訪れる必要はなかった。
でも、榎にもそろそろ、我慢の限界が来ていたのだから、仕方ない。
髪も伸びた。私服でスカートを穿いても平気になった。剣道の腕も更に上達した。背も、必死で止めようと奮闘したが、また少し伸びた。
少しでも成長できた榎を、ほんの僅かでも、綴に見てもらいたかった。
そして、綴がどれくらい前に進めているかも、奏からの話だけでなく、この目で見たかった。
会えなくても、せめて一目でも、姿を見られたら。
そんな欲求に抗いきれず、椿たちとの再会も兼ねて、やって来たのだった。
改札を抜けて在来線との連絡通路に出ると、だしぬけに誰かとぶつかって、よろめいた。
「すいません……」
「前見て歩けよ、ボーっとしてんじゃねえ」
謝る間もなく悪態をつかれ、榎は茫然とする。
ぶつかった相手は、どこかで見た人物だ。
肩上で真っ直ぐに切りそろえられた、黒い髪。目つきの悪い瞳。真っ白な肌。そして、丈の長いスカートのセーラー服。
「え、ちょ、萩……!?」
もしやと思ったが、間違いない。
神無月萩だった。
二年前とまったく変わらないいで立ちで、榎を軽く睨み付けて去っていく。いや、いくらか血色がよくなって、健康的な姿になっている気もする。
驚いて呼び止めようと、後を追いかけたが、その行く手を別の人物に塞がれた。
「君の行く先は、こっちじゃありませんよ」
目の前に立ちふさがった、テンガロンハットを被った飄々とした男。
「響……さん!?」
傘崎響は、何が何だか分からず困惑する榎に笑いかけて、進行方向と真逆の方向を指さした。
「今度は大切なもの、失わないようにね」
それだけ告げて、響は萩と共に、風の如く通り去ってしまった。
何をしにきたのだろう、あの二人は。
「何だろう、大切なものって……?」
暫く考えて、榎はまさかと思い、鞄の中を漁った。
そして気付く。財布の紛失に。
「また、財布がない! 何で京都に来ると財布をなくすんだ、あたしは」
大事な旅費や、頑張って貯めたお小遣いが入ったなけなしの財布。誰かに盗られるわけにはいかない。
響も、落としたと分かっているなら、拾ってくれても良さそうなものなのに。
そういえば、綴と初めて出会ったのも、こうやって財布を落として、困っていた時だった。
あの時、初めて出会った瞬間から、榎はもう、綴に惹かれていたのだと、今になるとよく分かる。
あの頃から綴は、榎の存在に気付いていた。夢の中でいつも、榎を見ていた。
今も病室で、榎が京都にやってきた様子を、見てくれているかもしれない。
なんて、都合のいいことを考えたなと、少し呆れて笑った。
昔みたいに、また落とし物センターに預けられているかもしれない。聞いてこようと歩き出した矢先。
「お嬢さん、財布を落としましたよ」
背後から、声を掛けられた。今回は親切にも、拾ってくれた人がいた。
「あ、ありがとうございま……」
安心して振り返り、その人が差し出す財布を受け取った榎は、固まった。
目の前に立つ人の容姿に、釘付けになった。
清楚で皺ひとつない、黒いスーツ。少し病弱な白い肌。それを強調するような、真っ白の髪。
綴の優し気な笑顔が、榎の目の前にあった。
綴は続いて何か言おうと口を開いたが、その言葉が飛び出す前に、榎が飛び出していた。
周囲の目も気にせず、勢いよく綴に抱きつく。
綴の体幹は、しっかりしていた。まっすぐに地面を踏みしめて、違和感なく立っている。榎が飛びついても、よろめきもしなかった。
綴は榎を抱きしめ返し、優しく背中を撫でてくれた。
「待ちきれなくて、来ちゃいました」
「ごめんね、遅くなって」
榎が呟くと、綴は穏やかに詫びた。耳元で聞こえる綴の声が、とても懐かしくて安らぐ。
「綴さん、背が高いんですね」
何を話していいのか分からず、思わず口を突いて出た。実際、前よりも伸びた、男子顔負けの榎の背丈よりも、綴の背丈は高い。
「車椅子に座っていると、分からなかったね。歩けるようになってからも、少し伸びたし」
そんな他愛のない話が、自然にできる。
榎にとっては、最高の喜びだった。
「やっと、君の隣を歩ける。一緒に、どこまででも」
綴の満足そうな表情が、とても印象的だった。
四季姫としての物語は終わっても、この道の先には、また新しい物語が続いている。
まだ誰も知らない、誰にも干渉されない、大切な人と紡げる、大切な物語が。
榎と綴は固く手を繋ぎ合い、駅のホームを歩いて行った。
四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~
これにて完結となります。
足掛け三年以上。100万文字を超える大作を、なんとか最後まで書き上げることができました。
物語を最後まで書き上げるというのは、なかなかできない体験でもあるため、とても感慨深く、大きな自信に繋がりました。
主要キャラクターの後日談なども書こうと思っていますが、また別の機会に別の形で、ということにしようと考えています。
ラストにかけてはあまりダラダラと書き連ねるのは個人的に好ましくないため、シンプルな終わり方で締めくくりました。
最後までお付き合いくださった皆様、ありがとうございました!




