閑話2-3 エレナ
場所、敵の規模、三人でコンビニに立て籠っていること。
私は、伝えられる限りの情報を端的にマギ管のオペレーターに伝えていった。
電話越しに何度か端末を触る音がした後。
『わかりました。直ちに救助チームを派遣します』
帰ってきた言葉に少し胸が軽くなるのを感じながら私は電話を切った。
「本当によかったのか……?」
背中越しに少し心配そうな久世さんの声が鼓膜を揺らす。
「私のことは気にしないで、隙を見て逃げるから」
「ならいいが……」
「それよりも今は救助が来るまでどう持ち堪えるかを考えましょう」
「あぁ」
救助が来るまでどう持ち堪えるか。それを考えなければいけない。
蟻たちはこの間にもガリガリと窓ガラスに傷を入れ続けているのだ。
「ひとまず、出来るだけ窓を塞ぎましょう」
「わかった」
それから、私と久世さんは商品の陳列棚などを窓際に寄せて即席のバリケードを構築していく。
その間、助けた女性はずっと膝に顔を埋めたままだった。
見兼ねたのだろう。
久世さんが声を少し張り上げる。
「おい、お前も助かりたいなら少しは手伝え」
咎めるような強い語気。
それに女性は少し顔を上げると、また俯いた。
そして、ポツリ。
「こんなに魔物に囲まれたらもう助かりませんよ……」
「てめぇ……!」
今にも掴みかかりそうな勢いで飛び出しかけた久世さんを慌てて引き止める。
そして私はゆっくりと女性へ近づいた。
「帰りを待っている人とかは居ないんですか?」
「……居ません」
「ご両親は?」
「幼い頃に私を捨ててどこかにいきましたよ……」
それからずっと一人で生きてきたんです。と話す女性。
「プッ……ククッ……ハハッ」
それを聞いていた久世さんが堪らずといった感じで小さく吹き出した。
それを馬鹿にされたと感じたのか、女性は久世さんを睨みつける。
「ちょっと久世さん……」
「いや、悪い悪い、馬鹿にしたとかじゃないんだ……」
久世さんは誤魔化すように後頭部を掻きながら苦笑を浮かべた。
「ただ、女房と娘に捨てられた奴と、両親に捨てられた奴、そして、バカみたいに運命に見放された奴、独りぼっちがこんなに集まることがあるのかと思ってな」
「……え?」
全員、似たような境遇の人だとは思わなかったのだろう。
女性は小さく顔を上げると瞳を揺らしながら私たちを見た。
「あの……なんで生きているんだろう?とか思わないんですか?」
「俺はねぇなぁ〜」
「私もそんなことを考える余裕がなかったかな……」
私の場合は、今日を生き抜くことに必死だったというのもある。
そして、両親からは十分な愛情を貰っていて、捨てられた、というよりは――
突然居なくなった。
と、いう感じなので、彼らや私のために死んでいった人の分まで“生きてやる“。
私はそんな気持ちの方が強い。
「二人とも強いんですね……」
「おいおい、俺をこの生存本能の塊と一緒にするな」
久世さんはそう言って私の方を指差す。
そして、深く息を吐き出すと、ゆっくりと口を開いた。
「俺はただムカつくから必死になってるだけだよ」
「何がムカつくの?」
「いや、だってよ……俺は家族を食わせるために一生懸命働いてきたんだぜ……」
そう語る彼からは今までの苦労が滲み出ているようだった。
「それが仕事がなくなれば、用済みとばかりにポイ捨てだ、あの時は俺は今まで何のために汗を流してきたのか……って思ったもんだよ」
「そうなんだ」
「あぁ、借金を抱え込んだ父と一緒に居たくないのは分かるぜ、俺だって迷惑をかけたくないから別れてもらうつもりだったんだ」
久世さんはそこで一度言葉を切るとコンビニの天井を仰ぎ見る。
「でもよぉ、ある日突然黙って出ていくほど俺たちの築いてきた“家庭”ってのは浅かったのか?」
その問いはコンビニの中の空気に静かに溶けていった。
私はかける言葉が見つからずに黙って彼を見つめるしかできない。
自分の中の“家庭”は最期まで幸せで満ちていたからこんな終わり方もあるのかと思うほどだ。
「だから、アイツに文句を言うまでは俺は死んでやれないんだよ」
最後に彼はそう呟くとゆっくりと女性に歩み寄る。
「あんたも泣き寝入りしてる暇があったらそのクソ親どもの顔面をブン殴ってからにしな」
「クソ親……ですか?」
「あぁ、自分の都合で産んだ子供の面倒も碌に見れない奴はクソ親で十分だ」
吐き捨てるように顔も知らない人たちのことを“クソ親”と断じる久世さん。
それに女性は小さく吹き出した。
「ふっ……そうですね。ごめんなさい」
そう言ってから女性はゆっくり立ち上がると陳列棚に手を伸ばす。
「手伝います。助けが来るまで持ち堪えましょう」
「ありがとう」
「おうよ」
私と久世さんは小さく笑みを浮かべ、三人でいそいそと窓際にバリケードを築いていく。
「マギ管には他人のために飛んできた銃弾を斬る馬鹿みたいな子がいるからきっとすぐに駆けつけてくれるはずよ」
「銃弾をぶった斬った?マジで?」
「この目で見たわ」
「そりゃ、是非一度お目にかかりたいね」
彼女のことを思い浮かべるだけで、何の根拠もないのに大丈夫だという気持ちが湧き上がる。
今度会ったら差し出されたあの手を握ろう。
そう思った――その瞬間だった。
動かせる全ての陳列棚が窓際に移動されて綺麗になった床面。
そこに、亀裂が走る。
「離れて!」
嫌な予感にそう叫んだのと同時に巨大な穴が開き地面から蟻が飛び出した。
そして、強靭な顎が久世さんの胴体を捉える。
「ぐあああああ!離せッ!この虫ケラがッ!」
腹を挟まれた久世さんが必死の抵抗を試みようとしたのを見て私は声を張り上げる。
「抵抗しないで!大人しくした方が生存率が上がるから!」
「はぁ⁉︎マジかよ?」
「こいつらは獲物を一度巣に持ち帰って保管する習性があるからそこで助けを待ちましょ!」
「クソッ……わかったよ!」
久世さんがもがくのをやめた瞬間。
蟻も顎でダメージを与えることから運ぶことへと思考を切り替えたのか久世さんを掴んだまま動き出す。
そして他の蟻たちが一斉に残った私たちに襲いかかって来た。
「変に抵抗はしないで!死んだふりをしましょう!」
この数を相手に私一人ではもうどうしようもない。
今はとにかく無傷で済ませることが優先だ。
私は恐怖で固まっている女性にお手本を見せるように冷たい床に倒れ込む。
蟻の触覚が体に当たり、やがて冷たい顎に挟まれるとそっと持ち上げられる。
浮遊感に身を任せながら女性の方を横目で見ると彼女も同様に運ばれていた。
特に外傷がなさそうなことを遠目に確認し息を小さく吐き出す。
心臓が嫌な音を立てるのを感じながら――私たちは光の届かない真っ暗な巣穴へと引きずり込まれていったのだった。




