ハーンと呼ばれた人たち3 玉突きハーン襲名。フラグ
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トゥルイ家に大きな衝撃が走る。
長男モンケ兄さんの死。
兄フビライのどさくさ紛れの大ハーン襲名。
その頃アイユーブ朝を追ってアラビアに居た弟のフラグは参っていた。
ハイドゥの乱にチャガタイ家も同調し、中央アジアからイラン辺りで暴れだしたのだ。
兄フビライを手助けに行く事も、モンケの死に哀悼する事も出来ないまま、広大なアラビアで多少の手勢を率いるフラグという弟君は、進退窮まり頭を抱えた。
多分短い間。
そして斜め上の答えを出した。
「ここで独立します!」
ハイドゥの乱はフビライが敵であり、フラグは敵ではない。
ましてや触らなければどうと言う事は無い。
フラグは全勢力を地域攻略に回し、間も無くアフリカ大陸にまで手を伸ばした。
やることはそこまで難しくは無い。
方や三年間にも渡り、例の暗殺教団アサシン団の本拠地を攻撃。これを壊滅に追いやる。
反面アラビア半島を制圧し、傘下に入れてしまうだけだ。
エジプトにも向かったのだが、こればかりは奴隷から身を起こし、遂にアッバース朝五代目スルタンになったバイバルスに阻まれ上手く行かなかった。
このフラグは後にイル・ハーンと呼ばれるようになった。イルとはトゥルク語で『仲間』という意味。モンゴル人幕僚が少かったフラグはモンゴル人以外の幕僚を早くから必要としていたのだ。だからイル・ハン国は地域に迎合しやすい傾向に有った国になった。
実はこのイル・ハン国王家、割と長命な一族となる。
アラビアに拠った子孫達はやがてイスラム教に改宗。そこで上手く行かなくなった真の一部はガンジス川を越えてインドに入り込み、インドでは最初にして最後の統一王朝『ムガール帝国』を建国してしまうのである。
どれくらい権勢を誇ったかと言えば、五代目王の美しき妻ムムダースの霊廟にタージ・マハルまで建ててしまう程だ。
フラグ本人は割と斜め上な性格で、仕方なく独立しちゃったにしては、その命脈は長かったのである。
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