イタズラはほどほどにね
「おっ、大丈夫なのか?」
「え? あ、あぁ」
授業が終わったタイミングを突いて、教室に戻った和也。
体調が悪くなった、という名目で教室を出ていき、保健室に行っていることになっている。
「カズは部活してないからな、鈍ってきたんじゃねーの?」
「ほっとけ、つか慧もだろうが」
二人とも中学では、同じ部活に所属し、互いに汗を流し、頑張りあった。その話は後日するとして、今は二人とも部活動には所属していない。
「まぁ無理すんなよ」
「あぁ、わかった」
学校に着いた直後は、あまりにも本気で漕いだため、疲労からか気持ちが悪くなっていたが、数分経って呼吸が整えれば体調が良くなっていったため、現在は特に支障はない。
それでも保健室に行ったという事実は変わらない。そのため今日は大人しくしようと心に決めた。
心改め、二時間目の授業を受けていた時だった。真面目に授業を聞いていたのだが、ペンを持ちかえようとした時にやつを発見した。
机の縁からひょっこりと顔出している。それを数秒見つめた後、素早く何も持っていない左手で、ひょっこり出ている顔を掴もうとした。
しかしながら、やつも素早く顔を引っ込めたため捕まらずにすんだ。そしてまた別の縁から、ひょっこり顔をだす。出てくる顔は和也を嘲笑うかのように、ニヤリとしている。
まるで、もぐら叩きのような攻防が続く。顔を出しては、捕まえようとする。無言の熱い戦いが行われている。しかしながら、和也には姿は見えているが、他人からの目で見ると……。
「長谷川」
「…………………………」
「おい、長谷川。聞こえているのか?」
「え? あ、はい」
「何をしてる、授業に集中しなさい」
「あ、はい、すいません……」
先生に注意されてしまった。どうやら呼ばれていたそうなのだが、呼んでも反応がないので、机の前に来ていた。他人の目から見れば、左手を動かしているだけにしか見えない。本来は厄介な存在を捕まえようとしているだけなのだが……。姿が見えないとはなんて理不尽なことだろう。
その様子を見て、机の縁からクスクス笑っている声が聞こえてくる。とりあえずぶん殴りたかった。しかし他の人の目のことを考えてみたら、その考えを取り下げるをえなかった。今の状況は
姿が見えないセラミーが有利に働いている。
その後もセラミーの、イタズラが続いた。ペンを落としたり、落書きをしたりしていた。先程の反省から和也は目立たないように、捕まえようとしたが、セラミーの方が一枚上手だった。他人の目には見えないというアドバンテージを上手く使い、和也の攻撃を全てかわした。
しかしついにその時がやってきた。それは四時間目が終わり、昼休みの時だった。昼食の弁当を開けたときだった。どうやらイタズラを多くやっていたためだろう、目からビームが出るくらいの視線で弁当を見ていたのを発見した。
そんな様子を当然和也は見逃す訳もなく……素早くセラミーを捕まえると、
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
「おぅ、了解」
一緒に食べている慧にそう言うと和也は教室を出て、トイレに向かった。セラミーを制裁を加えるため。
「悪かったのです! 放してくださいなのです!」
握りつぶしている左手がモゴモゴと動いている。どうにかセラミーが抜け出そうとして、もがいているが上手くいかない。
セラミーが何をしようが、ただひたすら無言で握りつぶしながら進んでいく。
「出ちゃう! 何が出ちゃうのです!」
そんなセラミーの声は和也には届かない。しかし、
「え? 今の……」
和也がひたすら無言で歩いていた。怒りに満ち溢れていたため、その声には反応しなかった。しかしすれ違った人で、すれ違った後に振り返った人物がいることは、握りつぶしている方も、握りつぶされている方も知らなかった。
ガチャリと鍵を閉める。今日二度目のお仕置きタイムが始まった。
「待ってなのです! 無言で便器に突っ込もうとしないでほしいのです!!」
再びの個室。無言でセラミーを握りつぶしている左手を便器に近づける。その目はいつもと変わりないが、セラミーはしった。あの目の奥にはとんでもない闇があることに。見れば見るほど、恐怖が体が支配する。
「……被告人、弁明の余地はありますか」
ようやく、小さな声で重たい口が開いた。
「本当に申し訳ないと思っております。この通りです」
セラミーもこの緊急事態の重さを知り、真面目な口調で答えた。
「他に何か言うことは?」
「本当にごめんなさいなのです。もう二度と知らないのです」
「本当に?」
「本当なのです、神に誓うのです」
「破ったら?」
「もう、ご自由に。好きにしていいのです」
「言ったな?」
「言ったのです」
「次はねーからな」
ものすごい威圧と、睨みを聞かせ、ようやく和也はセラミーを解放した。解放されるやいなや、セラミーはぐったりした。握りつぶしがどうやら、ものすごく効いているようだ。
「……おこがましいことは承知なのですが、あの一つ、お願いがあるのですが」
「え? 何?」
「私にも昼食が欲しいのです……」
そう言うとセラミーはばったりと倒れた。和也は昼食の弁当でも上げようと考えていたが、それは危険なことということに気づいた。
姿が見えないため、セラミーがあの教室で、和也の弁当を食べている姿は、他の人から見れば、食品がいきなり宙で消えることになる。また食品を持つことになれば、姿が見えないため、食品だけが見えることになるから、食品が動いていることになる。
ばれなければ良いものだが、昼休みの教室は人がいっぱいいる。ハイリスクなのは言うまでもない。となれば……
「しょうがねーな、ここで待ってろ。何か買ってきて持ってるから」
「ありがとうなのです!! 和也さん!!」
軽くため息を漏らしながら和也は答えた。その答えにセラミーは尊敬のまなざしを向けている。無駄に目がキラキラと輝いているみたい。そして和也はセラミーの昼食を買うため、トイレを出た。
幸いなことにポケットには財布があった。間接的にパシられている気がするのだが、めんどくさくなるよりかは、まだ良いので渋々、本当に渋々、今いるトイレから上の階にある購買部に向かった。
「百円です」
財布から百円玉を取り出し、購買部の人に渡す。買ったのは、コッペパン(クリーム入り)一つ。
「なんで、こんなにめんどくさいことを……」
コッペパンを片手に、購買部を後にした和也は、ぶつぶつと文句を言いながら歩いていく。
頭の中では、妖精の定義を再確認している。そもそも妖精という存在自体が、ここにいることがおかしなことなのだが。それでもイタズラをし、さらにはパンを買わせる妖精が歴代の中でいるのだろうか? 少なくとも、おとぎ話ではあり得ない。
そんなセラミーに対する愚直みたいなものを考えて歩く。幸いにもセラミーがいるトイレにつくまでは何も起こらなかった。
「ほら、買ってきぞ」
「流石、和也様なのです」
調子のいいことを言った後は、すぐに袋をあけるやいなや、勢いよく食べ始めた。食べるスピードは普通の人間と損傷はないが、大きさから考えると物凄く速い。
ものの五分もたたないうちに完食した。トイレットペーパーをちぎり、口を吹き、お腹をポンポンと叩いた。
「もう、食べられないのです」
ゲプッと息を出した。お腹が膨れている。まるで漫画のキャラを見ているようだった。
「とりあえず、お前は俺の鞄の中に入って、大人しくするんだぞいいな?」
「いや、でも……」
「い・い・な!!」
「……はいなのです」
和也は自身の鞄の中に、セラミーを入れておくことに決めた。
自身の目が届くところなら、悪さはしないだろうと考えた。もし逃げ出したとしても、朝どうやって逃げたしたのかも確認できるからだ。今後の対策もかねてだ。
「とりあえず、鞄の中に入るまでは、持ってくからな」
「優しくお願いするのです。じゃないとたぶん出ちゃうのです……」
左手に丸くなったセラミーを手の平にのせて、トイレを出た。吐き出されても困るので、少しゆっくり目に歩いて教室に戻った。
「おぅ、随分時間が掛かったな」
「えっ、あ、あぁ」
そう言われてもおかしくない。セラミーにお仕置きするだけでなく、昼食のコッペパンを買いに行っていたのだから。
和也は椅子に座る際に椅子の近くにある、自分の鞄にさりげなくセラミーを置いた。大丈夫、不審がって無いので成功したようだ。その直後だった。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴った。このチャイムが意味するのは、昼休みの終わり。授業の始りを意味する。別に特にこれと言って何かがあるわけではないが、和也にとっては問題があった。
昼食を食べていないと言う問題が!!
一般の人でもこれは大きな問題になるだろう。ましてや食べ盛りの高校生なんかは……死活問題だ。
「お疲れさん、何回かお腹がなっていたな」
授業が終わり、慧が笑いながら言ってきた。しかしそれに反応する元気はない。それほど限界を超えていたのだ。
すぐにでも食べたい気分だが、今日はこれでおしまい。下校になるわけだ。
「じゃ、さっさっと帰……………」
「……? どうした?」
いきなり話が止まったので気になった。机にうつ伏せになっていたので、頭だけ上げた。どうやら廊下を見ていたようなのだが、誰もいない。
「悪い、先に帰っててくれ、用事を思い出した」
「あぁ、わかった」
そう言われたので、和也は、さっさと一人で帰ることにした。
自転車の籠に鞄を置いたら、お腹の中が消化されたのだろう、セラミーが通常の姿で顔を出してきた。わずかな隙間からどうやって出てきたのだろう。
「さぁ、帰るのです! 目指すは和也さんの家なのです!」
そう言いながら、進んでいる方向に指を指す。完全に気分は船長になっている。ペダルを漕ぐのは和也で、帰り道を知っているのも和也、ただ指を指すだけのポンコツ船長を乗せた自転車は帰路に着く。
「まさか、あんたから呼び出しがあるとは思わなかったわ」
和也が自転車で帰宅する中、立ち入り禁止の看板があるにも関わらず、学校の屋上に一人の少年と一人の少女。
少年はドアを開けて、屋上に入るや否や言葉を発する。少女は柵に掴まり、景色を眺めている。辺りには遮る建物もなく、この辺り一面を眺めることができる。
「別に」
「他のやつらは?」
「呼んでない。時間がなかったから」
話をしながら、少年は少女に近づいていく。
「そんで、わざわざ呼び出すぐらいなんだから、只事じゃねーと思うんだが」
少年と少女が会話できる距離になり、少年は歩くのをやめた。少女が振り返り、向かい合わせになった。
「私にとってはどうでもいいけど、一人増えたわ」
「ほぉ、なるほどなるほど。で、そいつは――」
「私が呼び出した時に、あなたと会話してた人」
少女が言った瞬間、少年は驚きを隠せなかった。おもわず、口が開いてしまうほど。
「それは……本当なのか」
少年は再び少女に確めようとした。少女は歩き出した。
「えぇ、さっき確認したけど、見間違いじゃない」
「マジか………………」
「それだけ。私はもう帰るから」
そう言うとドアノブに手をかけて、出ようとした時、
「なぁ、やっぱり一緒にやる気はないのか?」
少年は少女を呼び止めた。少女は一瞬、動きが止まるも
「何度も言うけど、私は一人でいい」
そう言って、少女は屋上を後にした。一人残された少年は少しため息をついてから、
「まさか、こうなってるとはな」
不適な笑みを浮かべた。




