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ソラの国  作者: 桃木葉乃
プロローグ
1/4

空中都市「ソラの国」

 月の綺麗な夜、雲に囲まれる国。

 天空には無数の星がキラキラと輝きを放ち、宝石のように散りばめられていた。


 一番大きな城には、この満天の星空に負けないほど豪華で、それでいて暖かく落ち着いた明かりが灯っていた。

 中庭には色とりどりの薔薇が綺麗に手入れされている。薔薇は城に向かって作られたアーチで、とても巧妙だった。

 その城では、パーティーが開かれていた。

 紳士や貴婦人に合わせた落ち着いた音楽の旋律、男と女達はダンスしている。そんな中、メイドを一人側に置く女性がいた。

 レースで編まれた豪華な長袖だが、装飾品を控えた空色のエンパイアドレスに身を包み、膝下までの長いプラチナブロンドの髪を持つ彼女は華やかな宮廷のさらに奥、翼の生えた女神像がある礼拝堂で女神に祈りを捧げていた。


「ねぇ、あなたも一緒にお祈りしない?」

「えっ、そんな……お嬢さまと一緒に祈りを捧げるとこを見つかっちゃったら……」

「もうっ、ダイナは心配性ね。

 大丈夫よ! これからの事を一緒に……ねっ、お願いよ」


 祈りを捧げていた女性は相手の手を力強く握り締め、口元へ近付ける。その手は女性が言葉を発する度に吐息がかかり、瞳を捉えて離さない。ダイナと呼ばれた少女は視線を一度左へ流し、言葉の意図を察するとおずおずと女性を見つめ返して控えめに頷いた。その様子を見ていた女性は嬉しそうにはにかみ、二人は隣に並んで女神像に祈りを捧げた。

 腰に細剣を携えた男性が一人、彼女達の祈りの声に合わせて歩み寄る。女神への祈りを捧げた後に顔を上げた二人の姿を見て、彼は声を掛けた。


「やぁ、綺麗な月の夜だね。こんな素晴らしい日にキミとのパーティーを楽しめるなんて僕は幸せ者ですよ、マルティナ嬢」

「あら御機嫌よう、エルンスト王子。

 あなたがいるんだもの。この国はきっと、これからも安泰でしょうね」

「貴女あってのこの国です。僕はそれを補佐するにしか過ぎません……。今宵も美しいお姫様、昨夜の返事を聞かせて頂けますか」


 王子の問いに女性とメイドは見合って頷くと、メイドは一足後ろへと下がった。

 にっこりと微笑んだ女性は王子の手をそっと取り、凛とした声音で答えた。


「昨夜もお話した通りです。……愛していますわ」

「キミの気持ちは固まっているのですね。分かりました、それなら大丈夫そうだ」

「ふふっ、ありがとうございます」


 お互いの気持ちを確かめ合った男と女は小さく笑い合う。それを翼の生えた女神像は優しい微笑みで、ステンドグラスから漏れる月明りに照らされ一部始終見ていた。月明かりは一点に光を集めると、その先にある女性の心臓を真っ直ぐ貫く。

 驚きを隠せないメイドは崩れ落ちた女性の肩を抱き、王子は守護兵にこの事を伝えるため扉へ向かう。

 光に貫かれた女性は白い息を吐き、透き通った美しい肌は青く凍っていく。冷たくなっていく姿を見て、メイドの目には涙が溜まる。

 王子が礼拝堂から出て行くと、入れ違いに女の子が慌ただしく走って現れた。


「も~っ、お姉ちゃま! こんなとこにいたのねっ!」

「サンディーさま! お嬢さまが、お嬢さまが……っ!」

「えっ、ちべたぁい! これってジェラートショック……? こ、このままだと雪だるまになっちゃう!」


 今にも泣きだしそうなメイドの声に、氷のように冷たい肌に触れる女の子。その瞳は誰よりも真剣で、症状を分析する幼子の姿は歳を忘れるくらいに博識だった。

 指先まで凍り始めて弱っていく体を無理矢理動かし、女性は立ち上がる。振り払われた手をメイドはもう一度伸ばすが、女性はそれを制するように首を振って喋ろうとする。だが、口さえも動かない。

 彼女は女神像の傍らに歩み寄って、天への祈りを捧げる。祈る彼女の体は完全に氷となり、雪に包まれた雪だるまとなった。


 大空には、ウサギの耳によく似た愛らしい翼の生えたトットが、せっせと水を運んでいた。

 この国には海と呼べるものは存在していない。その代わりに国全体を輪状に囲う、とても大きな水の塊「ライフリング」が存在している。トットは群れを動かして、そこから水を汲んで一か所に集めていた。

 空水塔と呼ばれる、国の全てを繋ぐ命の生命線に。しかし、いつものように流れる水は音を立てて凍り、強化ガラスにまでヒビが入って供給が止まる事となる。

 パタリ、パタリと音を立て、冷気に抗えず、一羽二羽と大空からいなくなった。


 雪だるまになった姉を助けるために、女の子は書斎へと走る。廊下もまた女の子の後を追うようにして凍り始め、大きく城が揺らいだ。その反動で足場が崩れ、女の子は目的の書斎に辿り着く事はなく大空へと放り出された。


 これは『ソラの国』という名の、不思議な絵本。

 それはとても切ないけど、最後には必ず幸せが待ってる、そんな優しい物語。

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