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ソラの国  作者: 桃木葉乃
一章 王子と雪だるま
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第一話 好奇心は氷を溶かす

 始まりは、ただの好奇心だった。


 エーレヴァイス王国で最も女と話題性に事欠かない第三王子ユミル・エーレヴァイスは、二十歳の誕生日を迎えたその日。

 幼少の頃より立ち入りを許されなかった「禁じられた地」へと赴いていた。


 何千年も昔『ソラの国』と呼ばれる古めかしい絵本によれば、天に最も近い場所に大地が浮かんでいた。

 しかし、空の女神に見放されたその国は、深い森に落ちてしまったのだ。


 でもそれは、絵本の話。実際のところは本当にそんな国が浮いていたのかは誰も知らないし、禁断とされている由縁はもっと他にあるのかもしれない。

 禁じられた地を管轄するのは国境警備にあたる騎士達であり 王子であっても教えてはもらえないのだ。


 普段は温暖な気候のエーレヴァイス領だったが、禁じられた地に足を踏み入れると、まったく別の世界が広がっていた。

 ユミル王子の目の前に広がる光景、そこには木々の間を繋ぐ氷のアーチが道を作り、草花は凍って結晶のように自身の姿を映し通している。息を吐くと白く、とても冷たいその場所は、人が生きていくには過酷な氷の森と化していた。

 言葉に出すだけでも許されざる地は、異質な魔法の力で覆われていた。


 それでも彼はどうせ外に出るのなら、と簡単な気持ちで禁じられた地に足を踏み入れた。氷柱がどこよりも高く伸び、その大半が崩れ落ちそうになった氷の城の前で立ち止まると、ユミル王子は外観を眺めて感嘆な吐息を漏らした。


 どうして森や城が氷に包まれてしまっているのかは分からない。それに知りたいとも思わなかった。

 城の中へと続く氷柱の手すりに触れて、ユミル王子は呟いた。


「……氷の城か。うん、冷たい……。城の中はどうなっているんだろう」


 何千年も前に栄えていたであろう国の、氷の城。

 どんな造りでどんな内装なのか、昔の文明が気になって仕方のないユミル王子は、わくわくしながら城の中へ駆け込んだ。


 氷で覆われた城の中は、当然のように外とは比べ物にならない程に冷たかった。

 どんなに歩いても、気が遠くなるくらいに氷の廊下が続き、どこまでも人気はなかった。吐く息は白く、肌を刺すようなピリッとした痛み。ユミル王子は慣れないその寒さに、長居は出来ないだろうと感じていた。

 しかし、好奇心に勝てない気持ちは足を城の奥へと進める。宮廷の広間だったらしき場所に出たユミル王子は、金銀煌びやかな装飾を興味深そうに顎に手を置き見つめる。見れば見る程、彼の足は自然と奥へ奥へと進む。


 氷ったままの状態で開かれた大きな扉をくぐると、そこは広間に比べて小さな部屋。翼の生えた女神像の優しい微笑みが彼を迎え入れ、その隣にはまぁるい白い玉が、まるで太った人間のような姿で一つ二つと重なって置かれていた。


 思わず歓声を上げたユミル王子は、床が冷たい氷なのにも関わらず駆け寄った。


「あれはまさか、雪だるま?! 一体誰がこんな……、おわっと!」


 氷の床の表面をつるっと滑ってしまい何度も足をバタバタさせて、彼は雪だるまにぶつかってしまった。それでも微動だにしない雪だるま、雪と雪の間から覗いて見える銀の糸。それに触れると絹糸のように細く綺麗で、雪を手の平で払いのけると白金色の髪の毛のようだった。


 ぶつかった拍子に崩れかけた雪の部分を削り取ってみるユミル王子。

 手袋越しでも伝わってくる氷の冷たさ。指先からジンジンとくる痛さに眉を寄せるも、彼の果てない好奇心がそれを上回って手の動きは止まらない。削り続けていると固い何かに触れる感覚がして、そこから左右に掻き分ける。


 雪だるまから出てきたものは氷漬けとなった人間、眠っているように安らかなプラチナブロンドの女性だった。

 氷の結晶の中の女性はあまりに儚く、冷たい氷の中に閉じ込められているというのにまるで生きているかのように肌は透き通った白、触れれば壊れてしまいそうだった。それでも触れたいと思う気持ちは止められずに、ユミル王子は手袋を外して女性の頬にそっと手をあてる。


 彼女の肌は氷に阻まれ温もりを感じられず、城の氷よりも遥かに冷たかった。


「やっぱり、生きているわけないか。……冷たいね」


 口を開く事のない姿を見て、哀れみの感情を伴った瞳で見下ろすユミル王子。

 冷たくなった手を手袋に入れて氷漬けとなった女性にもう一度視線を遣ると、双眸を閉じていたはずの彼女の赤い瞳はユミル王子の青い瞳を見ていた。


 その赤い瞳に目を奪われたユミル王子は、心臓がどくんっと跳ねる。

 目を擦ってみても、何度瞬きしても、左右に顔を逃がしてみても、赤い瞳はユミル王子を捉えて離さない。

 魅入られてしまった彼は呼吸をするのも忘れ、その場から離れられないでいた。


 時を同じくして、禁じられた地の氷の城に黒き鎧に身を包んだ男性、黒衣の騎士アルベルトが足を踏み入れていた。

 彼に与えられた任務は、城を抜け出したトラブルメーカーである第一王子を探し出し、有無を言わさず城へ連れ戻すというものだった。


 ユミル王子の好奇心の的だった、この場所。


「いないならいないで、それでいい。あの好奇心の塊め……」


 そう自分に言い聞かせながら、冷気に眉を顰めて神経を尖らせ、城の奥へ奥へと歩みを進める。

 右や左と探せども見つかりはしない。早々に諦めを決め込んだアルベルトは黒衣のマントを翻して立ち去ろうと考えた時、大きな扉の向こうに立ち尽くしている男の姿を捉えた。それは探し人のユミル王子。


 アルベルトは王子の姿を確認して安堵するが、それとは別に本当に絵本への好奇心に負けて、この場にいた事を呆れ大きな溜め息を吐いた。


「探しましたよ、ユミル様――」


 言葉を発した途端、目の前の光景にアルベルトは口を噤んだ。否、どちらかと言えば言葉が出てこなかった。ユミル王子の目の前にいる半壊した雪だるまに埋もれた女性に、彼は続く言葉を失ってしまっていた。

 その声に、赤い瞳はアルベルトの姿を捉えていた。


 女神像の微笑みが、彼らの出会いを見守るように祝福している。


「……嘘、だろ」


 やっとの思いで、アルベルトの口から振り絞って出せた言葉。そんな彼の視界を遮るようにして、ユミル王子は氷漬けの女性を壊れ物を扱うように優しく包み込んで覆い被さった。

 はっと我に返ったアルベルトは王子の行動を阻止するため黒衣のマントを靡かせ、彼の肩を掴んだ。


「王子、貴方は何をしているのか分かっているのですかッ!」

「――っ! あ、アル?」

「……禁じられた地ですよ、ここは!」


 怒鳴り声に振り返ったユミル王子の顔は心底驚いている様子で、目を丸くして口をパクパクさせていた。

 氷漬けの女性に魅入られた彼は、無意識の内に彼女の冷たい体を抱きしめてしまっていた。すぐに突き刺さるような痛みと体の痺れに顔を歪め、雪だるまの雪が付着した腕を掴んだ騎士は、その濡れた部分に手を重ね雪をすぐに払いのける。


 紫色に染まっていくユミル王子の唇、アルベルトは冷静な声音で言葉を継ぐ。


「いいですか、ここは立ち入りを禁じられた地です。体もこんなに冷えてしまって……さぁ、戻りましょう」

「アル、待ってくれないか! キミに頼みがあるんだ。この雪だるま……いや、女性を城に連れて帰りたいんだ」

「……王子?」

「氷漬けになりながらも、まだ生きてるんだよ。そうきっと、彼女はずっと昔から……」


 アルベルトの手を振り解いたユミルは、氷漬けの女性の頬にそっと手を添えた。

 ゆっくりと自身に傾け零れ落ちる銀の糸に微笑みを浮かべ、今だ氷の中の彼女の額に、触れる程度のキスを落とした。


 その行動が原因なのか、それは誰にも分からない、

 眠ったままのお姫様、氷漬けの彼女の周囲の雪は徐々に溶けていき、氷はパリンと音を立て割れた。


 氷の呪縛から解放された女性は、彼の腕の中で力なく倒れる。それをしっかりと受け止めたユミル王子は、足に手を回して持ち上げた。茫然と見ていた騎士の横を通り過ぎ、動けないでいるままのアルベルトへ向き直ると口端を上げて笑った。


「さぁ、帰るんだろ? ぼーっとしてると、置いてくからな」


 氷の床の上で溶け始める、さっきまで雪だるまだった欠片を見つめるアルベルト。足元にも氷の破片がいくつか落ちていて、その一部を手に取った。

 握り締めてみるとそれは固く、魔法の力が宿っているのは明白で、たとえ温暖なエーレヴァイス領であっても決して「溶けない力」を感じさせた。


 なのに何故、溶けてしまったのか。

 アルベルトは握り締めたその氷の欠片を布に包むと、懐に収めた。そして、先を往くユミル王子の背を追いかけたのだった。

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