モンゴル帝国観光案内2 元朝の首都「カンバリク」
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かつて金王朝の時代に中都と呼ばれた都。今の北京市だ。
ここは元朝により当時世界最大の都が誕生した。街の名は中華風に言えば大都。しかしモンゴル人はその都を『カンバリク』と呼んでいた。意味は「ハーンが居る所」だそうだ。
五代目大ハーンであるフビライ・ハーンのメイン居城ではあるものの、そこはどこまで行ってもモンゴル人。冬は南下し、夏は北上して馬を肥やしながら暮らしていたようだ。
さてこのフビライ。実は奇妙な趣味が有る。なんと、ホラズムで手に入れた数学の知識をもて甘し、ユークリッド幾何学の図形問題を解くのが楽しみだったと言う。
貴様モンゴル人のくせにぃ!
このカンバリクの街は人口30万人を住まわせるに十分な施設を用意したが、その後この地を治めた明王朝はその1/3しか使うことは出来なかった。
要するに10万人しか暮らさせる事しか実力的に出来なかったのだ。
まあ、当時の世界で10万人は充分な大都市だ。
英国のロンドン、フランスのパリが10万人、日本の京都も似たり寄ったり。
ちなみにロシアの首都モスクワは人口100人に満たない寒村であった。
間違いなく当時世界最大。
まあ国が大きい。やることのスケールが大きい。軍隊動員数が大きい。だから街まで大きいのだ!
ちなみにこの街で世界初の紙幣が誕生した。
これは意外にも不換紙幣だった。金銀ではなく塩と交換となるのである。
要するに世界初の紙幣とは、金幾らを払ったので塩幾らと交換する事を保証するという物だったのだ。
さて、このカンバリクの街なんとヨーロッパからもお客さんが来た。その名はマルコ・ポーロ。ヨーロッパのベネチアから少年時代は父に連れられ、遂にこの地にたどり着いたのだ。
それを本にしたところ彼は『100万マルコ』と呼ばれて笑われたそうだ。
カンバリクという街は知っている。しかし紙幣だの100万の軍団だのという話を信じる言葉出来なかったのだ。
この地から世界を次々変革する司令が飛び出し捲ったのだ。
フビライはその司令をユークリッド幾何学の問題集を解きながら出していたのである。
おのれモンゴル人のくせにぃ!
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