20話
織田信勝の処刑は滞りなく行われた。
その際、兄弟は打ち合わせ通りに演技をぶちかまし衆目を欺いた。
「信勝……信勝……うわぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
身を裂くような哀切響く、信長の叫びと涙に。
信長と近しい信秀や政秀、マーリン、藤乃ですら騙されかけた。
と言うか、マーリンの場合は藤乃に何某かの意図あってのことでは? と言われるまで気づいていなかった。
しかし、それも無理からぬこと。何せ事情を知っているはずの勝家ですら騙されかけたのだから。
自らの手で弟を処断した信長はその日のうちに引き篭もった。
周りの人間も民も誰一人として何も言えなかった。
怪しいと思っているマーリンや藤乃でさえ、意図はあれども悲しみは真であると思ったからだ。
しかし、その日のうちに情勢は動いた。
信秀の息子であり、信長の兄ではあるが庶子ゆえに相続権を持たぬ織田信広が今川方に囚われてしまった。
守備を任されていた安祥城を太原雪斎が電撃作戦で陥落させ、身柄を確保したのだ。
時期やら事情が違うものの、結果自体は史実通りである。
そして処刑の翌日、朝も早くに今川方の使者が清洲を訪れた。
『竹千代殿と信広殿の身柄を交換しませぬか?』
要求はそれ、結論から言うと受けざるを得ない。
身内を殺したばかりで、更に新たに身内を切り捨てるわけにはいかない。
信長を慮って当主代行をしていた信秀は即座に決断するも、竹千代が清洲を発つのは翌日にと条件を付けた。
それは今日一日を織田で縁を結んだ者達との別れに使えと言う信秀なりの情だ。
御温情感謝いたします、竹千代は礼を言って早速政秀の屋敷へと向かった。
中に通された竹千代は縁側で茶でもどうかと言う政秀の誘いに乗って、二人並んで茶を啜り始めた。
年齢差もあり孫と祖父のようなだ――いや、実際当人達の間にはそんな感情が芽生えているのだろう。
「……申し訳ありませぬな、竹千代殿」
「いえ、これも戦国の習い。竹千代は気にしておりませぬ」
それは嘘でも何でもなかった。
竹千代は覚えている、信長と出会ったばかりの頃のことを。
「織田で皆様に貰った幸せの記憶、それがある限り竹千代は決して挫けませぬ。ゆえ、御気になさらず」
胸を張って笑う竹千代に、政秀の目尻にほんのり涙が浮かぶ。
孫のように想っている少女の成長が嬉しいのだろう。
「強くなられました、本当に、本当に」
「信長様や平手様のおかげで御座りまする」
「そう言って頂けると……感無量ですなぁ」
「次、会う時はいくさばで敵同士かもしれませぬ。しかし、なればこそ互いに全霊を尽くしましょう」
それは強がりだ、ホントはそんな未来望んでいない。
それでも、その未来は高確率で有り得る可能性だ。
だからこそ、言葉にすることで自分は平気なのだと強がっている。
松平の当主として、信長に胸を張って向き合える自分は強くなければならぬのだと。
「……平手様?」
困ったような笑みを浮かべる政秀。
「今日が最後ですし、竹千代殿には隠しごとは止めておきましょうか」
「隠しごとって……」
「竹千代殿、私はね、胸を病んでいるのですよ」
「!」
「まだまだいけると身体を鍛えておりましたが……信勝様との戦の後で……ええまあ、吐血しまして」
その瞬間に悟ったのだ。
内向きの仕事ならばともかく、もう戦場には出られぬと。
出ても、何時発作が来るか分からない。そんなザマでは戦えない。
「魔女殿の見立てでは、大人しく養生して十年。仕事を続けるのならば半分以下と言うところ。
私の気概によってはもう二、三年は増えるかもしれませぬが……十年は超えられぬとのこと」
マーリンには医術の心得もあるが、政秀の寿命を正確に読み取ったのは身体の具合を見てではない。
魂の火が、その辺りで消え果てるであろうと読み取ったのだ。
で、原因らしい原因は胸の病の悪化。早期治療を施そうにも、どうにもならない。
「平手様……」
眉をハの字にして悲しみを露にする竹千代。
しかし、そんな彼女を慰めるように政秀は快活に笑った。
「ハッハッハ! 何、十分生き申した。それに、まだ十年近くあるのならば贅沢が過ぎると言うもの」
現代とは平均寿命が比べ物にならない時代だ。
政秀の言葉通り、彼はよく生きた。
「……魔女殿の御力で、何とかならぬのですか?」
「なるかもしれません。しかし、私はそれを望みませぬ」
人として生きて来た矜持がある、人として、在るがままの平手政秀として一生をまっとうしたい。
そう語る政秀は何処までも人としての尊厳に満ち溢れていた。
「だが、叶うのならば……この命、病などではなく信長様の御ために散らせたい」
信長にとっては最悪の初陣で、政秀にとっても決して良い感情を抱ける戦ではなかった。
しかし、あの戦場で凛と立つ信長の姿に政秀は確かな感動を覚えた。
ああ、この御方こそが真の王で、それに仕えられる己は幸せであると。
なればこそ、病身の老いぼれの命一つ。敬愛する主がために使いたい。
明確に、自分の命で何か主君がため大きな成果を遺したい。
それが政秀が抱いた老いらくの夢。
「ふぅ……あまり老人が引き止めるのも申し訳ない。竹千代殿、信長様の下へ参られなさい」
「それは……でも……」
会いたい気持ちは当然ある。
それでも昨日の今日で、どんな言葉をかければ良い?
竹千代も見ていたのだ、実の弟の首を刎ねた後、信長が身を裂くような声で泣いていた姿を。
「……次、何時会えるのか分からないのです。後悔は残さぬよう」
政秀は何も知らない。
ただ、このまま終わるとは思っていない。
以前にもましてあやふやで、ともすれば本当に折れてしまったかのように見える。
それでも、あの戦場で見た光を信じているから。
だからこそ、竹千代の背を押した。
「……分かりました」
両手をつき深く深く頭を下げ、竹千代は政秀の屋敷を後にした。
政秀が事前に話を通していたのと、竹千代自身が織田に馴染んでいたこともあり誰に止められることもなく城内にある信長の部屋の前へと辿り着く。
それでも最後の一歩が踏み出せず、入るか否か逡巡していると――背後に気配を感じる。
振り向いてみるが何もない。気のせいかと首を戻そうとした瞬間、
「!」
竹千代の影から聖剣の魔女、マーリンが出現した。
「竹千代様、一つ御忠告を」
「……何でしょうか?」
「踵を返し、去るのならば何もない。しかし、進めば何が起きても受け入れねばなりません。後悔するかもしれません。
嫌だ嫌だと泣いて拒絶しても、どうにもなりません――破廉恥な意味ではありませんよ?」
それでも、
「それでも進むと言うのならば御自由に。しかし、努々覚悟なされた方がよろしいかと」
そう言ってマーリンは影絵のようにぼやけて、何処へともなく消え去ってしまう。
しばし呆然としていた竹千代だが、言われたことをじっくり咀嚼し、その上で戸に手をかけた。
何が起きても良い、今はただあの人に遭いたい――と。
「……来ちまったか」
部屋の奥では胡坐を掻き片膝を立ててその上に肘を乗せ頬杖を突いている信長が居た。
その顔は覇気に満ちており、竹千代はしばし呆然とする。
え? 昨日のあれは? ひょっとして狐狸の類に゛化されているのか? と。
「の、のぶなが……さま……」
恐る恐るその名を呼ぶ。
これは誰だ? 飄々として、ふわふわとしていた信長は一体何処に?
今も変わらず飄々とはしているが、以前にはなかったギラギラした何かを感じる。
「竹千代」
「は、はい!」
「お前はこの部屋を出る時、マーリンの手によって記憶を消される」
「え……」
「この部屋で起きたこと、見たこと、何一つとして記憶出来ぬままお前は外に出るだろう」
無論、雪斎への対策のためだ。
信長の話を聞かれた際、余計なことを覚えていれば反応に出てしまうかもしれないから。
万が一、頭を覗かれた場合、バレてしまうかもしれないから。
だからこそ、信長はマーリンの魔道を用いて記憶を消すと決めている。
徹底的に、決して雪斎に気取られぬように全霊をかけて消させる。
何なら偽りの記憶を刷り込んでやるのも良いかもしれない。
「辛いか? 怖いか?」
「……」
しばし無言で俯いていた竹千代だが、次の瞬間、毅然とした態度で面を上げる。
「竹千代を侮らないでくださいませ。覚悟を済ませて、この部屋に入ったのですから」
子供ながらに、幼いながらにしかりと考えて踏み込んだのだ。
それを馬鹿にするような真似はしないで欲しい。
そんな力強い言葉を聞いた信長は満足げに頷きを返し謝罪を口にする。
「すまなんだな。なら、何でも答えてやろう。聞きたいことはあるか?」
「え……あ……それは……」
いきなりそう言われても困ってしまう。
言い淀む自分の姿を見てクスクスと笑っている信長、竹千代は無性に恥ずかしくなってしまった。
「なら、とりあえず今は男と女の語らいをするか。聞きたいことは、後で聞け。寝物語に幾らでも語ってやる」
「え!? お、男と女のって……そ、それは……」
「嫌なら止めるか? 今日が最後だから、思い出をやろうと思ったんだがな」
膝を下ろし、両手を天井に伸ばしてうーんと伸びをする。
その顔に浮かぶのは底意地の悪い笑み。
此方のことを何もかも見透かしているくせに、どうしてそんな意地悪をするのか。
竹千代はぷっくりと頬を膨らませる。
「要らんのならしょうがない、その気が無いのならしょうがない」
「……信長様は…………信長様は、意地悪に御座りまする……」
「お前が可愛い反応をしてくれるからな。幾らでも性根が悪くなれるんだよ」
ゲラゲラと笑う、心底楽しいと笑う。
「……の、信長様がどうしてもと言うのならば竹千代は構いませぬ!」
結局出て来た言葉がこれだ。
竹千代は自分の頑なさ、と言うか素直になれない子供な部分に失望した。
失望しながらも、
「(信長様がこんな竹千代を可愛いと言ってくださるのなら構わないのかもしれない……)」
乙女回路をギュンギュンフル回転させていた。
「そうだな、俺も別れが惜しい。だから、思い出を貰おうか。もう二度と会えぬのだとしても、その痛みが和らぐような思い出を」
ちょいちょいと手招きをする信長。
引いて押しては基本だ。初歩の初歩、しかしだからこそ良く効く。
「は、はい!」
トテトテと駆け寄り、竹千代は信長の胡坐の上に腰を下ろした。
「(ううむ……対面座位……やべえな……犯罪臭がプンプンしやがるぜ……いやまあ、条例も糞もねえんだけどさ)」
竹千代は初めてだ、ゆえにこれから行われることに対して緊張を隠せない。
顔を真っ赤にし、汗を浮かべ、歯をかちかちと鳴らしながらも上目遣いで信長を見つめている。
だが、緊張しているのは竹千代だけではない。
信長も緊張している、初めて食べるロリに緊張を殺しきれずにいる。
割と発育が良いので、身体は十歳ほど。実年齢は……ゲフンゲフン。
まあ、ギリギリ抱けなくはない。身体も丈夫っぽいし。
それでも、それでも、本当に十歳だとしても現代においてはガチの犯罪。
戦国時代だし大丈夫だとは分かっていても、流石の信長でも緊張してしまう。
もっとも、それを表情に出すことはないが。
「ふ、服を……服を脱げばよろしいのでしょうか……?」
帯に手をかけ、そう問い掛ける。
竹千代はかなりテンパっているらしく、だからこそ信長は逆に落ち着けた。
「そう焦ることはない。時間はたっぷりある。惜しむように啄ばまずとも、中々終わらん」
風が室内を吹き抜ける。
首を軽く動かし外を見やれば、高く遠い空には雲一つなく太陽が燦燦と輝いていた。
「少しばかり緊張し過ぎだ。竹千代、俺の胸に顔を寄せてみろ」
「? は、はい」
言われるがままに、信長の左胸に自身の顔を押し付ける。
すると、トクン、トクン、と温かで力強い鼓動が聞こえた。
「あ……」
身体を駆け巡る血流。
細胞の脈動。
ありとあらゆる命のサインが竹千代の心身を満たしていく。
「(信長様と…………一つに、なった……みたい……)」
顔をくっつけていれば、自分の鼓動と彼の鼓動が重なる気がした。
指先から溶けていく、溶けて混ざり合っていく。
だけどちっとも怖くない。むしろ、気持ち良い。
このまま何処か知らない世界を見つけに行けるような気がして――――。
「……感受性が強い子だなぁ、竹千代は」
寸前で、現実に戻される。
ハ、と見上げてみれば苦笑を浮かべる信長の顔があった。
「ま、魔道……ですか?」
「なわけねえだろ。単純に、お前がのめり込みやすいと言うか……素直で愛らしい女の子だったってだけのことよ」
「い、意味が分かりませぬ!」
「ふふふ……」
つい、っと竹千代の顎に手をやり顔をより上向ける。
細い首が強調され、触れるだけで圧し折れてしまいそうな儚さだ。
「先ずは、接吻を教えてやろう」
「……はいぃ」
トロンと蕩けた瞳で、夢現に頷く。
「良い子だ」
額に一つ、頬に一つ、首筋に一つ。
順繰りに唇を落していき、徐々に徐々に緊張を解き解す。
そうして――――唇に。
「ん……!」
「(うーむ、遂に俺はロリコンに……いや、ロリコンでも良いよな!)」
先ずは触れるだけの軽いもの、そっと唇を離せば竹千代は潤んだ瞳で首を横に振っていた。
もっと、もっとと言うことだろう。
「次はもっと、深くへ堕ちる接吻だ。楽しみだろう?」
「……」
最早言葉を返す余裕もなく、コクコクと頷くだけ。
「ん、んぁあん……!」
瞬間、不意打ちのように再び唇が重なって口内を大きな舌が蹂躙し始めた。
舌を、歯茎を、あまさず舐り尽くすと言わんばかりの一心不乱の大攻勢。
下腹部が熱くて熱くてしょうがない、竹千代は今にも服を脱ぎ捨てたかった。
「(ん? あれ? 何これ? 何かこの子金色のオーラみてえなの出てねえか?)」
目覚めさせられた性欲、だが目覚めたのは性欲だけでない。
これより、信長は骨の髄にまで教え込まれることになるだろう――――東照大権現(意味深)の力を。




