104話
「よし! もう大丈夫だぜ!」
楽の声が俺のすぐ隣から聞こえてきた。
無事に地上にたどり着くことができた俺たちの目に最初に飛び込んできたもの。
それは、燦々と降り注ぐ陽光の下で忙しなく動き回る自衛隊員の皆さんだった。
楽の肩を借り、朝倉さんの砲撃によって抉られた道をゆっくりと安全な場所を目指して歩く。
道中にはエレベーターのワイヤーが巻きついた木や、立坑の中へ向かって伸びる植物たち。
激闘の跡がくっきりと刻まれていた。
しばらくして。
俺たちの正面から白鷺さんがやってきた。
彼女は俺の顔を見たあと、少し心配そうな視線を脇腹の方へ下げる。
「助けられて良かったよ」
「白鷺さんのおかげで助かりました」
切れたワイヤーを木に巻き付けて無理やり引き上げる。
あんな無茶な手段が本当にうまくいって良かった。
改めてそんな感慨に耽っていると朝倉さんたちもやってきた。
最初は笑顔でこちらに近づいてきていた朝倉さんだったが――
距離が近づくにつれて朝倉さんの足取りが徐々に重苦しいものへと変わる。
そして、俺の全員をはっきりと視界に収めると表情を曇らせた。
「ソフィ……大丈夫……ではなさそうね……」
「見た目ほど酷い訳ではないので……」
歩行はできる。
それに喋ることもなんとか可能だ。
とはいえ――
流石に疲れてしまった。
安心したからだろうか?
全身が鉛のように重い……
早く横になりたいという願望が胸の奥底から湧き上がってくる。
それが顔に出ていたのか、朝倉さんも白鷺さんも特に言葉をかけてくることはなく――
俺の身体はあっという間に担架の上へ載せられた。
そして、ヘリコプターのローターから響く重低音が徐々に大きくなってくる。
「ありがとう。ソフィ」
ヘリからロープを使って降りてきた隊員の方が担架を引き上げる準備に取り掛かる。
そんな中で、ポツリと朝倉さんが何やらお礼を言ってきた。
「何か朝倉さんにお礼を言われるようなこと……しましたっけ?」
担架に寝そべったまま、朝倉さんを見上げる。
「私の砲撃は呪いみたいなものだったから」
彼女はそう言うと、どこか遠く――
遠い空の方を見上げた。
「呪いですか?」
「えぇ、ずっと私の魔法は破壊と親友の死をもたらしたものでしかなかったから」
「そう……なんですね……」
返す言葉がなかった。
やむを得ないとはいえ神崎結月を巻き込んでしまった魔法だ。
なんて言うのが正解なのか分からなかった。
そんな朝倉さんにとって嫌な思い出しかない魔法を使わせてしまうことになってごめん。
そう謝るべきのか……?
恐る恐る彼女の表情を窺うと――
「まさかこの魔法が人助けの役に立つ日が来るなんてね」
朝倉さんは静かに笑みを浮かべ、俺の手を握りしめた。
太陽の光を受けて微笑む彼女の表情はどこか晴々としているようにも見えた。
「本当にありがとう。ソフィ」
朝倉さんは改めて感謝の言葉を述べると一歩後ろへ下る。
そして、空中をホバリングするヘリとロープで繋がれた隊員が合図を送る。
直後、担架はゆっくりと上昇を始め、俺はヘリコプターの中へと収容されたのだった。
「こちらホークアイ、アイリスを救助」
操縦桿を握る精悍な男性がそう告げると開いていた横の扉を閉められる。
『了解ッ!! 他のフェイクバケーションのメンバーは?』
『こちらマルサン、全員のトンネル脱出を確認、三名をこちらで収容』
ヘリコプターのコックピットから聞こえてくる無線。
それをぼんやりと聞いていると素早く隊員の人が横になっている俺の側まで寄ってきた。
そしてその後ろから囲むように琴音、エレナ、セイラの三人もやってくる。
「大丈夫ですか?」
「……はい」
救護担当を示す腕章を巻きつけた隊員の人に返事をする。
そして、あとは処置をしてもらうのを待つだけ。
しかし、その隊員さんは何故か俺を見下ろしたまま固まっていた。
「……あの?」
もしかして、余程深刻な状態なのだろうか?
そう思って声をかけると隊員さんがビクッと肩を揺らす。
そして、頬を少し赤くした後、喉がゴクリと動いた。
「服を少し捲りますね……」
「はい……お願いします」
すごい慎重な手つきで俺の服の裾へ手を伸ばす彼。
その後も過剰では? と思うほどに丁重な手捌きで処置が施されていく。
そして、全ての処置が終わり、一息つける状態になった俺を待っていたのはムスッとした表情の琴音だった。
「怒ってる……?」
「……それ、聞く?」
久世さんを助けるためとはいえ、勝手な行動をした訳だ。
まぁ、怒ってるよね……
「……ごめん」
そんな謝罪が口をつく。
しかし、それでは足りないのか琴音は表情を変えない。
「……はぁ」
返事はなく、代わりに聞こえてきたのは大きなため息だ。
どうしたら琴音に許して貰えるのか。
そんなことを必死に考えていると、突然胸の上が重くなる。
驚いて顔を下へ向けると――
俺の胸の上に耳をぴとっとつけるようにして琴音の頭が乗っていた。
「……無事で良かった」
ポツリと告げられた言葉。
「……ごめん」
「いいわよ別に……ただ、アンタにばっかり重い役目をやらせてる自分にムカついてただけ」
「そっか……」
「そうなの! だから今はゆっくり休んでて」
「わかった」
もう口を聞いてくれないのかと焦ったからだろうか?
胸に感じる重みと温もり。
それがやけに心地よくて離したくないと思ってしまう。
そして、それを確かめるように俺はそっと琴音の頭の上に手を差し出した。
その瞬間――
「ちょっと、私たちも居るんだけど〜」
不機嫌そうなセイラの声が聞こえてきた。
琴音へ向かっていた手をピタリと止め、声のした方へ視線を向ける。
すると、そこには頬を膨らませ不機嫌アピールをするセイラの姿。
そして、その後ろでは腰に手を当てるエレナも居た。
「私もフィアちゃんの無事を体感したい〜!」
駄々っ子みたいなことを言い、羨ましげに琴音を見つめるセイラ。
「先着順だから」
「一人10分だからね〜」
いつから俺の胸はそんな握手会みたいな扱いをされることになったのか……?
そんなことを考えていると今度はエレナが俺の左手を握る。
「久世さんを助けてくれてありがとうソフィア。無事で本当に良かったわ」
「エレナ……」
久世さんが生きて帰ることを半ば諦めていることを分かっていただろうエレナ。
俺のやろうとしたことを察してエレベーターのボタンを押すあの一瞬。
きっと色んな思いが交錯したに違いない。
ギュッと握られた手と彼女が浮かべる表情にはそれが如実に浮かぶ。
「あ〜エレナっち! ずるい〜!」
そして、その後ろでまたセイラが不満そうに地団駄を踏む。
「先着順だから」
「むぅ〜!」
その様子があまりにも可笑しくて思わず吹き出してしまう。
本当にみんな無事に帰って来られて良かった。
俺は改めてそう思い、目を閉じてローターの音と騒がしいみんなの声に耳を傾けた。
「もう、じゃあ! 私はフィアちゃんの足で!」
「……え?」
謎の対抗意識でも燃やしたのか?
やめて、と制止する隙もなく、セイラが俺の脛のあたりを摩りだす。
「ちょっと擽ったいって……!」
抗議の声を上げるがその手が止まることはない。
ブレーキ役の先輩はどうやら地上部隊に合流したようだし……
このままやられ続けるしかないようだ。
ふっと息を吐き、狭い機内の天井を眺める。
手、胸、足とそれぞれに感じる温もり。
生きて帰ってこれた。
そう実感しながら俺たちは運ばれていった。




