第九話 イエガーと重罪人とジェシカ
※流血シーン有りです。
苦手な方は注意してください。
地下道から城の牢屋に行き着いたジェシカは、仇であるイエガーを目撃し、姿と気配を消して、隠蔽監獄の奥へと進むイエガーの後を追っていた。
カツ……コツ……カツ……
前方を歩くイエガーの靴音に合わせて隠れながらジェシカは進み、右手と右足、左手と左足をそれぞれ同時に出しながら歩き、服の擦れる音も最小限に収めていた。
そしてジェシカは、後をつけられていることに気づかずに、周りを確認しながら歩くイエガーに、ペンダントと腰の短剣を握りながら、憎しみを込めた眼差しを向けていた。
(五年経ってもあいつの顔を、姿も、今日に至るまで一回も忘れたことはなかった……。この好機はきっと、母さん達がくれたものよね。絶対に無駄にはしない! だけど、あいつはクズでも救世の勇者……用心しないと。それに……)
仇と巡り会えたことを亡くなった者達が齎した奇跡だと感じながら、ジェシカは意気込み、相手が国を滅ぼせる力を秘めた人物だということに着目しながら警戒心を強めていた。そうして冷静に考えてる状態のジェシカだったが、彼女はポケットにしまっている物に対して気がかりを抱えていた。
それはジェシカの魔石のことだった。
欺きの魔法で姿を消しているジェシカは、イエガーの後をつけながら、手にしている魔石の残りの魔力に不安の目を向けていた。先ほどジェシカは欺きの魔法を発動する時、隠蔽監獄の魔封じの魔法で、自分の魔力で発動できないことに気づき、咄嗟に魔石の魔力を使用してしまった。ジェシカは魔石をワープといった緊急避難や回避以外は使用しない様に心掛けていた為、これからイエガーを討つ際、失敗した時の保険が使えなくなる可能性を懸念していた。
(ワープが使えない位の魔力は消費していないはず……。だけど残りの魔力で、隠れ家の所まで使えるかしら……)
ジェシカがリリスとして所属している『アダルバリエの名花』は、祭の終了日まで帝国から専用の宿舎を用意させれており、踊り子達はそこを利用している。だが、ジェシカはイエガーの仇討ちの作戦や準備の他、ワープした時の転移する安全地帯の為に、人目のつかない東区に隠れ家を設けており、専用の住居ではなく、殆ど隠れ家で寝泊まりしている。他の踊り子達も、貴族や騎士などの接待で夜を留守をしていることが多いので、今のところジェシカを怪しんでいる者は皆無に等しい。
(仮にワープすることができたとしても、転移の光は目立つから、やっぱり人目のない所にしておきたいわね……。そうなると、七番街の橋の下あたりかな。距離と場所を考えると……っ!)
ワープする地点を考えていたジェシカは、イエガーが牢屋の前に立ち止まったのに気づき、音を立てないように物陰に隠れた。イエガーは牢屋の前に手をかざすと、牢屋の前に幾重にも張られた結界の魔法陣が表れ、牢屋の扉が自動的に開き、イエガーが中に入る。
(あの結界の魔法……中の人や物を封印する類のものよね。あんな張り巡らせて、一体どんな人物が閉じ込められ……っ! もしかして、イエガーが捕まえた重罪人!?)
物陰から見ていたジェシカは、牢屋の中を確認する為に、音を立てずに牢屋へ近づいていく。
しかし、その時だった。
「おいおい……お前まだ生きてたのかよ。
ハァ〜〜〜……一ヶ月飲まず食わずで生きてるとか、気味悪い奴だな! おい!!」
ゲシッ! ドスッ!
隠蔽監獄に、イエガーの罵声と暴力を振るっている音が響いた。牢屋の中をまだ確認できてないジェシカだったが、中の様子を大方理解し、表情を険悪な表情に変えていく。
(まだ生きてたとか……何にも変わってないのね)
イエガーの他者の命を蔑ろにする心根が相変わらずなことに、ジェシカは憐れみをかけながら牢屋の中を覗いた。
だが、牢屋の中を光景を目の当たりにした時
ジェシカの険悪な表情は崩れ
イエガーに対しての憎しみと憐れみの感情が、時が止まったかのように湧き上がらなくなった。
そうなった原因は
牢屋の中の光景が、ジェシカの予想を超えたものだったからだ。
(…………イエガーが……二人……?)
ジェシカが目にしたのは
二人のイエガーだった。
悪人の顔をしたイエガーが、手足を拘束され、囚人服を着ている傷だらけのイエガーに暴力を振るっており、牢屋の中は文字通り
二人のイエガーが存在していた。
(あれは……誰? イエガーの、偽者……?)
髪の色や目の色、体格が全く同じのもう一人のイエガーが暴行を受けているという予測出来なかった光景に、思考が麻痺したジェシカは眺めるしか出来なかった。
「オイ! さっさと死ねぇッ! お前はもう、用済みなんだよッ! 早く死ねッ! オラッ!」
ドガッ! ドスッ! グギュリ…… ドゴッ!
「か……は……あぁ…………あ…………」
イエガーは、傷だらけのイエガーの胸ぐらを掴み、暴言を吐きながら殴る蹴るを繰り返して行い、時折骨が折れた音が鳴っても、傷だらけの方のイエガーが息も絶えそうな声を出しても、止める気配は一切無かった。
もしもイエガーを知らない者が今の彼を見たら、誰も勇者だと信じてはもらえない程に、イエガーは
"暴君"と呼ぶに相応しい姿と化していた。
そんな暴君状態のイエガーの姿は、一部始終を見ていたジェシカをたじろがす。
(ッ! なに怖気ついているのよ! 仇を討つんでしょ!? もう一人のイエガーの方に夢中になっているから、奴は隙だらけじゃない!)
しがらみを断ち切るかの様にジェシカは首を振り、腰の短剣を鞘から抜く。その時だった。
「おい!! なに勝手に気絶してんだ、オラッ!!」
バギリッ!
ドサッ!
(……ッ!)
短剣を構えた瞬間、イエガーは傷だらけのイエガーへの暴力を止めると、勢いよく壁の方に投げ、肉体と骨が同時に傷ついた音を響かせた。
傷だらけのイエガーは気絶したことで受け身を取れず、顔を壁にぶつけてしまい、壁には下へなぞる様な血の跡が出来ていた。背を向けている体制の為、ジェシカからは傷だらけのイエガーの顔は確認できないが、悲惨な状態なのを壁の血が物語る。
「……昔のよしみで、一人寂しく死ねる場所を用意してやったのに、抵抗して生きやがるとか、ふざけてんのか? あぁッ!?」
理不尽と無慈悲が同居している言葉を吐くイエガーは、倒れているイエガーに近づき背中を踏みつける。
「この世界での面倒ごとは大方片付いたって先生が言ってたし、もうお前は俺の代わりを務める必要は無くなったんだ。これから始まる感謝祭が終われば、俺はルクアーディアの伝説になる。その伝説に、同じ姿をしている奴は邪魔なんだよ。……せっかくだ。お前を殺すにはコレが良いよな」
(っ! あれは……!)
イエガーが左手をかざすと、五年前にシェラ村を滅ぼし、ジェシカを畏怖させた黒い力が溢れ出た。五年が経過しても、黒い力の纏う禍々しさは変わらず、ジェシカは冷や汗をかく。
「クハハッ! 救世の勇者としての印象が悪くなるから見せない様にしていたが、ここにはお前しかいないし、堂々と見せられるな!」
黒い力以前に、横暴な態度で悪評を得ているイエガーの言葉は、滑稽と呼ぶにふさわしかった。それを聞いていたジェシカはそう感じたかったが、黒い力の放つ謎の波動によって、震える体を抑えるのに必死な状態だった。
「じゃあ……そろそろ終わりにすっか」
邪悪な笑みを浮かべたイエガーは倒れているイエガーから少し離れると、かざした左手の指で何かを操作するに動かし始める。すると黒い力は複数の黒い剣と化し、倒れているイエガーに剣先を向け、空中に留まる。
「……左足」
ズブッ!
イエガーが発した声に合わせて黒い剣は空気を裂く様に動き、倒れているイエガーの左足の脹脛に突き刺さる。黒い剣に指示をしたイエガーは、剣が突き刺さった傷から流れる血を見ると急に笑い出した。
「…ククク。クッハハハハハハッ!! 今、楽に死ねるとか思ったか? ハハッ! 残念だったな! まだトドメは刺してやんねぇよ! なんでそうしないのかって? "早く死にたい"って思ってる人間をじわじわと殺すのは楽しいじゃねぇか! ハハハハハ!!」
イエガーは倒れている(かつ気絶している)イエガーに一方的な返答をすると、黒い剣を次々と倒れているイエガーの体を問答無用に突き刺していく。
ズブッ! グサッ! ズブッ!
ブズッ! ズブッ! グサリッ!
「ギャハハハハハハハハハッ!!!」
牢屋の中は、黒い剣の無慈悲な攻撃によって傷ついていくイエガーの血で彩られ、黒い剣に指示をしている暴君のイエガーの邪悪な笑い声が響く。
(やめ……や、めて……)
"黒い力で人を傷つけている光景"、それはシェラ村の惨劇と同じであり、ジェシカにとってはトラウマそのものだった。悲痛な思いを抱きながら、抜いた短剣を落としてしまいそうになるほどジェシカの体の震えは酷くなり、瞳が涙で滲んでいく。
(ペ……ペンダント……)
ジェシカは形見のペンダントを強く握り、気持ちを落ち着かせようとする。その間も、イエガーの残虐は止まることは無く、黒い剣は倒れているイエガーの体に無慈悲に突き刺さる。
そしてとうとう、イエガーは最悪な終わり方を迎えようとしていた。
「狙いを〜〜定めて〜〜っと!」
上機嫌なイエガーは左手の指で一本の黒い剣を動かすと、倒れているイエガーのある部分に剣先を定める。
「流石に心臓を刺されたら、タフなお前でもあの世行きだよな〜〜」
イエガーは倒れているイエガーの身体中にたくさんの黒い剣を刺しまくったが、じわじわと殺すという残虐な思想によって、あえて心臓だけは残していた。ただ、この"あえて"というのは最悪極まりないものだった。
(やめて……やめてあげて……その人が、何したっていうのよ……)
ジェシカの心は限界を向かいそうになり、瞳を涙で滲ませる。
「さて、今度こそ終わりだ。……あ〜あ残念だな〜こんな終わり方なんてよ〜〜」
イエガーは左手を翳し、心臓に狙いを定めた黒い剣を、倒れているイエガーの上に構える。
"上から勢いよく心臓を刺す"
イエガーが実行しようとしているのは、
文字通り"トドメを刺す"だった。
(お願い……やめて、やめて、やめて…ッ!)
トラウマを目の当たりしたジェシカは声にならない悲痛な叫びを心の中で叫ぶが、当然イエガーには届かず、イエガーは邪悪な笑顔で淡々と、もう一人のイエガーに残虐な言葉を贈る。
「……まっ! しょうがないか!!
お前は俺の為に頑張って、俺の為に戦って
俺の為に我慢して、俺の為に生きて、
俺の為に死ぬ……
だから俺に殺されるのは
間違いじゃ無いんだよ!!」
(やめて……もうやめて……)
「この結末は正しいんだ!
俺の選択も!
行動も!
なにもかもぜーんぶ正しいんだ!!」
(嫌……聞きたく無い……)
「なんたって俺は……」
(いや……いやだ……ッ!)
「救世の勇者だからなッ!!!」
この世で絶対的な力を持つ肩書きを、イエガーはシェラ村の時の様に堂々と宣言し、そしてまた、自分の悪行を正当化していた。
それと同時に、黒い剣が倒れているイエガーの心臓目掛けて突き刺さろうとしていた。
そしてジェシカは、イエガーの言葉と黒い剣が突き刺さりそうになる瞬間、黒い力で絶命した者達の光景と重なり、悲嘆の感情が抑えられなくなった。
(嫌ッ! 嫌ッ!! 嫌ッ!! いやぁああッ!!!)
堪えていた涙が溢れて、一粒の涙がペンダントを握っていた手に零れ落ちる。
その時だった。
キュイーーン!!!
「えっ……?」
「なっ!? なんだよこの光!?」
ジェシカのペンダントが空色の光を放ち、ジェシカの涙は止まり、イエガーは驚いて黒い剣の狙いを外してしまった。
そして放たれた光の一部は、倒れているイエガーを包み込み、眩い光を放ちながら、消えてしまった。光に包まれていたイエガーも含めて。
一瞬の出来事に、イエガーとジェシカは
ただ呆然とすることしか出来なくなっていた。
読んでくれてありがとうございます!
今年の投稿は、ひとまず終了します。
皆様、良いお年を。




