18:あけましておめでとうございます!
「初詣いきましょう! はつもうで!」
元旦の早朝に、珍しく女神が俺よりも早く起きてそんなことを言ってきた。
たたき起こされた時間をスマホで確認すると、まだ七時。
俺はただ黙って、女神の細い腰をぎゅっと抱いて、ベッドの中へと引きずり込んだ。
「朝は寒いんで……お昼ごろ行こうぜ……」
「あーやめて抱き枕くん♡ せっかく早起きしたのに♡ あー抱き枕くんの香りとフィット感にやられちゃうー♡」
五分後、そこにはスヤスヤと寝息を立てる女神の姿があった。チョロい。
そして俺も女神の温もりに包まれて、再び意識を眠りの中へ落としていく……。
あー、正月二度寝の背徳感は蜜の味やで……。
「――もう、何してくれるんですか! せっかく早起きしたのに! 初詣行きましょうよ!」
時刻は十一時半。
すっかり爆睡してしまった女神が今頃飛び起きて、既に居間でくつろいでいた俺に文句を垂れてきた。
正月特番を無心で眺めながら食べるコタツみかんは日本の伝統的な風物詩だ。
それを差し置いて尚、女神がなぜ初詣なんて行事に行きたがるのか、分からない。
自分自身が既に神仏だろうに……。
「こんにちはー。あけましておめでとうございまーす」
そこへ、チャイムと共に黄色い声が聞こえてきた。
返事もしてないのに玄関を開けて現れたのは、現役JKの本庄夏希ちゃん。黒髪ツインテの可愛らしい少女だ。
コンビニやファストフードで食事を完結させてしまっている俺と女神に、週一で料理を作りにきてくれる健気な子だが、前回来てもらったのはつい最近だ。
「夏希ちゃん、あけおめ~。お年玉でもせびりにきたか~?」
「あはは、そんなわけないじゃないですかー。みんなで初詣に行こうって女神様が」
「あー、夏希ちゃんもか。てか――」
学校の友達とでも行ってくればいいのに。
そう言おうとして、慌てて口をつぐんだ。あっぶね。
彼女の友達は、バラの聖女と呼ばれていた肉屋の看板娘なのだが、この前、トラック転生してしまったのだ。
しかも、夏希ちゃんの幼馴染でもあるヒロト君は、その肉屋の聖女の要望により、彼女と同じ異世界へと転移させられてしまったのだ。
ゆえに、夏希ちゃんは友達を二人も失ってしまったのだ。そんな夏希ちゃんに「友達と初詣行けよ」なんて、言ったならそいつは外道だ。
「――まあ、コタツ入れよ、コタツ」
「はーい。おじゃましまーす」
夏希ちゃんは、そんな悲しみなんて何もないかのように無邪気な笑顔で、俺の隣にぴたりと寄り添った。みかんもあげよう。召し上がれ。
すると、彼女に続くように、またしてもチャイムが鳴った。
今度は誰だ? と思った矢先、「はーい」と女神が出迎えた。
「いらっしゃい、春子ちゃん!」
「あけましておめでとう、女神ちゃん。それから君も……え? パパ活?」
鬼塚春子! 鬼の女部長と恐れられている未婚独身の元モデル美女で俺の上司!
そして今しがた、俺と目が合った瞬間に汚物を見るような視線へと変貌した。彼女の中で俺への評価が、部下から外道のどん底に落ちた音がした気がする。
「あ、こんにちはー。初めまして! もしかして、お兄ちゃんの彼女さんですか?」
社会的な死を覚悟した瞬間、隣の少女は、あっけらかんとそう言ってのけた。
キョトン顔の部長に、いそいそと近づき、両手を握って人懐っこい笑顔を見せた。
な、なんて機転の利く子なんだ! 夏希ちゃん!
まさかこの子、俺の妹のふりをしてくれているのか!
俺の社会的地位を守るために、その身を犠牲にして……! いやでもパパ活してるって思われる方が自分も社会的にマイナスか! 自己保身でもあるわけか! でもその機転はナイスすぎる!
部長もすっかり、彼女の一挙両得の手腕に、その気にさせられてしまった。
「あらごめんなさい。彼に妹さんが居るなんて知らなくて……はい、お年玉あげるから、ごめんね。ひどいこと言って」
不測の事態にもかかわらず、すぐさま懐からポチ袋を取り出し、夏希ちゃんにあげる部長。
え? お年玉常備してんの……?
これが、できる大人の姿が……。
俺は何も用意してないというのに……。
「あ、お餅食べる? お餅?」
「大丈夫だよお兄ちゃん!」
やぶれかぶれの佐藤の切り餅。不発に終わる。
自分の大人力のなさに打ちひしがれていると、今度は俺の寝室の引き戸がバンっと開いた。
「やっほーセンパイ。ヘスティアクア、ただいま参上!」
現れたのは青髪の美女。女神の神友であるヘスティアクア。
なんだ、部長に続いて、彼女も呼び出してたのか。まあ三人は飲み友だからな。こんな行事があれば当然、誘うか。
「よしよし。これでみんなそろいましたね。では、行きましょう。初詣!」
「いや、それはいんだけど……。神様が神頼みに行くって、楽しいのか?」
女神とヘスティアクアに当然の疑問をぶつけると、二人はきょとんとした顔を浮かべた。
そしてしばらくして、「あー!」と何かに気づいて、ケラケラ笑い出した。
「ケラケラケラ! もー抱き枕くんったら、何言ってるんですか! こんなに寒いのに、わざわざ外に出て、しかも人混みの中をもみくちゃにされながら偶像崇拝? するわけないじゃないですか!」
「ケラケラケラ! 私たち、神ですよ? ケラケラケラ!」
ケラケラ笑う二人に若干の憤りを覚えながらも、しかしじゃあどういうわけか。そこが気になる。じゃあ初詣って、どこ行くんだよ。
「まあまあ。ではこちらに来てください、面白いものをご覧にいれましょう」
そう言って女神が向かうのは、俺の寝室。白い空間だった。
引き戸を引いて、中へ消えていく。ヘスティアクアもそれに続き、人類である俺たちは、互いに顔を見合わせた。
「いいの? 上司である私が、その、寝室だろ。入っても……その……」
「お兄ちゃんのプライベート空間……! あわわ、何か見つけちゃったらどうしよう……!」
そういえば、二人をこの白い空間に立ち入らせたことはなかった。いらぬ気遣いをさせてしまっているが、別にやましいものは何もないので、どうぞと招き入れることにした。
プライバシー? ははっ。
女神がこの部屋を白い空間に変えた瞬間に全て消失したよ。
遠慮する二人の手を引いて、白い空間に突入。
振り向くと、そこには、これまで見たこともない風景が写った。
総勢数十名の美男美女!!!
果ては蜘蛛のモンスターに、ドラゴン、スライム、なぜか大木まで!!!
「遅いぞ貴様ら! ワシらだって忙しいっちゅうに! こんなところに呼び出しおって! まったく! これだから神は! まったく!」
大勢の美男美女の一人が声を荒げた。
なんだあのヤカラ……?
戸惑っていると、すぐさま女神が注意する。
「こら! うちの抱き枕くんにそんな横柄な態度とらないでください! だからあなたはいつまでたっても、何千年も童貞なんです!」
「なんだと女神貴様ー!!!」
ん? 何千年も童貞? どっかで聞いたな……!
ああっ! まさかあいつ、あれか! 「運命により一生童貞」の呪縛を断ち切るために転生し続けている傑物か!
あれまあ、なんて美男子!
もしかすると今回こそは脱童貞できるんじゃないか!?
というかもしかしてここにいる奴ら……まさか!
全員、これまで転生させてきた奴らか!
「きゃあああああああ! ヒロト君! 咲姫ちゃんー!」
唐突に泣き叫んだ夏希ちゃん。
その声を聞いて、こちらを振り向く二人の転生者がいた。
いや一人は転生前に、てか転移前に一度会ってる。
夏希ちゃんの幼馴染で、片思いの相手だ。
ということは、となりのエルフ美女はバラの聖女、加藤咲姫! すげえな、夏希ちゃん! エルフをすぐさま加藤咲姫ちゃんだと看破したのか!
二人に走り寄ってわんわん泣きじゃくる夏希ちゃんを見て、部長が涙をほろりとこほした。
これはとんだサプライズだな。女神!
まさか新年早々、神っぽいことしてくれるとは! 夏樹ちゃん大喜びだぞ! さすが神様!
「あ、そこそこ! ちょっとうるさいですよ! 静かに! 静かに!」
しかし女神は、そんな感動の再会を一蹴した。いやそういうサプライズじゃないんかい。
そしてみんなを黙らせたあと、つかつかと一人、白い空間を歩く女神。皆が彼女の動向に注視していると、女神は、両手を広げて、ふわっと浮き上がった。
舞空術使えるのかあいつ……いいな……。
と思っていたところで、女神は一言、言い放つ。
「崇めよ……!」
こんな大勢の、たった数人が、二拍手したのを聞いた。
俺は、数千年に一度しか人の願いは叶えないって、一番最初に聞いてるしなあ。崇めるのはやめといた。
「……あ、皆さん。どうっすかこれから。せっかくの正月だし、佐藤の切り餅でもみんなでつつきませんか」
それで、せっかく集まって頂いた皆さんに申し訳ないから、餅を振る舞うことにした。
転生者たちによる拍手喝采を浴びて、現世組は、いそいそと買い出しに料理に、奔走した。
崇められ待ちの女神は、結局皆が帰るまで、なぜかドヤ顔でずっと浮いていたのだった。




