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四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~  作者: 幹谷セイ(せい。)
第一部 四季姫覚醒の巻
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第三章 春姫覚醒 4

 今日は金曜日。福祉部の活動がある日だった。

 四季ヶ丘病院のロビーは、風邪の診察で訪れる患者たちで、ごった返していた。薬を処方されても、いっこうに治らないらしいが、みんな医者にすがるしか、安心する方法がない様子だった。

 人込みを避けつつ、榎は単身、つづるのいる個室を訪れた。

「お久しぶりです、綴さん」

  榎は丁寧に挨拶をした。ベッドに身を横たえた綴は、榎の姿を見て、嬉しそうに微笑んだ。

 何だか、綴の笑顔が、弱々しく感じられた。榎は少し、心配になった。

「顔色が悪いですけれど、大丈夫ですか?」

 綴は力無く頷いた。全然、平気そうには見えなかった。

「寝不足気味でね。最近、夢見が悪いんだ。寝るのがちょっと、怖い時があるんだよ」

 綴には、不思議な夢を見る力があった。眠っている時に、どこか別の場所で起こっている出来事を夢に見る、特異な能力だった。綴が榎を気にかけてくれて、互いに秘密を共有する仲になったきっかけも、綴が榎の姿を夢に見たためだった。

 今度は、どんな夢を見たのだろうかと、榎は気になった。

「榎ちゃん。……先日は、妹が大変な失礼をしたね。申し訳なかった」

 尋ねてもいいだろうかと考えていると、先に綴が口を開いた。

「奏が、あんな馬鹿な商売をしているとは、まったく知らなくてね。一歩間違えれば詐欺だろうが、何を考えているんだ、あいつは……」

 綴は額に手を当てて、幻滅した顔でうなだれた。

 綴は、夢の中で、妹の奏が榎と戦う場面を夢に見たのだと悟った。確かに、奏の姿や行動力には、榎も驚かされた。綴も、榎以上の衝撃を受けたのだと、想像できた。

「君に口を挟むだけではなく、戦いの邪魔までするなんて。また後日、よく叱っておくから」

「叱らないであげてください。あたしの早とちりで、巻き込んだんです。なのに奏さんは、あたしを助けてくれました」

 表情を曇らせて、怒りをあわらにする綴を、榎は慌てて宥めた。

「綴さん、夢で断片を見ただけで、流れをちゃんと理解していないでしょう? 全部お話ししますから、奏さんへの誤解を解いてください」

 綴の見る夢は、いつも途切れ途切れで、うまく内容を把握できない場合が多いと、前に聞いた。だから今回も、断片を良くない方向に繋ぎあわせて、悪い連想をしているに違いないと思った。

 奏への誤解を解くために、榎は一から全て、丁寧に綴に説明をした。

 綴はメモをとりながら、榎の話を真剣に聞き、何度も頷いていた。

「君は奏を、四季姫の仲間だと思ったんだね。だから何もかも打ち明けて、共に戦おうとしたのか」

 納得した様子の綴の言葉に、榎は首肯しゅこうした。

「はい。残念ながら、違いましたけれど。奏さんは、あたしみたいな力も持っていないのに、果敢かかんに妖怪に挑んで、戦ってくれました。宵月夜を追い払えた勝因は、奏さんなんです。……だから、叱らないであげてください」

 必死で訴える榎を見つめて、綴は優しい顔で微笑んだ。

「榎ちゃんは優しいね。分かった、今回の件は、榎ちゃんに免じて、不問にするよ」

 榎は安心して、綴に感謝した。

「榎ちゃんの仲間探しは、また振り出しに戻ってしまったんだね」

 綴の言葉に、榎は少し落ち込んで、首を縦に振った。

「なかなか大変ですよね。居場所も、四季姫として目覚めているかも分からない仲間を、自力で見つけるなんて」

「榎ちゃんも、少し顔色が悪いね。仲間探しに、苦労をしているのかな」

 心配そうに、綴が労ってくれた。

「目の下にくまができているし、瞳も落ち込んでいる。かなり疲れているね」

 綴が真剣な形相で、榎の頬に手を懸けた。上半身を起こし、榎に顔を近づけてきた。

 すぐ目の前に、綴の顔が迫ってきた。榎は反射的に、背中を反らせて後ろへ逃げた。心臓が激しく高鳴っていた。

 綴は榎の反応に驚き、慌てた様子で手を引っ込めた。

「ごめんね、急に、驚かせて……」

 困惑した表情で、綴は榎に謝ってきた。

「いいえ、あたしこそ、すいません……」

 榎は姿勢を元に戻し、罪悪感に囚われた。綴は榎を心配してくれていたのに、思わず拒む仕種をとってしまった。びっくりして無意識に体が動いたとはいえ、綴を傷つけただろうかと思った。

 しばらく沈黙が続いた。榎はそーっと、綴に視線を向けた。綴は少し気まずそうな顔をして、俯いていた。

 やがて、軽く咳ばらいをして、榎に向き直った。榎は緊張して、背筋を伸ばした。

「あまり、必死になって探さなくても、案外、近くにいるかもしれないよ。他の四季姫たち」

 無理矢理、話を切り替えて、綴は榎に言ってきた。突飛な話に、榎は一瞬、唖然とした。

「どうして、近くにいると思うんですか?」

 尋ねると、綴は真剣な表情で、まっすぐ前を見ていた。

「いてくれないと、ストーリーが続かない」

「ストーリーが?」

 予想外の返答に、榎は素っ頓狂な声をあげた。驚いている榎を見て、綴は少し恥ずかしそうに笑った。

「僕の勝手な希望。物書きの性分でね、物事がスムーズかつ、合理的に進まないと、嫌なんだ」

 最初は榎も唖然としていたが、綴の笑みを見ていると、何だかとても、気持ちが安らいだ。

 つられて、榎も笑っていた。

「本当に、近くにいてくれるといいですね」

 榎の言葉に、綴は強い態度でうなづいた。

「鍵はこの京都にある、とは考えても良さそうだよね。榎ちゃんだって、京都にやってくるまで、夏姫として目覚めなかったわけだし、妖怪や陰陽師に関連がある土地柄、他の仲間たちも、無意識に京都内に集まっている可能性は高いと思う。かなり、範囲が絞れるかもしれないよ?」

 綴の憶測は、的を射ていると思った。かつて、平安の京が栄えていた場所は京都だし、残りの四季姫も、きっと京都のどこかに住んでいると考えても良さそうだった。京都も広いが、日本全国や、世界中を探す場合と比べれば、かなり望みは大きかった。

「綴さんのいう通りかもしれませんね。ありがとうございます、頑張って探してみます」

 がぜん、やる気が出た。意気込む榎を見て、綴も嬉しそうに微笑んでいた。

 いい具合に、病院を出る時間になった。榎は立ち上がり、綴に頭を下げた。

「変な風邪が流行っているらしいので、綴さんも気をつけてくださいね。さようなら」

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