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32 ドイツ車のバックミラーは黄金の光を照らす

 高周波の「キーン」という音が、タイヤと路面の摩擦音と打ち消し合っている。電気自動車のモーターが回り信号のある交差点を通り過ぎる最中、運転手はバックミラーを見ていた。

 対向車線のガソリン車が放つまぶしい光で車内が明るく染まる。光に当てられて輝く黄金の髪を持つ少女の肩では、おしとやかで艶やかな黒髪の似合う少女が寝息を立てている。


「アルベルタ様、ダンジョンはいかがでしたか?」


「日付が変わってしまっていることに気づかなかった。魔法にかけられたように魅入られたよ」


 静かな車内にドイツ語が響く。無意識かつ流暢にアクセントを強調して話されるドイツ語はネイティブ特有の格式の高さを持っていた。

 グリム兄弟の「灰かぶり」で主人公にかけられた魔法が解けてしまう時間を過ぎても、ダンジョンは少女に魔法をかけ続ける。


「……ティルダ、大和は一体何者なんだい?」


「資料を送りました」


「きみの意見は?」


 アルベルタはスマホに送られた資料を見る。住所・電話番号・家族歴・交際歴をはじめとして、クレジットカードの利用明細やギルドでの購買歴を流し見る。

 彼がダンジョンに初めて入った記録は入学式の日。ダンジョンから出た日は授業のはじまる日になっている。でたらめな記録だと結論つけた。


「仁勇会のダンジョン攻略組のうち、もっとも若い者が少年でしょう。かつ、レベルダウンという手段を用いて学園に潜入したエージェント。目的は仁勇会のお姫様の護衛でしょうか。その仮説を主張します」


「入学式の日、はじめて会ったときからふたりは一緒に行動していた。知り合いではなかったらしい。たとえば神楽 一心が柳楽 大和として潜入している可能性は?」


「恐れながら申し上げます。極端に低い」


「理由は?」


「一心とは何度か戦闘行為に及んだことがあります。彼の剣筋はもう少し固い。対して大和の剣筋は柔軟で変化に富む。経験の差でしょうか。大和のほうが細かいところがうまい」


「詳しく教えてくれる?」


「剣を遠くへ届かせるには、腕を内旋させたほうがより遠くに剣が届きます。神楽一刀流を修める多くの者は型に従順です。ただ、大和には崩しが目立ちます。柔軟という点では、ほかの者が型通りに振るうところ、大和はスピネイトをかけてもより致命的で攻撃力の高い剣を選んでいる」


「続けて」


「彼の剣は鋭い。神楽一刀流の対空技である『水芙蓉』について、一心と比較して彼の方が技の精度として優れている。おかげで一心の隙を見つけることができました」


「一心より上? そんなことがありえるの。自分の懸念を共有させてほしい。大和が『ワルキューレ』の『フリスト・ステップ』をしていたことに気づいていた?」


「ありえない」


「事実。自分がソーリアン・アビスとの戦闘を楽しんでいたら見破られて合わせてきた。その際のステップが完全に揃った。フリストのステップでね」


「彼がワルキューレの型のうち、ひとつを知っているということですか」


「意味のないクローズドクエスチョンは控えてくれる?」


 少女の寝息だけが車のなかで響いていた。


「大和のことをきみは珍しく気に入っていたろう? いつも自分に寄ってくる男性には、ことさら厳しいのにね」


「気のせいでしょう」


「女の子扱いされてうれしかったんでしょう。しかも年下の男の子に?」


「意味のないクローズドクエスチョンはやめてください」


「ふふっ、耳まで真っ赤だよ。……彼はいいね。きっと自分に協力してくれる」


「父上のことを話すのですか」


「見極めなきゃね。彼が自分の王子様かどうか。はやく明日がこないかな」


「お嬢様、もう今日ですよ」


「ふふっ。明日がこなければいいのにね」


 アルベルタはダンジョンから遠ざかりながら、ダンジョンに対する想いを募らせていた。


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