第二十六章 夏姫革命 5
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安倍晴明の屋敷を出て道なりに進むと、広い大通りに出た。通りの脇に牛車が停めてあり、側で白い着物を着た老人が牛の世話をしていた。
この牛車は守親が乗ってきたものらしい。守親はその老人に声を掛け、牛車に榎を乗せる。
榎を奥に押し込んで、守親も乗り込むと、牛車はゆっくりと動き出した。舗装されていない砂利道を走っているせいか、やたらと上下に揺れて、尻が痛い。守親は慣れているのか、平然としている。
平安時代にはこんな乗り物しかなかったのかと考えると、昔の人の移動の大変さが身に染みた。月麿が車やヘリコプターに恐怖を抱いていた気持ちも、今なら理解できる気がした。
榎は辺りを見渡しつつ、さり気なく守親の顔を観察した。よくよく見ていると、その眼つきや口元の感じが、誰かに似ている気がした。
綴、ではない。
ふと、脳裏に浮かぶ。
そうだ、奏たちの父親――伝師護に似ている。
その雰囲気や狡猾そうなところが、そっくりだった。
やっぱり、護は伝師一族の末裔なのだろう。守親の子孫である護が、その妻である紬姫を匿い、妻にして新たな子孫を残す。
運命的というか、不思議な縁だと思った。
どのくらいの距離を移動したか分からないが、しばらく揺られたのち、牛が足を止めた。
外に引っ張り出されると、目の前には立派なお屋敷が立ちはだかっていた。あまりの荘厳さに、榎は無心で見入ってしまった。
入り口には二人の門番が、棒状の武器を構えて立っている。
牛車から降り立った守親は、門番たちに偉そうに声を張り上げる。
「守親が帰ったと、紬姫に伝えよ! 賊を捕えた、これより部屋に突き出しに行くと申せ!」
門番の一人が、報告のために屋敷の中に入っていった。その後に外に出てきた者の姿を見て、榎の体は飛び上がりそうになった。
「これはこれは、御当主殿。早々に逃げ去られたのかと思うておりましたが、おめおめと戻ってこられたでおじゃるか」
そいつは、千年前の月麿だった。時渡りをする直前くらいの時期なのだから当然と言えば当然だが、榎の知る月麿とまったく同じ姿形だった。
まだ、現代に来る前なのだから、この月麿が榎を知っているはずがない。だが、どうにも素性がばれそうな気がして、榎は挙動不審に怯えた。
「口を慎め、陰陽家の能なしめ。我が逃げる理由が、どこにある」
相変わらず生意気な口を叩く月麿を、守親は不愉快そうに一喝する。
「四季姫が一人、夏姫を捕えて参った。紬姫に引き合わせる。処遇は、我が妻に任せる故、通してもらおうか」
「なんと! 貴殿が一人で捕らえたでおじゃるか!?」
月麿は驚きつつも、疑いの眼差しで、榎をじろじろと観察し始めた。榎は目を併せないように、必死で月麿の視線を避けた。
「ふむ。たしかに、夏姫……? しかし、何やら以前より、背が高うなった気がするが。顔も何だか幼く……」
まずい、バレたか。
月麿は鈍いくせに、人の粗探しや物事の違いを見分ける目が肥えている。偽物だと気付かれれば、一貫の終わりだ。
守親も危惧を抱いたのか、懐から小さな袋を取り出して、中身を月麿にぶちまけた。
「せいっ! これでも食らえ!」
袋の中からは、白い粉が飛び出てきた。月麿の顔に罹ると、次第に体をふらふらとよろめかせ始める
「おじゃ~? なんだか頭が、くらくらする……」
「毎日、ほとんど寝ずの警備で疲れておるのだろう。他の者に任せて休むがいい」
守親が背を押すと、月麿はよたよたと、おぼつかない足取りで屋敷の中に去って行ってしまった。
足止めをしてくる者もいなくなり、守親と榎は悠々と屋敷の中に足を踏み入れた。
沓を脱いで廊下に入ると、守親が猿轡を外してくれた。
「麿に、何かしたんですか?」
口が自由に利けるようになったので、早速尋ねると、守親は軽く鼻で笑った。
「なに、ちょっと催眠の術を用いただけだ。あんなにかかりやすい男は、あやつくらいだがな」
「単純だもんな……」
続いて馬鹿笑いをする守親を横目に、榎は納得するしかなかった。




