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モンゴル帝国観光案内3  草原の都カラコルム

 見つけてくれてありがとうございます


 Twitterから来てくれた皆さん、ようこそお越しくださいました

 現在のモンゴル国ハンガイ県に有る遺跡がカラコルム。それこそがモンゴルが作り出した草原の都だ。意味は『黒い砂(つぶて)』1235年、モンゴルのオゴタイ・ハーンが外壁のみを用意した、フビライ前までのモンゴルの首都である。

 

 ちなみに何故黒い砂礫かと言うと、この地は安山岩や玄武岩が多く、黒い所が多い地だからだそうだ。


 世界の城塞建設者からは笑われた街ではある。 

 何故かって草原の果てに突如都がどんと有るのである。

 衛星都市も農地もないという足らない物だらけの街である。

 しかしモンゴルはしばらくその地と周辺かなり広範囲を使いながら遊牧を行い、都市は有っても変わらぬ生活を送っていたのである。

 この時駅伝官(ジャムチ)がきちんと整備され、広大過ぎるモンゴルの事件事故がかなり早い内に届くようになった。


 彼らの足は速い。だいたい東京ー名古屋間を1日で走破出来るのだから。

 ここに集められた情報から参謀府が速やかに司令を落とす。

 

 このカラコルムの街はカンバリクが歴史書に登場した後も、モンゴルの草原の都として大事にされ、明王朝によって中華から追い出された後もこのカラコルムの地を首都にモンゴルは奮闘した。明の最興隆期の宣宗永楽帝が60万の軍団を以て攻め入るも遂に勝てなかったという。

 中華から追い出されたとはいえ、モンゴルは俄然強かったのである。

 

 カラコルムの没落はやはり16世紀。

 今は城壁の一部しか残っていないが、実はカラコルムのあるハンガイ県はかつて横綱朝青龍の父の実家であり、その親族がドリームランドというレジャー施設が有るという話である。

 歴史とレジャーの観光には打ってつけ!正に素敵な観光地である。

 実際の事は知らないけど。

 

 読んでくれてありがとうございます

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 なども書いております。宜しかったら見て行ってください


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大したことはしていませんが、フォロバは確実です。お気軽にどうぞ

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