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第17回桜庭メルの心霊スポット探訪:御香暮湖 後編

 「えっ!?あれっ!?なんで!?」


 メルは大慌てでスカートの上から自分の太ももに触れるが、そこに包丁の感触はない。


 「いつの間に!?」

 「さあな。俺は昔から手先が器用なんだ」


 煽はニヤリとメルの神経を逆撫でするような笑顔を浮かべる。


 「ちょっ、か、返してください!」

 「やだね。それじゃあ俺はそろそろ……ぐっ!?」


 メルから逃げ出そうとした煽が、突然苦しそうに胸を押さえた。


 「ぐっ、ぐあっ、がっ」


 2度3度と、電流を流されているかのように煽の体が激しく痙攣する。


 「えっ、ど、どうしました……?」


 何やらおかしな挙動を始めた煽を訝しむメル。


 「があああああっ!?」

 「きゃっ!?」


 すると煽は激しく胸を掻き毟りながら、獣じみた悲鳴を上げた。間近で突然大声を上げられ、メルの口から可愛らしく悲鳴が漏れる。

 煽が握る包丁の刃から紫色の炎が噴き出し、蛇のような動きで煽の体に絡みついた。


 「ぐあああああっ!!」


 炎が苦痛を伴うのか、体を捻りながらより一層悲鳴を上げる煽。


 「な、何が起きてるんでしょう……?」


 今までメルが包丁を使っていて、このようなことが起きたことは無かった。

 未知の現象を前に、メルは困惑を隠せない。


 「ああああっ……ぐあああああっ!!」


 しばらく悶え苦しんでいた煽だったが、唐突に右手の包丁を振りかざしてメルに襲い掛かってきた。


 「ひゃあっ!?」


 メルが上体を逸らすと、一瞬前までメルがいた空間を包丁の刃が薙ぎ払う。


 「あっぶな、何を……ひゃわっ!?」


 煽が立て続けに何度も包丁を振るうので、メルは一旦煽から大きく距離を取った。


 「ちょっと何するんですか!?メルを殺す気は無いって言ってたじゃないですか!」


 離れた場所からメルが問い質すも、煽は獣のように唸るばかりで答えない。

 いつの間にか赤く光っていた煽の両目を見るに、どうやら話の通じる状態ではなさそうだ。


 「あの包丁の呪いのせい?でもメルはあんな風になったこと無いのにな~……」

 『メルがおかしいだけじゃね?』『実はああなるのが普通なんじゃないの?』『有り得るな』

 「あ~ひど~い!」


 メルが視聴者とイチャイチャしている間に、煽が絶叫を上げながら包丁を振り回して襲い掛かってくる。


 「おっと」


 メルは華麗なバク転で煽の攻撃を回避する。


 「とりあえず幾世守兄さんから包丁取り上げましょうか。あれが原因なのかは分かりませんけど、どっちにしろあれ返してほしいですし」


 煽から包丁を奪い返すため、地面を蹴って煽へと迫るメル。


 「っ!?」


 だがその途中で急停止すると、再び後方へと宙返りして煽から更に距離を取った。


 「何……?何かある……?」

 『どうした?』『何かって?』

 「分かりません……でも、見えない何かがあるような気がしたんです」


 メルにそう感じさせたのは、メルの鋭敏な聴覚だ。

 視界には何も映っていなかったが、メルの耳は何かが風を切るような音を微かに感じ取った。


 「っ、また……!」


 再び微かに風を切るような音が聞こえ、メルは即座にその場から離脱する。

 その後も次々と聞こえてくる風切り音を躱しながら、メルは思考を巡らせる。


 「これは、幾世守兄さんの攻撃ですかね?見えない何かを操る、みたいな……だとしたらメルから包丁を盗んだのもこの力だったり?」


 太もものホルダーに収納していた包丁を、メルに気付かれることなく盗み出すという煽の離れ業。それが「見えない何か」を操ることによって為されたのなら、メルにも一応納得はいく。


 「見えない何かの数は7個……いや、8個ですかね?」


 音の聞こえ方から、メルは見えない何かの数と位置を特定しつつあった。

 と、メルがあれこれと考えている間に、煽は左手の親指と人差し指で円を作り、それをメルに向けた。


 「『火鼬』……!」


 すると煽の左手から、拳大の火球が放たれた。

 炎を飛ばす祓道だが、その速度は燎火のそれよりかなり遅い。


 「祓道が得意じゃないってのはホントみたいですね」


 余裕を持って火球を躱すメルに、またしても風切り音が迫る。炎を回避したところを見えない何かで攻撃するという算段だったようだ。

 だがメルには通じない。


 「そろそろ終わりにしましょうか」


 見えない何かを躱すと同時に、メルは一気に煽との距離を詰め始める。

 既に見えない何かの位置はほぼ完全に掌握している。見えなくとも恐れることはない。


 「がああああっ!!」


 迫り来るメルに対し、煽は喉が擦り切れそうなほど絶叫しながら包丁を振り上げる。

 包丁の力はメルが1番よく知っている。刃が掠っただけでも最悪死にかねない。

 だがそれならば、刃に当たらなければいいだけの話だ。


 「てやっ」


 気の抜ける掛け声と共に、メルは地面を蹴って跳躍する。包丁を振り下ろす煽に対し、メルは鋭い蹴りを放った。

 煽の包丁は空を切り、メルの右脚の爪先が煽の喉元に突き刺さる。


 「があっ!?」


 潰れた蛙のような悲鳴を上げ、仰け反りながら後方へと吹き飛んでいく煽。


 『死んだ?』『あれ死んだんじゃね?』『ヤバいとこ入ってなかった?』『喉潰れただろ今の』『首の骨の大丈夫?』


 あまりにも綺麗にメルのキックが決まったため、コメント欄には煽の命を心配する声が溢れ返った。


 「大丈夫大丈夫、死んではないと思います……多分、死んではない……」

 『自信無くなっちゃってんじゃん』


 メルは倒れている煽に近付き、呼吸に合わせて胸が上下しているのを見て安心する。

 そして煽の側に落ちていた包丁を回収し、太もものホルダーへと収納した。


 「さて、それじゃあこの人が起きたら事情聴取始めましょうか」


 メルは煽の側にしゃがみ込み、両手で頬杖をついて煽が目覚めるのを待つ。


 「暇ですね~……しりとりでもしますか?」

 『だからしねぇって』『仮にもストリーマーならもっといい場つなぎ提案しろ』『何?そんなにしりとりやりたいの?』

 「したいかしたくないかで言うとちょっとしたいです」

 『ちょっとしたいのかよ』

 「『り』からでいいですよね?りんご飴!」

 『勝手に始めるな』『敢えてりんごを外して個性を出そうとするな』『めだか』『綿棒』

 「え~、カラメルとういろう!」

 『えっ全員と並行でやるつもり?』『しりとりの多面指しってあるんだ?』


 メルが視聴者としりとりをしながら暇を潰すこと5分。


 「……ぐっ、ごほっ、げほっ!」


 意識を取り戻した煽が、激しく咳き込みながら上体を起こした。


 「あ、起きた」

 「俺は、どうなって……げほごほごほっ!……喉痛ぇ」

 「めちゃくちゃ叫んでましたからね~。そりゃ喉も痛くなりますよ」

 『いやお前が蹴ったせいだろ』


 正解は両方である。散々叫びまくった上にメルの蹴りを受けたせいで、煽の喉は内外から痛めつけられていた。


 「メルはあなたに訊きたいことがいくつかあります。いいですか?」

 「……ああ」


 煽は観念したように頷く。敗北したことで態度が従順になっていた。


 「メルの包丁を奪った途端暴れ出したのは何でですか?メルあんな風になったこと無いんですけど」

 「……包丁を握った途端、殺すことしか考えられなくなった。頭の中に殺せって声がひっきりなしに聞こえてきて、目に見える物全部が憎くて仕方なくなった。何かを殺さなきゃ気が狂いそうだった」

 「え、こわっ。なんでそんなことなるんですか?」

 「その包丁の呪いだ。その包丁、元々は連続殺人の凶器だったんだろ?」


 メルは頷く。この包丁は連続殺人犯の幽霊から奪ったものだ。


 「手に持った人間に強い殺人衝動を与える、そういう呪いなんだ。けど祓器を装備してる俺ですら抗えないほどの呪いだとは思わなかった……」

 「へ~……そんなに強い呪いなのに、何でメルは平気なんですか?メルはその包丁、手に持つどころか太ももにくっつけて持ち歩いてるんですけど」

 「知らん。あんたがおかしいんだろ」

 「はぁ~!?」

 『言われてて草』『やっぱメルがおかしいんじゃん』


 呪いに関して詳しい知識を持つであろう祓道師から、正式におかしい認定を受けてしまった。


 「んんっ!まあいいです。次に訊きたいことなんですけど、幾世守兄さん、見えない何か使って攻撃してきましたよね?あれ何ですか?」

 「それは……」


 メルの2つ目の質問には、煽は言い淀む素振りを見せた。


 「何か答えづらいことが?」

 「いや……まあいいか。あれは俺が付けてる祓器の能力だ」

 「祓器って……幾世守さんの『白魚』とかいうやつですよね?祓道師の能力を強化するとかいう……」

 「ああ。祓器にも色々あってな、燎火が使ってる『白魚』はガントレットだけど、俺の祓器はこれなんだ」


 そう言って煽はメルに両手を広げて見せる。


 「これ、って……その指輪のことですか?」

 「ああ」


 煽の両手には白い指輪が、人差し指から小指まで左右4個ずつ、合計8個嵌っている。


 「俺が借りた祓器は『隠蛸(おんだこ)』って言って、8個1セットの祓器なんだ。『隠蛸』は『白魚』に比べると装着しても大して強化されないが、その代わり『隠蛸』にはちょっとした特殊能力がある」

 「特殊能力?どんなのですか?」

 「俺にしか見えない触手を操ることができる。触手は全部で8本あって、指輪を嵌めた指の動きに対応して1本ずつ操作できる。あんたから包丁を奪ったのも、この見えない触手を使ってこっそりすったんだ」


 見えない何かの正体は触手だったらしい。


 「触手って、蛸の足みたいなやつですか?」

 「ああ。まあどういう訳か、あんたには途中から触手の位置がバレてたみたいだけどな。どうやって分かったんだ?」

 「見えなくも音は聞こえてたので」

 「どんな耳してんだよ……」


 煽は呆れたように笑った。


 「で?聞きたいことはそれだけか?」

 「そうですね。今のところは」

 「そうか。なら俺の方からも1つあんたに言っておきたいことがある」


 煽は真剣な表情で、メルの瞳を真っ直ぐ見据える。


 「常夜見魅影には気を付けろ」


 その忠告にメルは首を傾げた。何故ここで急に魅影の名前が出てくるのか分からなかったからだ。


 「常夜見さんがどうかしたんですか?」

 「あの女は明らかにあんたを使って何かを企んでる。正確にはあんたと、あんたの包丁を使ってだ。あんたから包丁を取り上げられればこんな忠告もしないで済んだんだが、その包丁を差し押さえるのは簡単じゃなさそうだからな」


 手に持っただけで殺人衝動に冒され、見境なく暴れ始めてしまう包丁。その呪いを対策しない限り、メルから包丁を取り上げるのは不可能だ。


 「多分あんたがその包丁を持ってる限り、あの女はあんたを狙うだろう。くれぐれも気を付けてくれ」

 「はぁ……まあそれは気を付けますけど、そもそも常夜見さんってどういう人なんですか?怪異使いだってことは知ってますけど、そもそも怪異使いって何なのって感じですし」

 「……そうだな、あんたももう少し詳しく知っといた方がよさそうだ」


 煽は胡坐をかいて、本腰を入れて説明をする体勢に入った。


 「まず怪異使いってのは、名前の通り怪異を使役することができる連中だ。どんな方法を使ってるのかは知らないが、連中は怪異を従えて、怪異の力をまるで自分の力みたいに使うことができる。常夜見家はその怪異使いの名家で、何百年間も怪異の力を使ってのさばってきた。怪異の力を使えば莫大な財産を得るのも難しいことじゃないからな」

 「常夜見さん以外にも怪異使いはたくさんいるんですか?」

 「そんなに沢山はいない。数は祓道師よりも少ないくらいだと思う。ただ常夜見家の怪異使いは、祓道師2~3人がかりじゃないと対処できないくらい厄介だ」

 「祓道師よりも怪異使いの方が強いんですか?」

 「はっきり言うとな。そしてその中でも常夜見魅影は『征伐衆(せいばつしゅう)』っていって、戦闘に特化した怪異使いだ。正直常夜見魅影は、祓器を付けた俺が20人いても勝てないくらいには強い」

 「そんなに強いんですか、常夜見さん」


 成人男性が20人がかりで同年代の女性に敵わないというのは相当なことだ。


 「幾世守家が把握してる範囲では、常夜見魅影は個人で少なくとも5体の強力な怪異を従えてる」


 煽が右手の指を5本立て、それを1本ずつ下りながら説明していく。


 「祟り神に匹敵する戦闘能力を持つ『荒羆(アラヒ)』、あらゆる物質を劣化させる毒を持つ『羽占鬼灯(ハネウラカガチ)』、100人の人間を食ったと言われてる『百面鬼(ヒャクメンキ)』、人を殺すことに特化した『月虧兜(ツキカケカブト)玄信(クロノブ)』、そして人間の精神を支配する『阿頼耶権現(アラヤゴンゲン)』。まあ荒羆はあんたが殺して、百面鬼も既に死んでると予想されてるけどな」

 「え~……そんなに難しい名前ばっかり覚えられないですよ~……」

 「名前まで覚えなくてもいい。ただ常夜見魅影がそういう怪異を従えてて、その力を使えるってことは覚えててくれ」

 「……分かりました。後で配信のアーカイブ見直して覚えておきます」


 今この場で覚える自信は全く無いメルだった。


 「とりあえず俺が言っときたいことはこれで全部だ」

 「分かりました、ありがとうございます。えっと……それじゃあ解散しますか?」

 「そうだな、俺達の関係性で解散ってのも変な感じするけど」

 「確かに。メル達別に集合もしてないですもんね」


 あれこれと話をしている間に、煽は立ち上がれるほどに回復していた。もっとも喉に受けた重大なダメージだけは回復しておらず、声は嗄れたままだったが。


 「じゃあな、桜庭」

 「はい。幾世守さんに『庇ってくれてありがとう』って伝えておいてください」

 「おう」


 どこぞへと歩き去っていく煽を、メルは立ち止まったまま見送る。

 そして煽の背中が見えなくなったところで、メルはカメラに向き直った。


 「なんか……ごめんなさい、視聴者さん置いてけぼりにするような話ずっとしちゃって」

 『ほんとそう』『まあ慣れてる』『すいません初見なんですけど、この人はずっと何の話をしてるんですか?』

 「あ~初見さんごめんなさい……こういうとこですよね、メルのチャンネルの登録者数があんまり伸びないの」


 メルの配信は楽しむために必要な事前知識が多すぎるのが課題だった。祓道師や怪異使いなど、配信を初めて見る人にはさっぱりだ。


 「配信の名場面の切り抜き動画なんかもチャンネルに投稿してるので、よかったらそっちも見てみてくださ~い。そしたらね、ちょっとはメルが何の話をしてるのかも分かると思うので……」


 メルは初見の視聴者に向けて、苦し紛れの宣伝をした。


 「さて、それじゃあ御香暮湖外周残り半分も歩いていきましょうか。歩いてればまた何か起こるかもしれませんし」


 気を取り直してメルはまた遊歩道を歩き始める。

 しかし結論から言うと、その後は特に配信として面白いような出来事は何も起こらなかった。


 『裏金』『注連縄』『ほうせんか』『ツキノワグマ』

 「え~……っと……練りきり!ワッフル!カヌレ!マドレーヌ!」

 『リーゼント』『ルーズソックス』『歴史』『沼』

 「う~んと……とうもろこし!スフレ!シフォンケーキ!ま~……あっ、マーマレード!」

 『シロクマ』『錬金術』『キノコ』『ドラマ』

 「ちょっと4番目の人、『ま』攻めやめてもらえます!?ただでさえメルは甘いもの縛りでキツいんですけど!」

 『草』『そっちの縛りプレイは知らんよ』『甘いもの縛りならとうもろこしは審議だろ』

 「なんでですかとうもろこし甘いじゃないですか」


 結局この日の配信の半分以上が、メルが視聴者としりとりをする動画となった。

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ありがとうございます

次回は明日更新します

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― 新着の感想 ―
甘いもの縛りで多刺しできてるのすごい
[良い点] なんだかんだ視聴者と仲良いの微笑ましい
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