第二十一話 帝国の皇帝
皇帝ってどんな人か少しわかるお話です。
「それじゃあ出かけるから、私がいない間は頼むわよ」
「うん、頼まれた! いってらっしゃい!」
新しい日を迎えて朝食を終えた二人は、今日の予定を確認しあい、身支度を終えたジェシカはレイオスに不在の間の留守番を任せた。
そして地下室から階段を登って外に出るジェシカを、レイオスは手を振りながら笑顔で見送る。
昨晩イエガーの打開策にペンダントの秘めてる力が鍵を握っていることに気づいた二人は、情報が壊れて確認できないペンダントの修理の為に、今日から行動に移しはじめた。
ジェシカは修理に必要な道具を手に入れる為に、踊りの練習が休みの今日を利用して、南区の商業区へ足を運ぶ。
ちなみにアッシュはまだ病み上がりのレイオスを心配し、彼と共に隠れ家で留守番を担当することになった。
そしてジェシカはクローゼットの中にあるワープシートに乗って魔力を通し、なぜか西区のアダルバリエの名花の宿舎の自室に転移しようとする。
(就寝中の掛け札と身代わりの人形を片付けないと)
ジェシカは不在を隠す偽装工作を片付ける為に宿舎に戻り、そこから道具を買いに行こうとしていたのだ。
そしてワープシートに備わっている遠視機能で、頭に流れてくる自室の風景を確認する。
(……部屋には誰もいないわね)
部屋が無人なのを確認して合言葉を唱える、そして転移の光がジェシカを包むと、彼女は音もなく隠れ家のワープシートから姿を消して、西区の自室へと転移された。
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西区のアダルバリエの名花の宿舎の自室。
空気も動いていない無人の部屋に、ワープシートと転移の光を隠すように敷いてあるラグを被さってジェシカは現れた。
(さて、早く片付けないと……)
乱れたラグを正しい位置に敷いてワープシートを再び隠したジェシカは、ベッドに寝かせてある自分そっくりの姿の身代わり人形をマジックバックにしまい、髪を纏めながらタンスの中にある自前の服や装飾品を選定しだす。
(今日は知っている人とかに会いたくないし、……これとこれにしましょう)
タンスの中から黒色のキャスケットと少しくすんでいる白のブラウス、そして灰色のロングスカートと茶色のブーツを取り出して身につけ、普段の妖艶な踊り子の姿から一変し、ジェシカは無難な装いに変える。
ちなみに何故ジェシカがこういった服を所持しているかというと、踊り子隊の監督は踊り子達に"もしも休日に一人でいたい時の為の見向きされないコーディネイト"という、踊り子がしつこい支持者や愛好家から逃れられる術や服装の助言を聞かせている。
そしてジェシカも踊り子以外で注目を浴びるのを避けたかったので、監督の助言にあやかって地味な服装を購入したのだ。
(これなら注目浴びることはないわね、あと、これもつけておきましょう)
黒縁の度のない眼鏡を身につけて自慢の美顔を隠し、ジェシカは部屋の外のドアノブの掛け札をしまいながら鍵をかけ、玄関の受け付けで外出手続きを行う。
(……静かね。やっぱり今日が休みだから、もう出掛けている人が結構いるみたい)
いつもの平日なら仲が良い踊り子同士の会話などで賑わっている宿舎も、休日によってガラリと変わる様に、ジェシカは周りを見渡しながら痛感していた。
そして感傷に浸っているジェシカの気持ちを共感するように、階段から降りてきた美女が彼女に声をかける。
「今日は一段と静かよね〜。気持ちはわかるわ〜」
「…ッ! ……アマルさん。……おはようございます」
「おはよ〜う。リリスちゃんもお出かけなのね〜」
ジェシカに声をかけたのは、同じアダルバリエの名花の所属している踊り子アマルだった。
本心を打ち明けてしまいたくなるような包容力が溢れ出るアマルは、隠し事をしているジェシカにとって避けたい人物なので、早々に立ち去りたいと思っていた。
「は、はい……。練習ばっかりで気を張ってばかりだったし、一人になって落ち着こうと思って……」
アマルは性格上、"出かける姿を見たら一緒についていく"と言う可能性もある女性なのをジェシカは知っている。
なので遠からず"一人になりたい"と主張を込めた言葉で返答した。
しかしその後のアマルの返答に、気になる話題が含まれており、ジェシカはすぐに立ち去れなくなる。
「確かに、リラックスする時間は大事よね〜。私も今日は一人で過ごす予定なのよ〜。でもその前に、大広場に寄っていこうと思うの〜。他の子達も見に行くみたいだし〜」
「……? 広場でなにか催し物でもあるんですか?」
アマルの"他の踊り子達が広場に向かっている"と言う意味が含まれている言葉に疑問を感じるジェシカ。イエガーの仇打ちの為に帝都で情報収集を欠かさず行なっている彼女にとって、今日の西区の大広場で何か行事が開かれるのは寝耳に水である。
そんな心当たりのないことの正体を掴む為、ジェシカは率直に尋ねると、アマルはハッとした反応をする。
「そ、そうだったわ〜。リリスちゃんはさっきまでお部屋でお休みしていたのよね〜。それじゃ知らないのも当然だわ。ごめんなさい、あなたも知っている程で話してしまって……」
「いえ、寝過ぎていた私にも非があります。それで今日、大広場で何かあるんですか?」
「ええ、西区の大広場と帝都の各場所にね、皇族専用の伝声の魔道具と投影の魔道具が設置されて、皇帝陛下本人からお言葉があるみたいなのよ〜」
「皇帝陛下が……?」
帝国の主である皇帝が、何の前触れもなく帝都の民に向けて話をすることにジェシカは驚いた。
今の帝国の皇帝は、前皇帝の次男『リステアード』がその座についている。
リステアードは帝国の戦士に相応しい武力と、子どもの頃から財政に対応できる才人であり、歳を重ねて実力を身につけていていく若き皇帝は、多くの賞賛と羨望を集めている。
そして一番の特徴は、彼はイエガーの盟友と呼べるほどの間柄ということ。
救世の勇者としてイエガーが初めて帝都に赴いた時に出会い、年がさほど離れていないイエガーと意気投合し、共に実力を身につけていったのだ。
だからこそ、他国がイエガーを利用する計画を瞬時に見抜き、イエガーだけじゃなく彼の身内や関係者を保護する活動を行い、イエガーからは絶大な信頼を寄せている。
そしてリステアードには、皇帝の座に就けることになった有名な英雄譚が存在する。
それは『保護法の強奪戦争』を終息に導いたことである。
帝国の上層部が起こした強奪戦争のきっかけでもある様々な事件の解決の為に、リステアードは優秀な人材を各国に派遣。更にはリステアード自ら取り掛かり、魔物の暴走による人命救助や暴動の鎮静化、帝国の戦犯と帝国に協力した他国の謀反者の粛清を行い、各国が抗戦している間に戦争による被害を最小限に抑え、確認できる記録の範囲だと戦争による死亡者は皆無いう奇跡を成した。
敵視されている人物が他国の為に骨身を削る姿は他国の人間の心を動かし、さらに終戦後の復興に尽力した帝国は、各国との和睦協議を持ちかけることにも成功。そして帝国の不始末を逆手に取って各国に勇姿を示した結果、皇位継承権で二番目だったリステアードは前皇帝より功績を認められ、帝国の若き皇帝としてその座に就いた。
そして奪われていた保護法の実権だが、リステアードがイエガーの存在と意義、さらに今回の救護活動はイエガーが発案し、本当は民のことを気に掛けていたということを熱弁し、各国の抱いているイエガーの悪い一面を少しずつ緩和。
結果、イエガーに対して苦言や暴言を吐いていた他国の人間は減退し、無駄な結果とも言われていた戦争の悪い印象も次第に薄れていった。
その後各国では信頼における者が皇帝に君臨した影響があってか、世間には"リステアードが管理するなら任せる"という多くの意見と強い風潮が生まれ、ふたたび開かれた円卓会議にて賛否両論があったものの、保護法の最高管理者に任命されたリステアードが、そのまま保護法の実権を管理することに決まったのだ。
そういった数々の逸話を持っている皇帝だが、ジェシカの調べでは今回の感謝祭のことで対応すべき務めで忙しい状況らしく、開催中ならまだしも準備期間中に皇帝自ら民達に何かをする行為というのは、ジェシカにとって違和感を抱かずにはいられないものだった。
「どうしてこんな時に……」
ふとジェシカは疑問を呟き、それに応えるように聞いていたアマルが返答する。
「きっとイエガー様に関係することじゃないかしら〜」
「……えっ? イエガー……様の? ど、どうしてですか?」
不意に仇の名を耳にし、驚いて呼び捨てにしてしまうジェシカだったが、すぐに呼び名を敬語に直す。
そして疑問に対する答えを導き出したアマルは、その理由をジェシカに話し始めた。
「一番しっくりする理由がイエガー様だからよ〜。この感謝祭もイエガー様の為のものだし、皇帝の一番仲良しはず〜っとイエガー様でしょ〜。色んな人は"皇帝が感謝祭の準備で頑張っている国民に向けて、何か鼓舞するようなことを言うかもしれない"って思ってるみたいだけど、私はそれだけじゃないと思うのよね〜」
「……なるほど、確かにそれなら納得できますね。(……やっぱりこの人はなんか油断できない)」
周りが盲目てきになってしまう状況でも、冷静に別の可能性を模索できるアマルに、ジェシカは昨日と同じく心の距離に線引きをする。
(これ以上話が長引くと"一緒に行動しよう"とか言ってくるかもしれないし、このあたりで切り上げよう)
広場で行われる行事を知ることができたジェシカは、アマルと行動する可能性を消すべく、話を切り上げ始めた。
「アマルさん。教えてくれてありがとうございます。時間があったら私もあとで大広場に行ってみます。それじゃあ……」
「うふふ♪ どういたしまして。いってらっしゃ〜い」
感謝と挨拶を伝えて早々に宿舎から出るジェシカ。
そしてお礼を言われ上機嫌になったアマルは、見た人を魅了させるような笑顔を向け、穏やかに手を振りながらジェシカを見送った。
(なんとかなったわね……。さて、早く買い物を終わらせないと)
人混みに紛れ、アマルの姿が見えなくなったのを確認して安堵したジェシカは、商業区の方角へ顔を向ける。
(ここからだと……服屋の方が近いし、先にそっちに寄りましょう)
ジェシカの中では一番入手したいのは修理道具だが、商業区までの道のりに服屋があるのを思い出し、レイオスの服を先に購入することを選び、目的地へと向かった。
昨日までは存在しなかった、伝声の魔道具が設置されている道を歩みながら。
◇補足◇
《伝声の魔道具》 別名:伝声柱
見た目はLEDのフロアライトみたいな物で、先端には魔石が付いています。
魔石には発信者の声が発声され、柱には周りへ反響する仕組みなどが施されている。
栄えている都や町に設置されており、行事連絡や緊急事態などを知らせる際に用いられています。
《投影の魔道具》 別名:投影オーブ
空中に発信者の姿が投影されます。伝声の魔道具のように声を発することも可能な上に、発信者側の方でも視聴者を認知することができるので、双方による意思疎通ができます。
見た目は外側が装飾されている水晶玉で、大きさは球体型のプロジェクターライトな感じです。
素材がレア物かつ高度な魔法を組み込む必要がある為、かなりの高価な代物。なので感謝祭では人が集まりやすい場所のみの設置になります。
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