ボーイ・ミーツ・シスター
ー現在ー
「……うん?」
大樹は目を覚ます。
座った体制のまま寝てしまったのか。
立ち上がろうとするが、体が動かない。
「ん?……うおお!?何スかこれぇぇぇぇぇッ!!!」
大樹は自身が椅子にロープで括り付けられている事を知り、目が飛び出そうになった。
そういえば、突入した瞬間に何やらビリッとした様な……。
「あ、もう起きた。」
「だ、誰ッスか!?」
大樹が声の方向を無理矢理向くと、自分よりも少し年下に見える少女が立っていた。
「ほえー。スタンガン、結構強く改造したんだけどな。お兄ちゃんが強すぎるのかな?」
少女は手の上で長方形に近い物体を弄んでいる。
「こ、これを解いてくれッス!」
「嫌ー。」
けんもほろろに断られた大樹は身を捩って喚く。
「怪しいもんじゃないッス!自分は太田大樹って言って……。」
「お兄ちゃん、ひょっとして馬鹿?」
「なッ……。」
「音出したらあいつらが襲ってくるでしょ?」
「うぅ……。」
年下(と思われる)少女にこうもやり込められるとは。
ええい、何か見返す手は無いか……。
「伊吹優衣。」
「は?」
呆気にとられていると、少女はさらに続けて言った。
「私の名前。年は14。」
「な、なんで教えてくれたんスか?」
「相手が名乗ったら自分も名乗りなさいって怒られたことない?」
そういいながら、優衣は大樹を縛っていたロープを解いていく。
「い、いいんスか?」
「うん。だってお兄ちゃん馬鹿だし。」
「さっきから言わせておけばぁ……!」
「あはは~!怒った?」
「ぐぬぬ……。」
大樹は怒りを何とか鎮める。
「仲間はいるんスか?」
「0。私一人だけ。最初はもっと一杯いたんだけどね。」
そういって優衣は後ろの扉を指差した。
「ま、まさかゾンビに?」
「ゾンビ?ああ、あいつらの事ゾンビって呼んでるの?お兄ちゃんセンスあるね。」
「そ、そうッスか?」
「嘘。」
「ふぉぉぉぉぉ!!!」
「まぁまぁ、怒らない。」
大樹を赤子の様に容易く扱いながら、優衣は説明を加える。
「ゾンビ?にはなってないよ。食料の奪い合いとかで死んだだけ。」
「巻き込まれなかったんスか?」
「殺し合いが始まった時は隠れてたから。他の人はだいたい死んで、生き残った人もおかしくなってどっか行っちゃったし。」
「……よく冷静でいられるッスね。」
「ん?褒めてるの?貶してるの?」
「褒めてるッス。自分、尊敬してた先輩が死んで、周りに迷惑かけて……。」
「『どんな時でも冷静であれ』」
「は?」
「お姉ちゃんがいつも言ってたんだ。」
「へぇ~。姉がいるんスか?」
「うん。遠い高校に行っちゃったけど。」
「心配ッスか?」
「全然。こんなんで死ぬような人じゃないもん。」
「そうッスか……。あ!」
「何?」
「自家発電装置を探しに来たんスよ!」
「仲間の為に?」
「というか、謝る為ッス。」
「ふ~ん。あるから持ってけば?」
「いいんスか?」
「うん。何台もあっても使わないし。」
「よっしゃあ!」
大樹は飛び上がって喜ぶ。
「……お兄ちゃんってやっぱり子供だね。」
「な、何だとぅ!」
大樹が優衣の方に走る。
「うわ~!逃っげろ~~!」
優衣も大樹に捕まらないように走りだし、追いかけっこが始まった。
狭い部屋の中をどたばたと走り回る中、優衣の足に大樹を縛っていたロープが絡まった……。
「太田君……。」
美羽は巧、怜とともに、このショッピングセンターを訪れた。
入り口のバリケードが、自分たちの侵入を固く拒んでいる。
すると、怜が開いている窓を見つけた。
「ここから入れますよ。」
「では、行きましょう。」
三人が中に入ると、そこは男子トイレだった。
扉が開け放たれたままになっている。
ゾンビに警戒しながらトイレを出ると、驚くべき光景が広がっていた。
「なんだこれ……。」
思わず怜は声を漏らす。
ショッピングセンター内は酷い有様だった。
鋸、電動ドリル、木槌、チェーンソー、張り巡らされたネットや画鋲などが散乱している。
「何があったんだ?……大樹が心配だな。」
そういいながら巧が前に進む。
それに二人も続いた。
「最後か。」
三人が立っていたのはある扉の前。
「ここに居なければ、どこか別の所に行ったか、あるいは……。」
ゾンビとなって街を行進し始めている。
一番想像したくない事だが、その可能性も大いにある。
この中に居て欲しいという期待を込めて、巧がドアを蹴破った。
「あ。」
「え?」
「わっ!」
声を上げたのは順に、巧、美羽、怜だった。
それもそのはず、大樹が年端もいかぬ少女を押し倒していたのだから。
「…………。」
三人の存在に気付いた大樹も声が出せないでいる。
唯一、優衣だけが状況を掴めていないようで、しきりに大樹と三人を見やった。
時間が止まったかのようにも思える長い沈黙の後で最初に口を開いたのは美羽だった。
「……太田君。」
「な、なんでしょうッ!」
「あなた……ロリコンだったのですかぁぁぁぁッ!!!」
「違うッスよぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
二つの叫び声が木霊した。