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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第二章

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閑話2-4 エレナ

 土の匂いとむせ返るような悪臭が辺り一面に充満する中。

 女性のスマートフォンの明かりがうっすらと暗闇を照らす。


「あぁ……畜生……」


 呻くようなその声の方を見ると久世さんのお腹が真っ赤に染まっていた。


「久世さん!」


 慌てて彼の側まで寄り、服の裾をめくり上げる。

 蟻に噛まれた時にやられてしまったのだろう。

 両方の脇腹にパックリと深い裂傷が入りドクドクと血が流れている。


「俺はもう、ダメだ……」

「馬鹿なこと言わないの!」

「そうですよ!あんな偉そうな講釈を垂れておいて死ぬなんて許しません」


 止血しなければ。

 私はすぐに両手を脇腹に当てて強く押す。

 指の隙間からぬるりと血が滲み出る中――

 その横で女性がブラウスを脱ぎだした。


「これ、使ってください!」

「ありがとう」

「悪いな……」

「喋らないで」


 女性から受け取ったブラウスを軽く締め付ける程度の強さで巻いていく。

 白い布地はすぐに真っ赤になったが血が垂れるということはなさそうだ。

 

 私はそれにホッと胸を撫で下ろすと小さく震えていた手を抑えつけるようにギュッと拳を握る。

 そして変身を一度解除して上半身が下着姿になった女性に私が着ていたボロボロの上着を差し出した。


「ありがとうございます……」

「あとは、ここに入ってくる蟻を撃退しながら助けを待ちましょ」


 とは言え――

 巣の中は迷路のように入り組み、私たちのいる場所を見つけるのはなかなかに難しい。

 残り少ない弾薬。

 重傷を負った負傷者がいる状況。


 どこまで持ち堪えられるかは分からない。


 せめて、マギ管の現場に向かっている人たちに私たちの状況を伝えられれば。

 そう思った時――


 ふと彼女が持っているスマホが目に入る。


「ねぇ、それ……電波繋がってる?」

「圏外とピンが一本立つぐらいを行ったり来たりしてますね」

「なら通話は無理よね……」

「知り合いにメッセージとかで送ってみます?」

「そうですね、あとは……」


 知り合いにメッセージを送ってそこから間接的にマギ管に連絡をとるのもいいけど――

 できれば直接やりとりがしたい。

 

 何か方法はないか。

 必死に思考を巡らせていると一つの光景が脳裏をよぎった。

 

 倉庫で灰原と戦うとき彼が何をやっていたか。

 魔法少女の配信を乗っ取り、己の思想を世界中に公開していた。


「配信をやっている魔法少女の名前ってわかりますか?」

「スターライトクイーンセイラのことですか?」

「そう!それ!」

「配信はデータが重すぎて開けませんよ」

「そのセイラはSNSとかやってないの?」

  

 そう尋ねると彼女はハッとした顔になり、素早くスマホを操作する。

 そして、しばらく経ったあと彼女は画面をこちらに向けた。


 そこにはアメリカにいた時によく見たアプリとはまた違った画面が映し出され――

 スターライトクイーンセイラというユーザー名と見覚えのある顔がアイコンになったアカウントが表示されていた。


「でも、こんな人気のアカウントにSOSを出してもイタズラと勘違いされませんか?」

「それなら多分、大丈夫」


 私は彼女からスマホを受け取ると、スターライトクイーンの最新の投稿を開く。


【最近、純喫茶にハマってるんだけどおすすめのお店とかあるかな〜?

サイフォン式で淹れてくれるところとかめっちゃ最高〜】


 そう呟いている投稿の返信欄にコメントを打ち込んでいく。

 そして――“ポスト”と書かれたボタンを押した。


 “ポストを送信中…”という表示を祈るように眺め――

 

【助けて!エグゼキューターに巣穴まで連れてかれた。要救助者三名のうち重傷者が一名。 

待っててねとか言ったんだから、ちゃんと責任取ってよ エレナ】


 ポスト完了という通知と共に表示された返信に私はホッと息を吐く。

 それと同時に、巣穴の奥の方から“何か”が蠢く音が近づいて来た。


「来たわね……」


 私は銃を取り出すと“食糧保管庫”の入り口に銃口を向けた。

 そして――


 パァンッ!


 閃光が迸り、餌を取ろうと顔を出した蟻の頭が吹き飛んだ。

 ここからは本当に持久戦だ。

 死体から出るフェロモンで異常を察知した蟻たちが一気に押し寄せるに違いない。


 そう覚悟を決めたのと同時に背後から掠れた久世さんの声が届く。


「おい、エレナ……」

「喋っちゃダメだって……」

「いいから聞け」


 久世さんは自分の腹部を抑え、どこか虚ろな目で告げる。


「もし、本当に危ないと思ったら俺のことは置いて逃げろ」

「できる訳ないでしょ! そんなこと!」


 久世さんには東京の路地裏を彷徨っているところを助けられて以来、本当にお世話になったのだ。

 私の生き方を肯定はしないけど否定もしない。

 ただ比較的安全な“居場所”を与えてくれた。


 その恩をまだ返せていないのに、こんな場所に置いていくわけにはいかない。


「俺はもう充分生きた。若いもんの足枷にはなりたくねぇ」

「いや、絶対にイヤ……」

「エレナ……」


 諭すような声音。

 それはまるで聞き分けの悪い娘へ向けるようなもので私は必死に首を振って前を向く。


「もうこれ以上、身近で死ぬ人なんか見たくない」


 両親、あの警官、仲間の魔法少女たち。

 ここで久世さんまで失えば――


 考えるだけで冷たいものが背筋を駆け抜ける。


「奥さんに文句を言うまで死ねないんでしょ?弱音を吐かないで」

「……悪い」

「分かればいいのよ」


 そして、臨戦体勢で顔を覗かせた蟻を立て続けに撃ち抜く。

 しばらくそれを繰り返し――


 マガジンを交換しようとして、もうコートの中に残弾が一つもないことに気がついた。


「チッ……」

「エレナ……」

「大丈夫だから下がって!」


 心配そうな声音の久世さんと祈るようにこちらを見つめる女性にそう返すと蟻の死体の中へと潜りこむ。


 そして――


 次に現れた蟻の触覚を目掛けて思いっきりレイピアを振った。

 斬る用途には不向きな武器だが、それでも――

 軽い手応えのあと、触覚が弾け飛んだ。


 感覚器官を失って右往左往しだす蟻。

 私はあえてそれを放置して、次の蟻も同様に触覚を斬り落とす。


 保管庫で混乱して彷徨う蟻が増える中。

 まだ助けは来ないのか――?


 そんな焦燥が増していく。


 その時――。


「スターライトクイーンから返信が来ました!」

「なんて来たの⁉︎」

「えっと……“銃声のした方に向かえばいいの〜?”って」

「早くきて!って送っておいて!」

「はい!」


 やっと返信がきた。

 しかも、送られてきたメッセージの内容から彼女たちはもう巣穴の中に飛び込んでいる。


 あと少し。

 レイピアを握る手に力を込めた瞬間。

 保管庫の壁が突如、爆ぜるように吹き飛んだ。

 砂埃が立ち込める中、銀色の半円を描き、斬撃が飛来。

 

 触覚を失いカチカチと顎を鳴らす蟻を――四匹纏めて切り裂いた。


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