ハーンと呼ばれた人たち1 二つ名はサイン・ハーン。バトゥ
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ジンギスカンさんより早く亡くなった息子、長男ジュチ家は、どうしたことか世界のどの王家よりも兄弟の仲が良い一族になった。
ジュチの家督を継いだのはまずその長男オレグという人物だった。
とはいえ財産は均等に分けられていて、長男オレグは家督持ちだからといってめちゃくちゃ強い訳ではない。しかも彼は明確に理解していた。
「俺が家督を継いで戦に出て暴れるより、弟のバトゥの方が人格、戦闘力共に優れているから」
と、クリルタイ(モンゴルの国会みたいな会議のこと)でオレグがそのように発言。それ以来ジュチ家一同はバトゥをリーダーに政権、軍権を回す事になる。
少しはやりあえよとも思うが、兄弟仲が良いなんて良いことだ。
その軍団がオゴタイ・ハーンの決定に従う。
「西に勢力を広げようぜ!」
これが後生に言う『バトゥの西征』である。
成果の程は見事なものだ。
キエフ公国の首都キエフ攻略。守将のドミトリーを生け捕りにし、バトゥは彼と懇談している。
キエフの被害は甚大だった。このただの一戦でキエフとキエフ公国はキプチャクの中心地に返り咲く事が出来なかったというのだから、酷いものだろう。
後はザ・西征で紹介した通り、サヨ川の戦いでハンガリーを半死半生にし、ワールシュタットの戦いでポーランド王ヘンリクを討ち果たした。
この戦いの中ではチャガタイ家とはギクシャクしたものの、バトゥはその『敵と戦うに何処までも苛烈、味方にはトコトン温厚。分配は公正にして身内贔屓もしない』事からサイン・ハーンと謡われた。本人が言ってもいないのにハーンと呼ばれた人はなかなか居ない。
当初何か有った時に再集合する近いと定めた、現在のヴォルゴグラードの西方85キロの地を『サライ』と名づけ、そこに新たなる首都を建設した。
遺跡からは見事なモザイク画とモンゴルらしく、キリスト教会、モスク、ユダヤ教会等が仲良く並べられた街になっている。
さて、兄オレグさん。
モンゴルではなかなか見ない控え目な人物である。
しかし『自分の限界と出来ないをよく知り、弟なら出来ると見越した』佳く己を知った名将なのではないだろうか。
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